インドアで初心者と間違われないために

 僕の場合、インドアの試合に参加する時は多少の違いがあるにせよ、弓は通常使っている68インチを70インチのロングボウに替え、その時の状態にもよるがほとんどはシーズン中より2〜3ポンド弱いリムを使用します。ストリングも太目のものを使い、ストリングハイトも高くする。スタビライザーのセッティングも変え、ロングエクステンションや長めのロッドを使ったりします。矢は必ずアルミアローを使い、ハネは二回りほど大きいビッグベインそれも鳥羽根を使います。これらはすべてインドア用のチューニングです。ただし、近年はヤマハのロングハンドルがなくなったために弓の長さはアウトドアと同じ68インチで、鳥羽根のビッグベインが入手し難くなったために大き目のソフトヴェインを仕方なく使うようになりましたが・・・・。
 インドア競技での絶対的な特徴は2つあります。ひとつは「風が無い、雨が降らない」という外的条件の変化の無さと安定であり、もうひとつは「距離が短い」最長で25M、最近ではほとんど18Mしかないという矢の飛翔時間の短さです。この2つの特徴はアウトドアに比べてアーチャーに与える心理的プレッシャーを圧倒的に軽減するばかりか、そのチューニングにおいて決定的な違いを生み出します。

 風が吹かない、距離が短いとなると弓は無風の中でたった25Mだけ矢を飛ばせば充分なのです。矢のスピードや弾道の高さはここではまったく無視することができます。この時、弓と矢に求められるもっとも重要かつ不可欠な要素は「安定」(スタビリティー)であり、それは25Mあるいは18Mの中で満たされれば良いのです。そしてこの時の「安定」は   @発射された矢の飛翔過程における安定 と  Aその矢が発射時の過程において受けた弓と矢の安定 に大きく分けられます。
 まず、@についてはここでもいくつかの議論があるものの、一般的に矢の安定は 矢の運動量= (矢の質量)×(スピード) の数式で表わされます。具体的にはカーボンアローが出現する1987年まではアーチャーは を大きくすることで安定を求め、高めてきました。アルミアローの外径や肉厚を大きくし、より重い矢を使うことで安定した飛翔と的中性を得ようとしてきました。2116や2216で30インチを越える矢が世界の頂点を制覇していたのです。しかし、この場合アーチャーの引けるドローウエイトに限界があるため の増加にも限りがありました。それにこのことは当然を犠牲にすることでもありました。このことを無視して極端に重い矢を使えば90Mや70Mの長距離で矢を飛ばすこと自体に無理が生じてしまいます。
 ところが、ここで登場したのがカーボアローです。この矢がアーチェリー史上にもっとも変革を及ぼした理由は、それまでのアルミアローとはまったく逆のコンセプトを持ち、それを実現できる素材だったからです。このカーボン素材でできた矢は ではなく を大幅に増大させることで の減少をもカバーしてしまったのです。それほどカーボンはアルミに比べ強靭で反発力を持ち、そして軽かったのです。もしカーボンアローでアルミのように19や20径といった太さの矢を作ったなら、鋼鉄より硬くなりアーチェリーでは使い物にはなりません。そのため必然的にカーボンアローはアルミに比べ極端に細くなりました(「投影断面積の減少」)。それだけではありません。開発段階では予想もしなかった「断面荷重の増大」がオマケとして付いてきたのです。断面荷重とは投影断面積あたりの矢の質量のことで、カーボンアローは面積当たりの重さが重くなったのです。これらの条件によってカーボンアローは空気抵抗に打ち勝つ力が強く、外的影響(風や雨)をも受け難くなり、軽く・速く・細い と2拍子そろったものとなりました(細いことは的面においては有利とは言えませんが)。これが、とりあえずはアウトドアにおいてカーボンアローがアルミアローを駆逐した理由です。
 しかし、インドアにおいてはたった25Mで無風なら前述のアウトドアにおけるような、風や空気の抵抗に打ち勝つ「弾道の安定」より、これから話す「空力の安定」と「パラドックスの安定」を重視した方が絶対有利になります。(確かにカーボン素材のメリットをインドア競技において満たすなら、アーチャーズパラドックスの復元性を極端に高めるなどの方法は考えられるでしょうが、残念なことに現行市販品ではこのようなメリットを生かすことができる物はありません。) それにもっと分り易い例では、カーボンアローのような細いシャフトでは的面でのオンラインでの上位得点へのタッチが圧倒的に減少します。アルミアローなら確実に内側に入ってくるものが、カーボンではラインを外してしまいます。インドア競技ではたった1点が大きく順位を変えてしまいます。
 では、Aの安定はどうでしょう。インドア競技は30射あるいは60射で終わります。アーチャーは不必要に重く強い弓を使い身体に余分な負担をかける必要はなく、余裕を持った安定したシューティングを目指すべきです。そして25M以上飛ばす必要がなければボウレングスも長い物が使えます。これはエイミング時の薬指や人差し指の負担を軽くし、安定したエイミングとシューティングを可能にするばかりか弓本体もバタツキが減り安定します。また、ストリングを太く、ストリングハイトを高くすることはリリース時のストリングの復元性の安定とノックが早くストリングから離れることでのアーチャーのミスの矢への伝達を減らします。また、無風によることでロングエクステンションの使用とスタビライザーの多様化が可能になることで、より正確かつスムーズなエイミングとシューティングが実現します。(近年、トップアーチャーにおいて一時期よりロングエクステンションの使用が減っているのは、インドア競技においてもトーナメント方式が導入されたことでプレッシャーや緊張の高まりが増大し、これに対してのアーチャーの技能がまだ未熟であることが原因しています。)
 Las Vegas Shoot ’79
(1979年から1984年まで連続出場)
 
