あえてスピンウイングにもの申す

 飛んでいる最中に翼の形が変わる高性能ジェット機やミサイルを見たことがありますか?
 カーボンアローの後、もっとも高得点に結びつく可能性のある弓具だからこそ、あえてもの申す。

 

 スピンウイングを使っているアーチャーなら長距離を射っている時、矢が弾道の頂点に達するまでに左右にテイル(ノック側)を振って飛んでいくのを感じたことはありませんか? これは特にピッチをきつく(大きく)かけている場合や普通の3枚バネの矢でもヘリカルと呼ばれる極端に大きいピッチ(最近はあまり見かけませんが)の矢を使用する時に、同様の経験をすることがあります。この理由を説明するのは簡単ではないのですが、一言でいえば矢の回転が大きすぎるため逆に矢が失速してしまい、蛇行を起すのです。

 矢は回転することで飛翔の「安定」を得ます。ちょうど独楽(コマ)が回転している時に立っているように、矢にとってこれは非常に重要な要素です。例えばライフル銃の銃弾が高度の的中精度を誇れるのは銃身の長さだけではなく、銃身の中にライフル(施条・線条)が螺旋状に刻んであり、銃弾はここで与えられた回転を飛翔中持続するからです。もし、この回転がなければピストル銃のように、30mも離れればアーチェリーの敵ではありません。回転こそが飛翔の安定を約束するのです。しかし、アーチェリーの場合1秒間に7回転が必要十分条件といわれています。50ポンド28インチでカーボンアローの矢速は秒速約70mです。10mに1回転程度で十分というわけです。それに比べスピンウイングはEASTON社が出していた「The Winning Edge」という高速撮影を駆使したプロモーションビデオの冒頭を見れば分かり易いのですが、ジェイ・バーズの発射したスピンウイング付きアローはノッキングポイントを離れた瞬間から回転を起こしだします。この回転がいかに大きいかは、コックフェザー側に取り付けたハネがプランジャーチップ付近に当たっていくことが多いのからも分かり、ノックがストリングから離れた数10cmですでに回転が加わっている証拠です。それだけではありません、スピンウイングはちょうどイカが泳ぐように膨らんだり萎んだり、膨らんだり萎んだりしながら空気をはらみ飛翔する姿を確認できます。ここにスピンウイングの特徴と問題点があります。
 その前に 「 多くのトップアーチャーが使っているじゃないか?!」 という質問に答えておきます。いくらマイナースポーツとはいえ、まがりなりにもオリンピックスポーツであるアーチェリーで、いまだ陳腐なアマチュアリズムがまかり通っていると考えるのは大きな間違えです。弓や矢だけでなくハネやサイトといったパーツにおいても世界のトップにはスポンサーが付いているのです。そして悲しいかな 「高性能 = トップ選手が使う 」 とは限らないのが現実です。
 
