タブの作り方

 昔、1960年代から1970年代にかけて ドリーン・ウイルバー というトップアーチャーがいました。彼女は世界選手権のタイトルこそ持っていないものの、全米選手権 そして1972年に52年ぶりにアーチェリー競技が復活したミュンヘンオリンピックで ジョン・ウイリアムスと共にゴールドメダルを獲得しています。当時の女王ともいえる名選手です。
 そんな彼女のトレードマークともいえるのは、唯一世界の舞台においてタブではなく「グラブ(グローブ)」を使っていたことです。
 今から30年前とはいってもグラブが競技者において一般的であったかといえば、それは現在とまったく同じでグラブはあくまでも初心者用の道具でした。試合でグラブが使われることは皆無であり、「タブ(Tab)」こそが唯一競技用の指を保護する道具でした。
 ではなぜ競技では、あるいは中級者以上の選手においてグラブではなくタブが使われるのか・・・? それにはいくつかの理由があるでしょう。「なんとなく、そういうしきたりになっている。」というような曖昧なものから、使い勝手によるものまでアーチャーによってさまざまです。そんな中で ウイルバー が全米選手権で勝利していた最初の頃、彼女がしていたグラブ以外のもうひとつの特徴的なことに ノッキングポイント を取り付けていなかったことがあります。センターサービング上にペンでノッキングする位置のみを印して使用していたのです。このことはタブの操作性の良さを表わす象徴的な事実です。ノッキングポイントなしのストリングをタブで引くことを考えるだけで、タブがいかにノッキングポイントに固定された矢の位置に依存しているかが理解できるはずです。グラブだからこそ不安定なノッキングに対しても正確にフックを決めたり、安定したドローイングが約束されるのです。このことが、基本を身に付けなければならない初心者においてはグラブが使われる最大の理由です。
 しかし、単に初心者用道具の裏返しとしてタブが競技用に(初心者でない証明のように)使われているのであれば問題です。もっといえば、技術的に問題を抱えたり、未熟であるアーチャーなら、そのキャリアやファッションに関係なくグラブの長所は見直されなければなりません。タブだから上級者であるのでなく、タブを自分の身体の一部として使いこなせるようになってはじめて中級者なのです。
 とはいっても、競技においてタブは一般的道具であり、それが使われるにはそれ相応の理由があります。昔、タブの皮(表面)にも「Hair Calf」と呼ばれる毛皮が使われることが多くありましたが、現在一般的な「Cordvan」といった馬の皮がそうであるように、グラブで使われる鹿皮よりタブのほうが表面がスムーズで摩擦が小さいことが重要なポイントです。それに、雨天の中ではグラブはタブ以上に悲惨な結果を生み出します。(ただし、これらの現実を相殺してもグラブを使うべき競技者がいることも事実です。)
 では、実際にはどんな「タブ」がよいのでしょうか? 最近では多くの種類のタブが販売され、アーチャーはそれらを簡単に入手することができます。しかし、最初にいっておきたいことは、「なぜ多くのアーチャーはこの重要な道具に対して、こんなに無神経でいられるのでしょうか?!!」。
 アーチャーは弓と矢を使い、数10m先の的面において的中を求めるのですが、その道具とアーチャーの身体との接点となる部分は2カ所だけです。ひとつは弓のグリップ(押し手)であり、もうひとつがストリングをつかむタブ(フック)です。そう考えれば、10人のアーチャーに10のフォームがあるように、市販されている物がそのまま理想の道具となる場合は非常に稀であると考えるべきです。弓や矢はある程度与えられた物をそのまま使うしか方法はありません。しかし、グリップやタブは個々のアーチャーが自分の身体やフォームに合った形や仕様に加工したり、工夫するのは当然の義務であり、これだけ重要な部分においてその努力を怠ることは初心者となんら変わらないレベルであると理解するべきでしょう。
 そこで、ここでは市販されていない「ハンドメイド タブ」(とは言っても、個人的に使っているタブのことです)を例にあなたの理想のタブを考えてみましょう。そうすることで、「もっとも適したタブが何か?!」 を考える材料となるでしょう。

 ハンドメイドという以上は自分でタブを作るわけですが、ここでもっとも重要なのは自分に適した「形状」であるかどうかです。一般にはなぜか皮の「材質」を云々されることが多いようですが、現在タブに使われる皮はほとんどがコードバンと呼ばれる馬の尻部分の皮です。問題はその品質にあります。昔は毛皮が摩擦係数が小さく、雨でも表面の滑りが確保されるために多く使われたのですが、耐久性(毛が抜けてくるため)に多少の問題があり今ではほとんど使われなくなりました。では、コードバンを使うとして、どれくらい使用できるのでしょうか。言葉を替えれば、タブはどれくらいの頻度で交換するのが良いのでしょうか?
 基本的には、皮が破れたり表面に割れなどの大きな引っ掛かりができないうちはまったく問題ないのですが、同じリリースで同じ回数使用したとしても一ヶ月くらいでだめになる物や、一年使っても表面がツルツルの物もあります。この違いはすべて皮の「品質」に起因します。そこで、これは理想なのですが、実はコードバンにもマグロのトロのような部分があることを知っておくと良いかもしれません。金にいとめを付けず、特別のコネがあれば手に入るのですが本当に本トロと同じで一頭の馬から30cm角ほどしか取れない最高品質の部分があります。こんな部分は市販のタブには使われていないのが常識ではあるのですが、最高を知れば現状が見えるかもしれません。