 このようにインドア競技がアウトドアのそれとは、まったく異なるものであることは理解していただけたと思います。道具において「短距離で当たる(的中性能が高い)からといって、長距離でも当たるとは限らない」のです。では、逆の場合はどうでしょう。「長距離で当たれば、短距離でも当たる」が正解です。ただし、この時「ほとんどの場合は、」という但し書きが付きます。なぜ「ほとんど」なのか、というと野球であればピッチャーからキャッチャーまで、ボーリングであればピンまでの距離と等しい18Mが「安定」のうえでアウトドアとインドアに決定的な違いを与えます。
 この18Mはその昔、木製ワンピースボウでクッションプランジャーもない時代にアーチャーズパラドックスを解消するのに最低限必要とされていた長さです。アーチャーズパラドックスとはフィンガーリリースの場合、必ず発生する矢の蛇行運動で、その矢の蛇行が収まるのに18Mは少なくともかかるというわけです。これはその後弓具とアーチャーの技術向上によって、現在では18Mは必要ではなくなりました。しかし、アーチャーズパラドックス自体は依然パラドックスとして存在し続け、普通のアーチャーにおいてはやはり18Mは必要な距離なのです。あまり近すぎる距離やチューニングがうまく行われていない弓具、未熟な技術においてはアーチャーズパラドックスの最中に矢が的面に到着してしまいます。ましてやミスショットはアーチャーズパラドックス解消のための距離を一気に引き伸ばします。
 そこでアーチャーがこの25Mや18Mという短い空間の中で「安定」を求め、高得点を導くには矢の飛行姿勢の制御に関する「空力的な安定」と矢の振動現象に起因する「パラドックスの安定」の確保が最重要課題となります。具体的方法としては、やはり「太く・重く・復元力の大きい矢の使用」ということになります。そしてこの条件をすべて満たすには現在のカーボンアローでは不可能であり、アルミアローの使用がもっとも適した状況といえるでしょう。アルミの太く、重いシャフトにポイントも重めの物を取り付け少しトップヘヴィーにする。そして鳥羽根のような柔らかい材質のヴェインでレストでのトラブルを矢に伝え難い状況で、なおかつ空気抵抗の大きいヴェインをピッチをきつくするなどして矢の回転数も増すようにする。このようにすることで、矢の蛇行を最短、最小に食い止め安定した飛翔を確保してやるのです。

 1970年代初頭に登場したテイクダウンボウによって始まった弓の開発合戦もカーボンアローの登場によって1980年代をもって終了しました。(もう開発の余地がないのではなく、その視点が弓から矢に移っただけですが・・・) そしてカーボンアローが登場して10年以上が経過し、そろそろその過渡期も終わろうとしています。しかしこれも実はカーボンアローが円熟期に入ってきたのでは決してなく、矢の業界の再編成により一層の寡占状態が進行し、またオリンピックラウンドの積極的展開(これも実は業界の思惑絡みを否定できませんが)によって矢の性能向上が70Mに限定されるようになった結果にしかすぎません。カーボンアローが完成したのでは決してなく、逆に現在の状況はカーボンアローの一層の発展を阻害あるいは遅らせるもの以外のなにものでもないでしょう。
 アーチャーはこのような状況を踏まえつつ、正しい知識や新しい情報を身に付け技能の向上を目指す必要があります。最新の弓具だからといってどこでも、誰でもがその性能を享受できると思うのは大きな間違えです。使い方によってはマイナス材料となることは多くあるのです。たとえば最新の何万円もするカーボンアローをインドアで使用することも、そうなのかもしれません。昔、木の弓にプラバネと呼ばれるプラスチック製の硬い羽根を使っている時代がありました。あの頃は、もしスパインの合っていない矢を使えば羽根がレスト部分に当たってしまい、素人にも矢飛びの悪い状態とその原因が判断できました。その結果、アーチャーズパラドックスの存在を体感すると同時に、弓や矢のチューニングを覚えることができました。しかし、現在はクッションプランジャー、ソフトヴェイン、クリアランスの広い弓、・・・は当たり前になり、仮にスパインが合っていなくても無理矢理飛んでしまうか、あるいは矢速が速すぎてそのことを確認できないアーチャーが多くいます。今さら昔の道具を使う必要は毛頭ありませんが、しかし高いお金を払ってわざわざ得点を下げることも愚かな行為です。ちょっと心得のある野球少年なら、ボールを手で投げて18M先の40cmの輪に当てることができるでしょう。それを20万円の道具を使って外すのは可笑しなことです。
 もし、インドアの試合で低ポンドの長い弓、そして鳥羽根の付いたアルミの矢を持ったアーチャーを見かけても、初心者と一概に決め付けないでください。よろしくお願いします !!!
   
   
   
   
   
   
   
  Las Vegas Shoot ’80 3位
  ファイナルラウンド 295点

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