■ 回 転
 1975年、スピンウイングの前身は Spin Wing Vane の名前で当時のデザートインクラシック、現在のラスベガスシュートの圧勝でデビューしました。このハネがいかに革新的であったかは次の点でわかります。そして現在のような形になるのは1980年代に入ってからです。
  当時の一般的なハネ Spin Vane Spin Wing
素材 ハードプラスティック フィルム(ソフト) フィルム(ソフト)
枚数 3枚(120°×3) 2枚(180°×2) 3枚(120°×3)
接着 接着剤 粘着テープ 粘着テープ
形状 平面 直角L字型 曲面アール
 ここでもっとも注目しなければならない点は、2枚バネであったり L字型であったことより、その回転の原動力となる発想が人類が弓を発明して何万年と受け継がれてきた手法とは異なる方法で行われたことです。これこそがスピンウイングの長所でもあり、欠点でもあるのです。
 3枚バネを「扇風機の羽根」にたとえるなら(実は扇風機は自らが回転を起すため、あまり良いたとえではないのですが)、スピンウイングは「風車(かざぐるま)」です。どちらも前方からの風(空気抵抗)によって回転が起こるのですが、扇風機の羽根はアーチェリーでいうところの 「ピッチ」 と呼ばれるハネの傾きから生じる空気抵抗が原動力となります。ところが風車はハネ自体が袋状になっているため、完全に空気を取り込む形状になっています。このことが、スピンウイングの回転数を大きく高める原因になっています。しかし同時に前方からの空気抵抗をより大きくすることで 「失速」 の原因もここにあります。
 もし、インドア競技で使用するのであればこのマイナス要因はさほど問題にはならず、逆にプラスに転じることもできます。インドアでは鳥羽根のような空気抵抗の大きいハネを使うように、25mまでの距離であれば失速の原因となる空気抵抗はアーチャーズパラドックスの解消と飛翔の安定(制御)に役立ちます。しかし、矢が弾道を描く距離になると矢はシャフト全体に受ける下方からの空気抵抗も加わり、失速は飛翔と弾道の不安定要因となります。そして、もっと大きな問題は 「横風」 です。インドアは無風であっても、アウトドアでは風は避けられません。これを「コマの原理」による回転数の増加によって解消するという論理は扇風機と風車をイメージするだけで無理があると気付きませんか。 3枚バネは前方からの断面投影面積で風を受けますが、風車は完全に空気をはらんでしまいます。
■ 変 形
 スピンウイングが発売当初よりその厚みを増してきているのは、飛翔中のハネの変形を抑えるためです。またピッチの大きさについても、最近はノーピッチが奨められています。これもノーピッチでも十分に回転数を確保でき、不要な失速を避けようとの判断からです。また、サイズも45や55といった小さいサイズにと替わってきました。しかし、いくらこのような対応をしても、基本的に風車(かざぐるま)は風を取り込むことをそのエネルギー源とし、はらんだ空気はどこかから逃げなければなりません。その時、必然的に高速撮影でも明らかなようにイカ泳ぎのようなハネの変形が起こってしまうのです。
 近年、カーボンアローの出現で矢は軽量化・高速化しその安定性が問われるようになってきた反面、片方ではこのように不安定な形状のハネが台頭してきているのも事実です。
 飛んでいる最中にハネの形が変化することは、常識的に考えて不自然です。この点からいえば鳥羽根がプラバネと呼ばれたハードベインに移行したことは納得のいく進化です。では、なぜプラバネやソフトヴェインと呼ばれるビニール製のハネが近年スピンウイングを含めた「フィルム」製のハネに替わってきたのか。 フィルムベインはアルミアロー末期の1970年後半、アルミアローの的中精度向上のために登場しました。ヘビーポイントによる前方への重心移動を後方の一層の軽量化により支援するのが目的でした。そして幸いにもフィルムは柔らかいことで、ソフトヴェイン同様にレスト部分でのトラブルを軽減したのです。
 このメリットがカーボンアローにも引き継がれるわけですが、いくら接着剤を使わない取り付け方法の簡単さを加味したとしても、基本的な「風車方式」はここでも納得がいきません。
■ 蛇 行
 例えば、ライフル銃の弾丸の形状に代表される形は、もっとも空気抵抗を軽減するといわれます。しかし、その形状が本来の効果を発揮するのは、現実問題としては音速(約340m/秒)を超えて飛翔する場合です。ところが矢のスピードは秒速70m程度、にもかかわらず実際にはポイントの先端形状やその空気抵抗を云々した議論や宣伝をよく耳にします。
 しかしアーチェリーの場合は、「アーチャーズパラドックス」と呼ばれる矢の蛇行運動が必ず発生します。ミサイルもジェット機も発射の瞬間から完全な直線運動であり飛翔の基本においては同じであっても、その発射から安定飛行に入る立ち上がりの状態においてはまったく異なると考えるべきです。このことはアーチェリーの矢を考えるうえで絶対に忘れてはいけないポイントです。
 使う弓具とチューニングによっても異なりますが、発射から約20mは目には見えなくとも蛇行運動が発生していると考えるべきです。(インドアチューニングにおいては、これを18m以下のより短い距離での解消を目指すことがひとつの重要なポイントになります。) そこでハネは回転運動の原動力以外に、この蛇行運動解消のための重要な部品と考える必要があります。それは回転運動で語られる前方からの空気抵抗ではなく、側面からの投影断面積と実際にその風を受けるハネの表面の状態が問題になります。インドア競技で大きい鳥羽根が使われるのは投影断面積だけではなく、羽根表面の抵抗によって空気を捕まえる力がより大きくなるためです。しかし、風や雨をともなうアウトドア競技においては両刃の剣ともなりかねません。特にスピンウイングでは前方からの抵抗を大きくしたのと同じで、側面からの抵抗(横風)を大きく受けてしまいます。無風ではともかく、風の中では問題を生じるわけです。ましてやカーボンアローはアルミに比べて飛翔スピードは向上していますが、重量は大幅に軽くなっているためシャフト自体の投影断面積は減少していても風には流され易くなっています。

