インドアの本気のオマケ

 「インドアの本気」を書いていて、思い出しました。「雑誌アーチェリー」1990年5月号に3ページ書いていました。これも大昔の原稿ですが、当時はすでにカーボンアローの時代に移行した時期ですが、FITAシングルの世界記録は1342点です。
 

 昔、1971年5月。中本さんの1252点世界新記録は驚きであると同時に感動でした。前年10月の全日本選手権での赤沢さんの1234点が日本初の1200点台であったことを思うと、オフをはさんでのこの大記録がどれほどのものであったかは容易に想像がつくでしょうし、ましてや試合最高点が1110点の高校3年の僕にとっては今の1340点以上のインパクトを持つものでした。ちなみにこの時までのFITA1200点スターバッジ申請者数は世界でたった15名です。
 そんな頃、練習が終わってよくクラブの仲間と「1300点はどうしたら出るんだろう?」と話し合った思い出があります。しかし答えは質問と同じくらいに夢のようなものでした。コンパウンドボウのようなマシンの弓具をロボットのアーチャーがシュートする・・・・当時の高校生の情報量(ちょうどこの年8月に雑誌アーチェリーが創刊されました)と知識では、どんなに頑張ってみても1300点は願望することすら不可能な世界でした。しかし現実は想像をはるかに超え進歩します。たった4年後、高校を卒業したばかりの少年(ダレル・ペイスです)が68インチ45ポンド、28インチX7-1914ヘビーポイントでいとも簡単に1300点の壁を破ってしまいました。

 そして今、「意識の点」を1360〜1370点以上に向ける。1400点を本気で狙う、といっても確かに簡単なことではありません。しかし、だからこそ、あえてそのアプローチを考えたいのです。
 
リックはベガスでも東京でも2312を使っている
 
 僕は前号38ページの無記名の方と議論する気は毛頭ありませんし、その前後を含めずっと話を聞いていただいている方には次元の違いは理解していただいていると思うのですが、ちょうど先日、東京インドアに来日したリックと食事をする機会があったので前回を補足する意味でその時の話を書いておきます。
 まずリックにダレルにしたのと同じ質問、「今の弓具で何点まで出せると思う?」をしたところ、彼は「1365点ぐらい」と答えました。そして「カーボンアローとしてのメリットは?」については、まったくダレルを同じようにミドルアーチャーをトップに接近させはしたが、トップとしては変わっていないとの答えでした。
 そしてもうひとつの事実として、リックは優勝したベガス・シュート(ファイナルラウンド295点)と今回の東京インドア(294点+290点)では、元々ハンティング用に作られている「2312」シャフトに、スピンウイングの5インチビッグベインを使用しています。ちなみに弓は68インチ42ポンド(実質49ポンド)です。
 このようにアルミの、それも大口径のシャフトをインドアで使用する傾向は、カーボンシャフトの進出とは無関係に昨年のベガスから一層顕著なものとなっています。昨年のベガスではエド・エライアソンも23径ビッグフェザーで優勝しています。リックによれば、インドアでのこの傾向は今後さらに強くなり、彼自身できれば25径も使いたいとのことでした。
 この理由こそが、去年の3月と5月号での僕の話(世界チャンピオンによるアウトドアとインドアでのアローの使い分けの話)なのです。
 
アーチェリーは紛れもなく「スポーツ」です
 
 リックの話が出たのでもう1枚写真をお見せします。これは昔リックがフィールド競技でシューティングフォームを見せてくれたものです。もちろん、これはジョークを交えたもの。僕がリックと一緒のグループで射った世界フィールドでも、こんな射ち方はしていません。それにしても、あなたは冗談でもこんな格好で弓を引けますか?
 彼のフォームの特長は何といってもその極端なオープンスタンスにあるでしょう。しかし、そんな外観の裏には凡人にはマネのできない身体の柔軟性と、それを支える足腰の強さが隠されています。
 また、ダレス・ペイスと入れ替わりに一線を退いたチャンピオンに、ジョン・ウィリアムスがいます。彼の引退(1973年プロ転向)にもいくつかの理由はあるのですが、アーチェリーの資質においてジョンとダレルは双璧であったといえます。そして「もし」(もしがないのは百も承知したうえで)彼らが時代をともにしていたなら、僕はジョンがダレルに勝ったと確信します。なぜならジョンはダレルより2インチ長い矢を使うことができたからです。
 同じパワーなら能力のある者が勝つ。同じ能力ならパワーの勝る者が勝利する。それがスポーツの原則であり、アーチェリーは紛れもなくスポーツなのです。
 前回、畑のヘビの話をしましたが、この部分においてジョン、ダレル、リックともにずば抜けていたことは今さらいうまでもないでしょう。しかし、記録の向上、それもパーフェクトに近づいたところでとなると、精神、身体すべての面で才能や適正といった、努力では補いきれない個人の資質が要求されるのも事実なのです。
 
