Introduction (はじめに)

 この本は初心者向けのアーチェリー入門書ではありません。かといって、専門書ではあっても学術書や研究論文といった類でもありません。トップを目指すアーチャーのための「レベルアップ マニュアル」です。
 例えば初心者でないあなたが、弓を持ちドローイングしリリースするまでの一連の動きを想像してみてください。この数秒間の一見単純そうな動作も、実は多くの骨や筋肉が互いに生理学の法則に従い働きあっています。 では、より高得点のためにそれらを調べ研究した結果、「あなたの場合、もう少し左右の三角筋を緊張させ、同時に右の僧帽筋と上腕二頭筋を緊張することで引き手をあと2cm後方に張る。そして、押し手の肩甲骨を背骨に近づけることで、方を下ろした方がより良いシューティングフォームが獲得できる。」と教えられたとします。あなたは、それを実行できるでしょうか。少なくとも僕には不可能です。
 それは決してやる気がないのでも、この種の研究が無意味といっているのでもありません。逆に、今後この分野での研究や実験はどんどん不可欠のものとなってくるでしょう。しかし、そのこととシューティングライン上でのアーチャー自身のレベルアップのための「何か」とは、少し次元が異なるのです。その種のアドバイスに対し、多くのアーチャーはその実行のための手段と結果の確認を知りません。「理論」と「実際」の間には埋めなければならない「何か」があるのです。
 レベルアップを目的とした「コーチング」や「指導」とは何なのでしょう? この質問に対し答えた名言のひとつに、「客観を主観に翻訳すること」というのがあります。前述を例にとれば、たとえばここで言っている「上腕二頭筋の緊張」や「肩甲骨を背骨に近づける」などが「客観的事実」です。研究者や科学者にとっては、この客観的事実こそがすべてです。しかし、それを行わなければならない本人(アーチャー)にとっては、この「理論」より必要かつ重要なものがあります。それは、自分自身がどう思い、どう感じているかという「主観的事実」です。最も重要なのは、実際に自分の身体を動かすことであり、それができなければ何の意味もないのです。主観的事実とは、言葉を換えれば自分の「感じ」であり「イメージ」であり、自分の身体をコントロールする「方法論」なのです。

 僕が他人に教える場合、あるいは自分自身に「何か」をさせるとき。前述の客観的事実であれば、たとえば「引き手で力こぶを作るように、腕全体を背中の方に張って・・・」であったり、「肩を沈める感じで脇を締めて・・・」といった主観的事実に置き換えます。たしかに、そんなやり方では理論的に導き出された客観的事実に、すぐに、そして直接近づけないかもしれません。しかし、考えてほしいのです。「上腕二頭筋を緊張させろ」と言われ、その意味も目的も、そして位置すらも分からずに右往左往するのと、「力こぶを作るようにヒジを張れ」と教えられるのと、どちらがアーチャーにとって理解しやすいかということを。後者であれば、最初は漠然とした感覚であっても、そこに希望と方法が見えてくるはずです。
 もうひとつ例をあげましょう。まったくの初心者に、初めてリリースをさせる場面を思い浮かべてください。あなたはそのリリースという動作をさせるのに「この筋肉を使って、この骨をこの位置にもってきて・・・」と教えますか? 僕なら、「ジャンケンポンで右手を開いてごらん」と話してあげます。それはアーチェリーを知らない人にとっても簡単にイメージでき、そして身体を動かすことができるアドバイスなのです。
 このように実際に身体を動かす「主観的事実」とは「・・・・・のように」とか「・・・・の感じで」といった「イメージ」だということがお分かりでしょうか。良い結果や求める理想に近づくためには多くのイメージを駆使し、自分自身の心と身体をコントロールするのです。それは決して初心者だけのものではありません。本当はトップに近づけば近づくほどに、このテクニックを活用しているのです。ただ上級者はこのことをメンタルプラクティスとかイメージトレーニング、あるいはメンタルマネージメントといった難しい言葉に置き換えているにすぎません。
 これから話していくことは、実際のアーチャーがシューティングライン上で行うべき「何か」に対してのノウハウであると同時に、それを支える最低限の理論であり知識です。「何か」の実践こそがレベルアップの道であり、「理論」と「実際」の一致こそが世界チャンピオンへの条件なのです。 中級者以上のアーチャーなら、レベルアップが練習量やキャリアと正比例しないことや、それがあるとき突然やってくることをすでに知っているはずです。そして「当てたい」「勝ちたい」「ダレルのようになりたい」といった情熱が、レンジへ足を運ぶ原動力とはなっても、具体的なレベルアップの手段でないことも分かっているはずです。
 明確な目的意識を持ち、正しい理論に裏打ちされた努力する。その勇気と実行こそがレベルアップには不可欠であり、そのための最終決断をするのはあなた自身なのです。

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