 そして毛皮であれば分かり易いのですが、たとえ毛がなくても必ず皮には使う方向があります。素人には見分け難いのですが、もしこの向きを間違うとたとえ良い皮であってもすぐに表面がささくれ立ってしまいます。(市販されているタブではこの向きまで気にせずに作ってあるものが多くあります。)
 では、このような良い皮で向きを正確にとって作ったタブを使うとタブはどれくらいもつのか?

 実はこの写真のタブは本トロのような部分の皮で作ったものですが、丸2年、4万5000射をすでに越えているのですが、表面はツルツルです。雨の後は拭いて乾かす程度の手入れしかしなくても、本当に良い皮はこれくらいもつものなのです。ただし、先にも述べたようにこれだけの皮を普通の人が入手するのは簡単ではありません。普通のアーチャーは多少の出費と試行錯誤の中から、金額と使用頻度を秤にかけてそれが良いものか、そしてその替え時を判断するしかないでしょう。

 ではいよいよ「形状」ですが、この写真にあるタブはちょうど20年前から、皮が傷んでは交換して使い続けているものです。

 ひとつは予備タブですが、材質にアクリル樹脂とアルミの違いはあるにせよ、基本のデザインとアイデアは同じです。これを見て「キャバリア製」(USA)のタブを思い起こすアーチャーもいるかもしれませんが、実はそれらの最近のタブこそがこのタブのコピーなのです。
 とはいっても、このタブのアイデアの原形となったのはアメリカ製の「ウイルソン タブ」です。それは現在市販されている物ではなく、発売当初の初期モデル(皮も現在のような人工皮革ではなく、プレートの硬さも形状も異なる)です。昔、マッキニーがそれを使い、またペイスも同様のハンドメイドタブを愛用していました。それらを真似てバーズが10数年後に作ったのがキャバリアのタブです。しかしそれだけに、このタブには良さがあります。
 
 
 まず、手のひら部分のプレートが大きく、実際にストリングが掛かる位置からプレートまでの皮の部分が小さく作ってあります。そのため自然にタブを保持できるのと、何よりも使用していて皮が「よれる(寄ってくる)」ことが少ないため、毎回自然に同じ位置にしっかりとストリングを持ってくることができます。
 もうひとつ、写真からも分かるようにストリング保持位置からタブ先端までが意外と短いことに気付きます。これは最初から短いのではなく、はじめに型をとって出来上がった時はまったく逆にこれより2cmほども先長の普通にはないような形です。それをまず実射することで、皮の表面に付いたストリングの擦れた跡を見ながら少しずつストリングが当たらない不要な部分を切り落としていくのです。この時にもプレート側の皮がよれないことが、その作業を楽にしてくれます。ともかく、ストリングが擦れない部分は不要と考えればよいでしょう。
 
 
 ここで注意するのは、当然のことですがフックした時には皮の厚みがあるため裏皮(指側にくる皮)を表皮より長くしておかないと、実際の使用では指にストリングが当たっていきます。裏皮は少し長く作る(切る)のがポイントです。
 裏皮ですが、なぜ多くのアーチャーは裏皮に薄い柔らかい皮を使うのでしょうか? ほとんどの市販品がそうなっているから仕方ないのかもしれませんが、写真のように裏皮にも同様のコードバンを使うと、これもよれることがなく非常に使いやすいことに気付くはずです。また、耐久性も向上し、タブ自体が長持ちすると同時に、雨の中でも水をあまり吸わずにしっかりとしたフックが維持できます。
 そしてこれもどんな形状のタブにも非常に有効な手段ですが、写真のように表皮にのみ中指と薬指の間にスリット(切り込み)を最初から入れてやるのです。そうするとフックした時にストリングの感覚がつかみ易く、早くタブが手とストリングになじみます。(新品のタブでも簡単に、使いこなし易くなります。)
 また裏皮ですが、なぜ市販品のタブはノックを挟む部分に余分なはみ出しがあるのでしょうか? それは人差し指と中指をノックの擦れていくのから保護するためでしょうが、実際にはより矢の感覚をつかむには必要のない部分です。そして、特に下側(中指側のノックの下にくる皮)のはみ出し部分は、矢がカーボンになり軽くなってからは レストアップと呼ばれる矢を跳ね上げる最大の原因となるために、まったく無用の長物です。真っ直ぐ正しいリリースができればよいのかもしれませんが、それでも必ず下側のはみ出しは切り落として使った方が良いでしょう。
 