ジョンとダレルの決定的違いはリリースのスピード
 
 しかし、アーチェリーのような道具を使う競技においては新素材や新しいコンセプトの出現といったハード面での改良開発が、ソフト面(アーチャーの資質や技術など)の進歩を追い越して記録向上に貢献しているのは知ってのとおりです。しかし、時としてそのハードの進歩がソフトに対し新たな要求をすることもあるのです。
 アローをより速く飛ばしたい。90mを30mのようにシュートしたい、そしてアローを弧を描かず直線でターゲットまで届けたい。いつの時代においてもアーチャーが追い求める理想の姿です。
 そして近年、この理想の実現に向け最も寄与したのが、ケブラーストリングとカーボンアローです。ケブラーは軽くて伸びないことで、カーボンは細くて軽いことでさまざまな抵抗やロスを軽減し、それまでのダクロンストリングやアルミアローに比べて記録を格段に向上させました。しかし、これらのハード面での進化は弓具の耐久性向上や新パーツといったハード面での更なる波及に止まらず、アーチャーの技術にも大きな影響を与えました。
 現在のカーボンアローの過渡期を考えるうえでカーボンアローを見てみると、それはちょうどジョンとダレルの境目(1975年)に登場しました。彼らのシューティングフォームはこれまでに何度もいってきたように基本に根ざした素晴らしいものですが、そこから個人としての特長を除いていくと、最終的なふたりのフォームの決定的な違いはリリースのスピードなのです。
 ケブラーもカーボンも、アローを低く速く飛ばすために開発されました。そして、それに付随して、ストリングもそれまでより速く返るようになりました。ダレルはジョンより速いリリースをします。リックも同じです。この事実こそがテクニックのうえでジョンを過去に追いやった原因なのです。
 
理論が分かって初めて実際が見えてくる
 
 例えば現在の競技アーチャーのほぼ全員が「スライディングリリース」(スピードは別にして形のうえではアゴの下から耳の下くらいまで引き放すスタイル)でシュートします。しかしその昔、スライディングリリースが生まれるまでは「デッドリリース」(アゴの下に手を残したままのスタイル)が競技においても主流でした。では、なぜデッドリリースはきえてしまったのでしょう?
 答えは、リリース時にストリングを引っ掛ける確率が高かったからです。もう少し詳しくいうと、ストリングはリリース時にハイト位置まで復元(返っていく)する途中に蛇行します。これが「アーチャーズパラドックス」と呼ばれる現象ですが、デッドではその蛇行の幅やバラツキがスライディングより大きいのです。
 ただしここで注意しなければならないのは、我々が一般に的中性に対して云々する「リリース」の形や技術は、実際のストリングの動きを間接的に想像しているにすぎないという事実です。現にパラドックスを肉眼で見ることはできません。もし認知しようと思えば、例えば1万コマを超えるハイスピードカメラを駆使しないと不可能です。
 そして更に重要なのが、リリース時の手の位置です。ハイスピードカメラで見る限り、クリッカーの落ちた瞬間、ストリングはまだ手がアンカーの位置にある状態ですでに横にはじかれながら出て行きます。もし同じリリースで、ストリングの返って行くスピードだけが速くなれば、引っ掛ける確率は増大することになります。つまり、的中性向上のためにストリングのスピードが速くなればなるほど、それに見合ったリリースのスピードと技術が要求されるということです。例えば、スライディングリリースがデッドリリースにとって代わったように、です。
 
スタビライザーがターゲットに刺さるのを見たことがありますか?
 