 一般のアーチャーが弓や矢を作るとなると簡単なことではありません。なおさら、最近はカーボンをはじめとしたハイテクを駆使した道具が氾濫しています。そんな中でカーボンアローの時代になってもっとも高得点に結びつき、また普通のアーチャーに改善開発の可能性を残しているのがこの「ハネ」の部分です。逆にいえば現在販売されている商品にも、まだまだ改良の余地が残されているということです。
■ 誰がハネは3枚と決めた?
 スピンウイング原形は2枚バネ。その理由は2枚でも十分に回転力を確保できたのと、何よりもレスト側への出っ張りがないためレストでのトラブル(ハネがレストに当たって出ていく)を最小限に抑えられたから。今でも、スピンウイング2枚で射っても特に問題なくきれいに飛ばすことは可能です。レストでのトラブルがあるなら試す価値はあります。
 レスト部分でのクリアランス(ハネとレストとの距離)が確保できるなら普通のハネで4枚バネを試す価値は十分にあります。なぜなら、4枚の方が2枚や3枚より側面からの投影断面積がすべての位置で安定(均一)しているだけでなく、より小さいハネで回転を確保できるため横風を受け難いはずです。ワンサイズ小さくして 90°×4枚 にトライしてみてはどうでしょう。
■ フィルムのメリットは?
 フィルムがその素材として使われるようになった最大の理由は軽さです。これが同じなら「フロナイトフィン」(Kプロダクト製)のような、飛翔中に変形しない素材の方が理想です。しかし、フィルム製が台頭してきたもうひとつの理由に柔らかさがあります。レストでのトラブルを弾道に反映させ難いことが、中級者には変形以上のメリットとなったのです。この意味で以前ヤマハが輸入していた「Myro Vane」(マイロベイン)は現在でも理想形と言えます。
■ ハネ自体の形状が的中に影響!
 特に前方からの立ち上がりのカーブが、グルーピングに影響を及ぼすことがあります。テストでハネを前後を逆に取り付けてみて的中精度を比較してみるのもいいでしょう。そのうえで、レストでのトラブルを回避しながら自分にあった形状を探してみてはどうですか。また、ハネの取付け位置も多少前方に動かすなどの試行錯誤をしてみる価値はあるかもしれません。
■ ハネの表面の的中に影響!
 これがもっとも考える価値があるかもしれません。鳥羽根はその表面で空気をつかむのですが、雨では完敗してしまいます。例えば現在一般的な引き抜き材の打ち抜きによる製造でなく、金型でその表面に空気の抵抗を作る模様をきざんではどうでしょう。これではコストがかかり過ぎるのは事実ですが、昔あった「Bjorn製」の穴明きベインのように市販のハネに穴を開けてみてはどうでしょう。形状も検討の余地ありです。また、ハネを真っ直ぐに取り付ける発想もマンネリ化しすぎた感がありが。
 
 ともかくは、スピンウイングがベストでは決してありません。

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