パンドラの箱とドローレングス

 日々たくさんのメイルをいただくのですが、最近この種の鋭い質問をよくいただきます。これについては書こう書こうと思いながら、延び延びになっていました。その理由は、説明が簡単ではないからです。
 何事もそうですが、特にこの問題は商売と性能、売る側と買う側によってとらえ方も事情も大きく異なるために一言で説明するのが難しいのです。
 
Subject: まとめて質問させてください
Date: Mon, 17 Jul 2006 12:00:57 +0900

1.適正ドローレングスについて

○○○○○○では、リムが本来持つ性能を充分発揮できるリムボルトの位置をかなり厳密に指定されていると思います。しかし、実際はその弓を何インチ引くかによってリムのしなりは大きく異なってくると思いますので、つまり、各ボウレングスにおいての適正な(リムの性能を最も発揮できる)ドローレングスをかなり具体的に想定した上で、リムの設計をされているのだと思います。もしそうでしたら、各ボウレングスに対する、設計上想定している具体的なドローレングスをお教えいただけませんでしょうか。
以前は○○アーチェリーのページに「ドローレングス25インチ以下は64、25〜27.5インチは66、27.5〜30インチは68、30インチ以上は70」という目安(記憶が正しければ…)が書かれていましたが、メーカーの都合からかショップの都合からか、削除されてしまいました。
最近は長めの弓が流行りだったり、ハンドルやリムを公称より少し短く設計するメーカーがあったり(ヤマハの「68」を基準に考えると、○○○の「68」は実質67.5インチくらいしかないですよね)で、適正なボウレングスの選び方もよくわからなくなってしまいました。
また、以前の○○アーチェリーのページのように目安が書かれていても、矢尺のことなのか、ドローレングスのことなのか(ハンドルバックからなのか、ピボットポイントからなのかも含め)、はっきり書かれているものを見たことがないため、確信が持てません。

(以上抜粋)

 
 アーチェリーの世界がワンピースボウから分解式のテイクダウンボウへと移行したのは、1972年以降で1970年代後半には100%テイクダウンの時代になっていたと言っても間違いではありません。そして1990年代以降はそのテイクダウンの方式が、現在の「ユニバーサルモデル」と呼ばれるオープンパテントの形状に収束し、すべてのメーカーのハンドルとリムが互換性を持つようになりました。しかしこれは性能や品質が保たれるという意味ではなく、単に取り付けて使用できるという意味だけであり、統一の規格やルールが確立されたのではありません。言葉悪く言えば、何でもありの状況が特に2002年のヤマハ撤退の後、続いているのです。
 そんな中で、例えばひとつの例として「表示ポンド」です。一応これは「AMO規格」が暗黙のうちに継承されて、ピボットポイントから26 1/4インチ引いた時の弓の強さを表示しているようですが、実際AMOを謳っているメーカーはほんの一部です。そしてそんなメーカーにしても、純然たるAMO規格を遵守しているところは、その中のまた一部です。
 昔、ヤマハはこのAMO規格において弓を生産していたのですが、例えば「66インチ38ポンド」と書かれた弓は何ポンドの弓だと思いますか。当初からヤマハは四捨五入を採用していました。ユーザーではなく工場での測定において、38.4ポンドから37.5ポンドまでの範囲の弓を「38ポンド」と表示していたのです。ところがある時期、ユーザーからこのリムは38ポンドに満たないという問い合わせが何件かあったのです。そこで一時期、測定範囲を切り捨てとして38.9から38.0までを「38ポンド」とした時期もありました。これはあくまでメーカー内部での対応であり、ユーザーには説明で理解を得られる範囲の話です。
 そこでまず理解してほしいことは、仮にメーカーが誠実に自社の基準を守ったとしても、1つの「表示ポンド」には1ポンドの幅が普通に存在するという現実です。メーカーは独自に多くのノウハウを持っています。それをすべて駆使したとして、生産ラインに38ポンドを狙って1ペア分の素材を流したからといって「1ポンドの幅」に収まってリムができあがるかというと、そう簡単にはいきません。ではどうするのかというと、当然メーカーは生産のスケジュールを立てて、何ペアもの素材をその都度ラインに流します。結果、38ポンドもあれば39も37もできあがるというわけです。しかし、できあがったポンドをそのまま製品にするとは限りません。どうしても38ポンドを必要とするなら、ポンドアップはできませんが、39ポンドを38ポンドにすることは簡単にできます。1つの方法として、リムの表面をほんの少し削ってやればポンドは落ちます。ところが40ポンドをこの方法で38まで落とすとすれば、落ちるのですが表面のカーボン繊維やグラス繊維を多く切断する結果になり、性能もそうですがそれ以前に強度を失うこともあります。しかし、これらの細工(加工)が行われたとしても、塗装されたリムではユーザーに判断は付きません。これはメーカーが悪いという話ではなく、弓の生産とはそういうものだという例え話です。また、これはある程度の上級モデルです。練習用や初心者用のモデルでは、表示ポンドに関わらず1ポンドの幅に収まらないものは多くあります。
 