 
 ところで、どうして指の痛みを感じているアーチャーはタブを改良しようとしないのでしょうか?例えば、よく指先にマメを作って血を流してまで練習しているアーチャーがいます。あるいは指の痛みを堪えて引いていることもあります。そんな時その使っているタブをよく観察してみると、99%までがマメの位置はタブの皮の端にあります。逆にいえば、マメのほとんどはタブの端の皮の段差によって出来るのです。(写真はマメができないように形状を考えているので問題はないのですが、マメのできているほとんどの場所は写真のようなタブとの境目のはずです。) そのため市販のタブであっても最初は少し大き目の物を購入し、自分で切って使うことをお薦めします。
 
 あるいは、なぜ指が痛いのに薄い皮のタブを使い続けるのでしょうか? 特に指の痛みはすべての努力を萎えさせてしまいます。痛みと引き換えにしてまでも得なければならないストリングの感覚などはないはずです。痛ければ皮を厚く(あるいは枚数を増やす)するべきです。このようなハンドメイドタブで、スリット入りのタブなら、痛い指の部分だけ皮の枚数を増やすことも簡単にできます。
 
 
 最後は指を通すループです。一般的には皮革を使用するのですが、最初は少し指が痛いかもしれませんが、あえて金属製の鎖(ボールチェーン)を使ってみましょう。そのメリットは汗や特に雨天の試合でもループが伸びてきたりすることがないため、毎回タブを同じ位置で保持できます。鎖は市販のタブ、あるいは普通に売っているものはほとんどが真鍮製です。これだと長く使っていると簡単に切れてしまうことがあります。専門店でないと手に入らないと思いますが、ここはあえて鎖・コネクターともに「ステンレス製」のものに付け替えましょう。そして鎖も2本で使えば、指もあまり痛くなく、安心です。
 また、タブには必ず「名前」を書いて(付けて)おくようにしましょう。いくら注意しても、長く多くの試合に出ていると、良かったと思うことがきっとあるはずです。

 ここまできて、なぜ「アンカーパット」と「カントピンチ」の話がでてこないのか・・・・? 不思議に思うアーチャーもいるでしょうが、実はこの2つの道具(部品)はすべてのアーチャーにとって不可欠というものではないのです。
  
 まず「アンカーパット」ですが、これは「正しいアンカー」ができるアーチャーで、「サイドアンカーでないアンカー」をしているなら必要のない道具です。下の写真を見れば分かるでしょうが、正しいアンカーとは人差し指が顎の骨の下に収まるものです。ということは、人差し指は本来アンカーパットの役目を果たすものであり、人差し指の上側が顎の骨で止まることでアンカーの上下位置が一定します。ところが、サイドアンカーの場合は指一本分が横にずれることで、人差し指が顎の骨からはずれアンカーが顎にかぶったようになってしまいます。これを防ぐために人差し指の役目を果たす出っ張りをタブに付けたのがアンカーパットなのです。
 
センターアンカー   サイドアンカー
 では、センターアンカーではないアンカーは、すべてがサイドアンカーかというとそうでもありません。人の顔がみんな違うように、顎の形もひとそれぞれです。そこで、サイドアンカーのひとつの基準を定めるなら、アンカーポイントの位置が顎の平らな部分から横に外れた時にサイドアンカーと考えると分かり易いでしょう。この平らな部分が広い人は、たとえアンカーポイントが顎の真ん中になかったとしても、人差し指が顎から外れない限りはセンターアンカーと同じでありアンカーパットも必要ではありません。
 ここで余談ですが、大き目のタブを切って自分に合った形状にして使うのですが、よく裏皮が大きすぎて人差し指と顎の間に皮が挟まっているアーチャーを見ることがあります。これも指とノックの間と同じで、必ず切り落とすようにしましょう。
 
 
 次に「カントピンチ」ですが、これも正しいフック、あるいはドローイングができて、正しいリリースができるアーチャーならアンカーパット同様になくてもよい道具です。
 初心者や多くのアーチャーは「レストアップ」と呼ばれる射つ瞬間に矢を跳ね上げてしまうトラブルがあると、すぐにカントピンチに逃れる傾向があるようですが、これはあくまで最後の手段と考えるべきです。まずは正しいフックやリリースをマスターすべく練習するべきで、また先に述べたようにタブを改良するべきです。
 タブの改良にしても、カントピンチの厚さも個々のアーチャーによって異なるのは当然であり、不必要に分厚いカントピンチや指に痛みのでる金属製の角張った形状などは、目的とは逆に不必要な力を指や手首に生み出し一層フォームを悪くするということもよくあります。
 
 
 と言うことで、もう一度自分の使っているタブを見直してみるのもよいのではありませんか。すべてのアーチャーがハンドメイドタブを作る必要はないでしょうが、市販のタブを使うにしてもどこのタブが良く、どう改良すればより自分に適したタブになるのかを考えてみてください。決して高い物が良い、とは限りません。
 タブとは思っている以上にシューティングにおいて重要な道具なのです。

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