Chapter 1 Stance (スタンス)

 この写真を見てください。ダレル・ペイスを知り、中級者以上のアーチャーなら、この高校を卒業したばかりの16歳の少年のフォームを見て世界チャンピオンのシューティングと思える人はいないはずです。これを写したのは1973年7月、場所はフランス グルノーブル。世界選手権練習会場70mシューティングライン上。僕のアルバムの中で一番古いダレルの写真です。後になってダレルはこの練習中に当時の世界記録を越える点数を出していたと話してくれましたが、それにしても近年の彼のフォームと比べ、そして基本と比べても「当たる」とは決して思えるような射ち方ではありません。多分こんな初心者的な射ち方をするダレルを誰も知らないはずです。ダレルだから当たるのではなく、当てるには、それも世界一になるには必ず持たなければならないものがあるということが分かる一枚です。
 特にフォロースルーの形が、当たりだしてからのダレルとは明らかに違う。「緊張」「安定」「精緻」「リラックス」、どれもがこの時のフォームには備わっていない。
 ではもう一枚写真を見てください。これはリック・マッキニーがフィールド競技でのシューティングフォームを見せてくれたものです。実際に僕も世界フィールド選手権において彼と同じグループでシュートしたこともあり、この写真がジョークを交えたものであるのは容易に想像がつきます。では、あなたは冗談でもこんな格好で弓を引けるでしょうか。リックのフォームの特徴は何といってもその極端なオープンスタンスにあります。しかし、この一枚はそんな外見の裏には凡人が簡単にマネすることの出来ない身体の柔軟性と、それを支える足腰の強さが隠されている事実を見せてくれるものです。
 アーチェリーは「スポーツ」であり、チャンピオンは紛れもなく「スポーツマン」であり「アスリート」であることがわかる一枚です。
 アーチェリーは紛れもなく「スポーツ」です。そしてそこでトップを目指す人間は紛れもなく「スポーツマン」であると同時に「アスリート」なければならないのです。スポーツマンである以上はその競技に秀でる以前の部分とし持たなければ、そして維持しなければならないものがあります。それが足腰の強さや柔軟性や持久力といった「基礎体力」ともいうべきものであり、それに加えてもうひとつ。アーチェリーにおける的中性向上を考えるなら、それは単にその人間個人が持って生まれた才能だけではなく、後天的な努力も含めた誰が見ても納得のいく「理論」に裏付けられたシューティングフォームとそれを維持する「精神力」が必要となってくるのです。
 世界記録やそれに準ずるような凄い記録を出した後、どこが一番疲れるか知っていますか。意外にも多くのトップアーチャーが「脚」と答えます。腕や肩といった上半身ではなく、足腰が最も疲労するというのです。それに反してあまり調子の良くない試合や強風と戦うような試合では、どこということなく身体全体に倦怠感が残るものです。本当に絶好調の時、アーチャーは自分の2本の足で地面をしっかり踏み締めてシュートしています。どんな素晴らしいシューティングフォームもすべてはこの2本の足の上に乗っているのです。完璧なシューティングを試合中ずっと維持し、支えるのはとりも直さず足腰です。
 アーチェリーのシューティングフォームとは、ちょうど子供の「積み木遊び」のようなものと考えればいいでしょう。それは足元から1個づつ、うまく丁寧に積み上げていかなければ安定感のある美しい形には完成しません。安定感とは万人に共通した認識です。不安定なものは誰が見ても不安定であり、そこに理論や説明は無用です。しかし単なる安定感という認識を越えて、完璧な形に積み上げようとする時はじめて知識や理論が必要となります。ともかくアーチャーはシューティングラインを跨ぎ、まず1個目の積み木をそこに置くのです。
 アーチェリーは子どもの積み木遊びと同じようなもの。
 
人間は足の裏だけで立っているのではない