 ではそんなメーカーの常識を理解したうえでの話です。最近、メーカーのフラッグシップモデルともいうべき最高機種モデルにおいて、「2ポンド刻み」表示が出てきました。38ポンドの上は40ポンドで、39ポンドはないというような構成(仕様)です。昔、初心者用のモデルにはこのようなことはありましたが、上級モデルにおいては初めてです。ユーザーはこれをどう考え、理解しますか?
 もし先のような生産方法がなされているなら、38ポンドのリムに2ポンド以上、言い方によっては3ポンド以上の幅が存在することになります。使う側にとっては明らかに許容の限度を超える幅といえます。
 このことについて直接メーカーに聞いたわけではありません。しかしセールストークなどを聞く限り、このような限度を超える仕様が許されるのは、ハンドル側に「ポンド調整機構」が備わっているがゆえの暴挙でしょう。38ポンドを買いに行って、39.5ポンドの38ポンドリムを買わされた時には、自分でハンドルに付いているポンド調整ネジを調整して38ポンドにして使いなさいということです。なんと素晴らしい機能でしょうか。
 では納得はいかなくても我慢したとします。しかし普通であれば、次に新たな疑問が沸いてくるはずです。
 最初の表示ポンドは、本来ハンドルのネジがどの位置にセットされた時に満たされるのかです。分かり易く言えば、メーカーのポンド測定を行うマスターハンドルは、どのような状態でセットされているのかということです。これを異なるメーカーのハンドルとリムで聞くのは酷です。では同じメーカーのハンドルとリムの組み合わせにおける「デフォルト」(初期設定)の位置を聞いたことがありますか。たぶん質問のメイルのように、答えは曖昧なはずです。
 そこで、ここにポンド表記が2つ書かれたリムがあります。今回のような質問の答えを探すうえで、分かり易い例としてこの「Max.表示」と「Min.表示」を考えてみましょう。
 マックス(表示)とは、ポンド調整ネジをいっぱいまで締め込んだ(リムを起こした)状態での測定値です。それに対してのミニマム(表示)はリムを一番寝かせた時の測定値を記してあります。通常のリムには、このようなダブル表記はされていません。多くの場合(これはメーカーのポリシーやモデルのコンセプトによるのでしょうが)、リムに書かれるのはこのどちらかの表記です。なぜなら、一部の例外を除いてマックスとミニマムの間すべてで、そのリムにおいての性能が保証されるとは限らないからです。もともと弓がテイクダウンになってからも、当初はどのメーカーの弓もデフォルトの位置が明確に存在したのです。そして他社メーカーとのハンドルとリムの互換性などはありませんでした。メーカーはそれまでのワンピースボウと同じように、自社のポリシーの元で最高の性能なり特性が発揮でできるべく、ハンドルとリムの差し込み角度を限定していました。しごく当たり前であり、常識的な考えです。
 ところが近年、作る側と売る側の都合から、リムの性能なり性質を決定付けるこの重要な部分が曖昧にされてきました。ほとんどの場合、売る側は性能を無視して、マックスとミニマムが何ポンドになるかを言っているにすぎません。例えば、このリムをこのハンドルに組み合わせた場合、ポンド調整ネジをいっぱいまで占め込めば何ポンドで、一番緩めれば何ポンドです。だからあなたの希望するポンド数はこのリムで得られます、というようなことです。確かに弓の強さ(引き重量)に関してはそういうことなのでしょうが、実はこれはとんでもないことです。
 リムの差し込み角度はメーカーにとっては設計の基本です。しかし実際のアーチャーには、図面も角度も意味を持ちません。唯一理解できるのは、ポンド調整ネジの締め込み量です。このネジは1回転で約1ミリ、リムの根元を上下させることができます。(これもハンドルによって異なりますから、ご注意ください。) そしてリムのモデルや強さによって異なりますが、一般的に40ポンドのリムを10%(4ポンド)強弱させようとすれば、約4回転締め込めば44ポンドになり、4回転緩めれば36ポンドになります。現にどのメーカーも「約10%」のポンド調整を謳っていますが、基準は曖昧です。基本設計が表示ポンド位置だと仮定するなら、マックス表示を採用しているリムはポンドダウンが可能で、ミニマム表示をしているリムはポンドアップが可能だということになります。