シャーペン回しと矢回し

 最近こんな風景を試合会場でもレンジでも、目にすることが本当に珍しくなってしまいました。それにはいくつかの理由があるのですが、先日学生たちと話していて驚きました。多くの学生がこのように、矢を回せない(つめの先やシャフトの上で矢を回したり、シャフトの上を矢を転がしたり、手のひらでコマのように矢を回したりです。)のです。そしてそれ以上に驚くのは、これらの矢を回す行為が何のために行われているのかを知らないのです。ちょうど彼らにすれば、机上の指先でシャープペンシルを回すのと同じことなのです。ファッションであり、矢取りの間の暇つぶしとでも思っているのでしょう。
 ではあなたは何のために矢を回すのかを、知っていますか? 「矢のチェック(点検)」、とまでは答えるでしょう。では矢の何をチェックしているのか? 「シャフトの曲がり」、だけだと思っているなら大きな間違いです。実際、矢の曲がりは多くのアーチャーが点検します。それは確認し易い指標でもあります。ところが勘違いもあります。
 よく考えてみてください。曲がっている矢だからといって、どれほど外れますか? もし10点に行くべき矢が8点に外れるとするなら、その矢はシャフトを転がす以前に、目で見て分かるほどの曲がりです。逆に言えば、完璧に真っ直ぐな矢とシャフトの上で多少コロコロと音を立てる矢を射ち比べても、距離にもよるでしょうが10点の中での誤差の範囲です。ましてや1350点アーチャーでないなら、外れるすべてはシューティング技術の問題です。(真っ直ぐに越したことはないでしょうが、曲がっているから外れるわけでも、真っ直ぐだから当たるわけでもないのです。)
 とはいっても、このチェックをする必要はあります。昔、1960年代から70年代初めにかけて、当時の日本代表選手が世界選手権で射っていて、外国人選手の矢を「電信柱が飛んでいる」と評した時代がありました。30インチの20や21径シャフトに対し、日本選手は27インチそこそこの17や18径で戦いを挑んでいた頃です。その時笑い話ではなく、射っているだけで日本選手の矢が曲がったのです。まだX7の時代ではなく、SWIFTや24SRTといった初期のアルミシャフトの時代です。そんな素材の細い矢は、海外の藁や木屑を糊で固めた硬い標的では、強風の中で刺さるだけで曲がってきました。だからアルミアローの時代は、上級者になればなるほど1回ずつ矢取りのたびに矢をチェックしました。これは必然であり、常識だったのです。では、カーボンアローの時代になってからはというと、素材の特性からしてシャフトが通常の使用で曲がることは考えられません。だから近年、この常識的チェックをするアーチャーを見なくなったのです。しかし、本当はもっと深刻な問題が出てきています。シャフトの割れやひびのチェックもそうですが、特にアルミチューブをコアとしたカーボンシャフトでは、矢同士がヒットした時にカーボン層とアルミコアの間に剥離がおこることがあります。これがひびとして表面に見えるといいのですが、外観的に発見できない時が問題です。そのためにも今は、昔以上に矢を回すことでひびやへこみのチェックを怠ってはならないのです。
 1972-3年頃だったと思うのですが、当時の世界チャンピオン ハーディー・ワードのアメリカで写した8ミリフィルムを観た覚えがあります。90mでしょうか、長距離の練習風景です。ハーディーが矢取りを終えてシューティングラインに戻る途中、矢のチェックをしながら歩いているのですが、そのうちの1本の矢を膝に当ててへし折ってしまうシーンがありました。(すいません遠い彼方の思い出のため、記憶が定かではありません。) 後にして思えば、その矢は毎回同じ方向に外れていたのでしょう。
 では、矢が最も大きくゴールドを外す最大の原因は何でしょう? それはシャフトの曲がりではなく、ハネが取れていた時です。それも1枚全部が取れればまだいいのですが、最悪の状況はハネの一部がはがれている時です。これは外観を見るだけでは発見できません。だからこそ矢を回し、なおかつハネを1枚ずつ指で弾いて確認するのです。試合なら、毎回矢取りごとに射ったすべての矢のすべてのハネをチェックする必要があります。ましてや矢同士が接触したことが分かっているなら、絶対忘れてはいけないチェックです。
 そして最後に、もうひとつチェックすることがあります。ノックです。ノックの割れと曲がりをチェックしなければなりません。このチェックもハネ同様に、矢が接触したと思ったなら必ず行う行為であり、柔らかい素材のノックを使う時はなおさらです。ところがこのチェックが最近行われなくなったひとつの理由が、「差し込み式」ノックになったことです。昔のアルミアローはすべてシャフトのノック側がテーパー状になっていて、そこにノックを接着剤で固定しました。しかしこの方法では、簡単に真っ直ぐには付かないのです。そのために、特に最初の接着時には、シャフトを回して確認することが不可欠でした。
 このように矢を回すのは手持ち無沙汰でやるものではなく、ハネ、シャフト、ノックを矢を回し、転がし、触ってチェックする重要な行為です。しかし最近は世界チャンピオンでなくても、毎回同じ矢が同じ方向に外れることを感じるアーチャーはいませんか。そしてそんな矢に限ってチェックすると、シャフトは真っ直ぐ、ハネもきれいに付いていて、ノックも振っていないことが多いのです。実はハーディー・ワードもそうだったのです。理由なく外れる矢だから折って捨てたのです。ハネやノックが曲がっていれば、付け直せばいいいことです。ところが、アルミシャフトのような引き抜き製法で作る均一であろう素材であっても、外見では分からない不均一が稀に存在します。ましてやカーボンシャフトなら当然です。均一を誇る引き抜き製法のオールカーボンシャフトでも、稀に繊維の偏りは生まれます。海苔巻き製法のアルミチューブをコアとするカーボンシャフトならなおさらです。
 しかしどんな製法であっても、仮にコストを度返ししたとしてもメーカーができるチェック(検査)は、曲がりと重さの測定が限界です。1本1本のスパイン(たわみ)を検査しても、それは一方向からの静的検査にすぎません。複雑に蛇行、回転する矢の動的スパインを数値で表すことは不可能です。ましてや、アーチャーが店頭で確認できるのは、唯一真っ直ぐさだけです。重さも硬さも、肉厚の違いも確認は不可能です。
 外れる原因は外観やシューティング技術だけとは限りません。世の中には値段やブランドとは無関係に必ず外れる矢が存在します。高価で真っ直ぐなシャフトでも外れます。ではどうするのか。結局は何度も何度も実際に射つ中で、おかしい矢を見つけ出すしか方法はないのです。そしておかしいと思った矢は、使わないことです。
 シャーペン回しも矢回しも、上手くなりたいなら、何度も何度もすることで身につきます。そしてそれを何度も何度も繰り返しすことで、初めて見えないものが見えてくるのです。最初は見えなくてもです。

copyright (c) 2008 @‐rchery.com  All Rights Reserved.
I love Archery