 このようにアーチェリーの場合、ソフトとハードの進歩は一体となったもので、これからこの傾向は更に強まっていくでしょう。なぜなら、目標がパーフェクトに近づいてきたからです。
 そこで少しアローの話をしてみたいのですが、皆さんの中で矢取り毎にそのアローをすべてチェック(点検)するアーチャーはどれくらいいますか? 僕は毎回それを心がけています。
 先に理想実現に向け、最も寄与したのはケブラーストリングとカーボンアローといいましたが、実際には数えきれないハード面の改良開発が行われています。ただ、それらが的中性能においてはケブラーやカーボンほどにインパクトを持たなかっただけで、全くメリットがなかったわけではありません。
 例えば、最近出始めたテーパーの掛かっていないセンタースタビライザー(ストレートあるいはパラレルと呼ばれるスタビライザー)があります。これなどはコンセプトとしては納得がいくもので、それを具体的に実現している商品(メーカー)においてはシューティング感覚が非常にシャープになり、またエイミング精度の向上も期待できます。ただし、それはあくまで2次的なものであり、即アロースピードを高めたり弾道を低くするものではありません。しかしこのような最新の弓具を使うレベルであっても、アローをチェックするアーチャーは皆無といえるのです。
 何万、何10万円の最新式弓具を使っても、ノック1個真っ直ぐに取り付けられなければアローは集中しません。18mでも90mでも、実際にその空間を飛翔し、ターゲットに刺さり得点になるのは、70センチそこそこのアルミやカーボンでできた棒なのです。
 
見えない部分にこそ 細心、最大の努力がある
 
 18mや25mといったインドアだけでなく、30mや50mにおいてでも360点以上を意識の点とするアーチャーには、先にシュートしたアローがこれからシュートするアローの障害になることは当然あります。
 しかし現在市販のカーボンアローを考えると、1点を競いパーフェクトが目標のインドアでは、やはりアルミの大口径シャフトは魅力です。不可欠といってもいいでしょう。でも、そうすれば、先に射ったアローに弾かれる可能性は当然増大します。
 だから僕もリックも、そしてパーフェクトを本気で考えるアーチャーは皆、柔らかい材質のノックを使うのです。具体的にはフィッシャー社の、それもシャフトサイズとは無関係に小さいサイズを選ぶのです。それでもまだ前にシュートしたアローのノックのために次のアローが弾かれると感じる時は、ノックを取り付けるテーパー部分の先端をカットして、10点で継ぎ矢になるよう細工して使います。これは昔、PAA(アメリカのプロ組織)の連中がシングルスポットのターゲットを使用していた頃にもやっていた、当然の努力であり知識です。このように本気で1400点やパーフェクトを狙う時には、目に見えない部分にも多くのノウハウを注入しているのです。
 こう書いてしまうとブジョン社のノックが売れなくなると怒られてしまうので、もうひとつ秘密を話しておきましょう。それは、柔らかい材質のノックは長く使用していると自然に曲がってくることがあるということです。もし毎回ノックのチェックをしない、そして微妙なノックの振れが分からないアーチャーには、ぜひブジョン社をお勧めします。多分多くの人は、その方が高得点につながるからです。
 
理論を知らなくても 感覚で知る現実もある
 
 18mでも90mでも、実際にその空間を飛翔し得点となるのはアローだと言いました。では、ある程度の経験のあるアーチャーなら、飛翔の美しさ(きれいにアローが飛ぶこと)と的中性(アローの集中力)が正比例しない現実を、感覚的に知っているはずです。いくらきれいに飛ばしても、集まらない時はあるし、矢飛びが悪いと感じながらもガシャガシャ集中する時があります。特にインドアはそうです。18mや25mでパラドックスをうまく解消して、きれいな矢飛びを実現しようとしているより、シュートした瞬間左に跳ねて飛び出すような硬めのシャフトのほうが、実際の矢飛びとは逆にターゲット上ではより小さいグルーピングを作り出します。
 適切なスパインの選択も必要ですが、もしそれが不可能あるいは分からなければ、硬めのシャフトを選ぶのが常識です。だから、少なくともインドアでは大口径のアローを使うし、使えるのです。

 

 

 この数年後、シャフトの最大直径が「11ミリ」とルール上で制限されます。そして、2001年4月から、現在に至る「9.3ミリ」に変更されます。
 ちなみに現在使われているカーボンアローの直径は、大きくて「4.25ミリ」です。
 太いから当たるのではなく、当てるために太い矢を使うのです。少なくともそれが、インドアにおける「本気」ではありませんか。

copyright (c) 2008 @‐rchery.com  All Rights Reserved.
I love Archery