あるかどうかは知りませんが、もしこの中間位置を基本とするリムがあるなら、ポンドアップもダウンも自由自在と宣伝するでしょう。しかし現実問題として10%(4回転)の範囲内で、すべて同様の性能や品質を発揮できる弓は稀です。リムの差し込み角度を根元で4ミリ変更したなら、多くの場合まったく違うリムになると理解した方が良いでしょう。そして実際には、どのメーカーのハンドルであっても、マックスからミニマムまでのネジ可動可能量は6ミリ(6回転)程度あります。モデルによっては10ミリを動かすことができるハンドルもあります。(リムが正常にセットされるかは別問題です。) ということは、実際には10%以上のポンド調整も可能なほどにネジは動き、リムの角度は変更できるのです。
 そしてもうひとつ厄介な問題があります。何をもってマックス、ミニマムで言う「いっぱい」なのかです。いっぱいまでネジを緩める場合、ストッパーが付いていないハンドルでは、ネジが外れるまで緩めることができます。そこには安全でない範囲も含まれます。またミニマム位置はハンドルのデザインや形状によって一概に特定や比較ができません。となれば、ネジがそれ以上は締め込めないというマックス位置で考えてみましょう。ところが、一般のアーチャーはこれがネジの突き当たりゆえに同じ位置と考えがちです。しかし、A社のハンドルとB社のハンドルで、ポンド調整ネジをいっぱいまで締め込んだとして、どちらも同じリム角度を与えているかというと、そうではないのです。互換性はあっても、統一基準はありません。そこで与えられる角度はメーカーしか知りません。そして同じメーカーであっても、モデルによってマックス位置は異なる場合がほとんどです。そしてもっと厄介なのは、ユーザーに唯一確認できるこのマックス位置が同じメーカーの同じモデルであっても、仕様変更されていたり製造時期によって異なるものがあることです。また、精度や品質が保たれていないハンドルもあります。同じモデル同士もそうですが、1本のハンドルで上下のリムに同じ角度が与えられていない(マックス位置が上下で異なる)高価なハンドルまであるのです。完全オープンでないリムポケットは、ブラックボックスなのです。
 では次にリム側の話です。これは例え話です。もしノウハウのない、ポリシーのないメーカーがあったとして、リムの性能をユーザーに分かり易い「矢速」で見せるために、最も安易で短絡的な方法として、ユーザーが知らない間にリムを短くしたとします。それもリムの根元ではなくチップ側を数センチカットして短くしたとします。そうするとアーチャーの見かけ上の矢速はアップするのですが、性能もアップしたかというとそうではありません。例えば、先の短くなったリムに以前と同じストリングハイトの高さを与えると、リカーブ形状がなくなった分リカーブが伸びてしまい、バタバタで不安定な弓になってしまいます。必然的にメーカーはストリングハイトを低くするように推奨してくるでしょう。
 ところがこんなリムでは、ストリングハイトの使用範囲が狭い(高くできない)のと同じように、リムの取り付け角度も非常に限定的なものにせざるを得ないのです。リムを寝かせるならまだしも、リムを締め込んで起こすとストリングハイトを高くするのと同様に著しく安定性の欠ける、収まりの悪い弓になるのです。リムの角度を変えて、ポンド調整ができても、そこに性能が付いていかない結果になります。マックスとミニマムの間には、性能を考えれば4回転の幅はないということです。このようなリムは世の中に結構多く存在します。リカーブの形状からだけではなく、全体の形状やカーボン繊維の品質や組み合わせ、芯材の特性などが複合的に影響した結果です。そしてワンピースボウ同様に、唯一一ヶ所のベストポジションしかないリムも当然あります。ところがそんなリムであっても、店頭ではマックスとミニマムが当たり前のように説明されるのです。
 こう考えてくると分かると思うのですが、MAX./MIN.の概念(リムの取り付け角度を変化させポンドを変える)はあくまでリムに付随するものなのです。ハンドルは単にリムの角度を変える機能が備わっているにすぎません。ポンド調整ができるかできないかはリム次第であり、ハンドルが動くから何でもできる、動く範囲はすべて許されるということでは決してないのです。
 
 実は、「ポンド調整機構」はパンドラの箱だったのです。ティラーハイト調整やセンター調整にだけ限定しておけば良かった機能を、メーカーが独自の研究開発を怠り、プライドとポリシーを捨て、目先の利益に走った時から、開けてはならない箱を自ら開いてしまったのです。リムの差し込み角度とは、性能の要であり企業秘密ともいえるノウハウです。そんな重要な部分を安易にユーザーが動かせるようにした時点で、メーカーは品質と性能、そしてブランドイメージを放棄したも同然なのです。
 気づいているアーチャーは少ないかもしれませんが、例えば試合会場を見渡して、どれほど起き過ぎたリムや寝てしまったリムの多いことでしょうか。それが本来メーカーが望むカーブであり性能だというのでしょうか。ユーザーは、メーカーの生産性向上と販売店の在庫軽減に加え、本来でない性能までもを購入する結果になったのです。
 しかし救いもあります。実はここまでの話はすべてドローレングスがAMOの表示ポンドを測定する26 1/4での場合です。当然メーカーもこの条件での性能評価を最優先に考えるでしょう。ところが実際にこれと同じドローレングスで使用するアーチャーはまずいません。29インチのアーチャーもいれば、26インチのアーチャーもいるのです。同じ矢の長さではなく、同じドローレングスのアーチャーは10人に1人もいないのです。これは今も30年前も同じです。ワンピースボウの時代メーカーもアーチャーも、この現実をストリングハイトとボウレングスの選択で乗り越えてきました。28インチに満たないアローレングスのアーチャーに68インチボウの選択は決してなかったのです。ところがどうでしょう。現在はカーボンアローで矢が飛ぶという現実に甘え、安易に68インチを選択するのです。これは大きな間違いです。しかしもっと大きな間違いは、リムをより寝かせて使用する場合です。そうなればリムのたわみは、70インチを選択した場合と同じことです。(今なら70インチでも90mを飛ぶのでしょうが。) 逆に66インチを選択していても、リムを極端に起こしていたのでは、64インチを選んだのと同じように無理が生じ、安定は得られません。
 ではどうすればいいのか。アーチャーはストリングハイトを調整したり、ノッキングポイントの高さを決めるように、リムの長さや差し込み角度もチューニングすればいいのです。そのためにはより以上の経験則や授業料が必要になります。ただし、ストリングハイトやノッキングポイント同様に、気にならないアーチャーは気にならないし、気にしても影響を及ぼさないアーチャーがいることも現実です。あるいはそこまで気にする必要のないアーチャーもいます。
 しかし昔、体格の劣る日本選手は自分に合ったワンピースボウを手に入れるのが困難な時代がありました。そんな状況の中で、ヤマハは日本人にあった日本人のための弓作りを目指したのですが、それから比べればヤマハなき後、与えられる条件で自分に合った最善のマイボウが作り出せると考えれば、それはそれで素晴らしいことです。
 表示ポンドがドローレングスによって機械的に実質ポンドを示すのではなく、自分のドローレングスがまずありきなのです。自分のドローレングスに対して、どんなリムをどんな角度で配することで美しいカーブが作り出せて、求める性能が発揮されるのか。その時実質ポンドを何ポンドにしたいのか。そのために何ポンドの表示ポンドのリムを使うのか、ということです。「適正ドローレングス」があるのではなく、あなたのドローレングスに対しての「適正リム角度」を求め、そこにあなたの希望する実質ポンドがあるべきです。
 そこで先のダブル表示の弓は、プロトタイプのリムです。単にマックスとミニマムで計ってそれを記したのではなく、この範囲であれば日本人が行うであろうリム角度の変更に対して、性能を落とすことなく対応できるという範囲を示した特別のリムです。ちなみに、リム角度を変えてドローレングスが同じでポンドの変化が大きいリムは、許容範囲が狭いともいえます。ポンドが変えられることだけが性能ではないのです。
 日本人が日本の弓で世界の頂点に立つ、その意味をもう一度考えてみてはどうですか?!!

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