 近年、特にダレルが登場してからは「オープンスタンス」が競技アーチェリーにおける主流となってしまいました。以前にも1960年代後半まで、今ほどではないにしろオープンスタンスが多くを占める時期がありました。しかしあの時はハーディー・ワード、そしてジョン・ウィリアムスの台頭で世界が「ストレートスタンス」に変換したのです。そして今はその反対ということです。このような現象は世界チャンピオンの残した記録の偉大さからくる影響力を考えれば当然の結果ともいえるのですが、オープンかストレートか、といった表面上の議論の前にまず理解しておかなければならないのは、スタンスを含めたアーチェリーのシューティングフォームの多くの部分において「動力学的仕事」が「静力学的仕事」と並行して(あるいは静力学的仕事の上で)行われている点です。このことは人間の身体に対し非常に難しい(不安定な)仕事を要求することです。動力学的仕事とは例えばリリースに代表される筋肉の緊張と弛緩によって行われる動作であり、静力学的仕事とはスタンスやエイミング時にとられる各関節での固定のための動作を指します。そしてこれらの作業が人間の身体の上で同時進行するわけです。これを踏まえてスタンスについても考える必要があります。
 1973年、グルノーブル世界選手権(50m)。ダレル初出場の世界選手権は悪天候に見舞われ、その歴史の中ではじめて4日間のダブルラウンドを3日で行うという変則大会となる。しかし天候は回復せず、ダレルは10本の0点を射ち23位に終わる。この前年、ミュンヘンオリンピックでジョン・ウイリアムスが初めてテイクダウンボウでゴールドメダルを手中にすることで、木製ハンドルも含め弓は一気にテイクダウンへとシフトしていく。
 アーチェリーの「立つ」動作は、他の多くの競技と異なり次の動作への準備であったり、外からの力に対しての構えでもありません。アーチャーのスタンスはその上半身で行われるシューティングをしっかりと支える「土台」と考えればいいでしょう。となると、そこに要求されるのは「固定」であり「安定」です。ではそれらを獲得するための最も良い身体の状態とは何でしょうか。ここで仮に「2本の足で立つ」ことを無視して、単純に身体の安定だけを考えるなら、それは立っているより座っている方が、そして座っているより寝ている方が安定(固定)度が高いことは容易に想像が出来ます。現にこのことはライフル射撃競技において、立射(スタンディング)より膝射(ニーリング)、膝射より伏射(プローン)の方が得点の高いことでも証明出来ます。しかし、残念なことにアーチェリーは原則として立射です。
 1971年ヨーク世界選手権(70m)。優勝のジョン・ウイリアムス。今では「オールドスタイル」や「クラシックフォーム」と呼ばれながらも、ジョンもハーディー・ワードも「正十字」そのものであり、基本射型とともにアーチェリーの理想がここにある。
 その場で背筋を真っ直ぐ伸ばして立ってみて下さい。そして序々に身体を前傾させていきます。この時腰は曲げないで真っ直ぐにしておいて下さい。すると、どんどんつま先に力が入ってきて、最後には前方に転倒してしまうか、足を前へ踏み出してしまうでしょう。立っている状態を人体静力学では「不安定平衡」と呼びます。これは身体が平衡状態外に逸脱すると、元の状態に戻れないことを指します。では、次にもう一度同じように立ってみて下さい。そして今度も同じように身体を前傾させていきます。但し、今度は腰を曲げても結構です。すると今度はある位置から足を前に踏み出さないために、腰(尻)を後ろに突き出すことでバランスをとりながら立つことを維持するはずです。
 人間が「立つ」ということは、最も不安定な仕事を身体に要求することである。(不安定平衡)  重心位置からの鉛直線が「支持面」内を通過することで、「立つ」ことは維持される。
 人間が「立つ」という状態を維持する時、実は無意識ではあっても必ず守られている条件がひとつあります。それは身体の重心位置(ヘソの奥あたりと思って下さい)から真っ直ぐ下ろした線(鉛直線)が、左右のつま先と踵をそれぞれ結んだ線と、足の外側で作られるちょうど台形を逆さにしたような形(これを支持面と呼びます)の中を通過することです。これが守られている限り、人間は辛うじて立つことが維持出来ます。だからこそ倒れそうになった時、腰を突き出すことで重心位置を移動させ、支持面の外に出ようとした鉛直線の通過位置を支持面内に戻してやっているのです。
 では立ってさえいればどれも同じかというと、そうではありません。次に「安定度」が問題になります。安定度は次のもので条件付けられます。@重心位置の高さ A支持面の広さ B重心位置から下ろしてきた鉛直線の支持面での通過位置 の3つです。ここで多くのアーチャーが犯す過ちに気付くはずです。スタンスはいくら広くとっても単純に安定度は増さないのです。確かにスタンスを広げた左右方向への安定は増しても、逆に前後方向の安定は失われていきます。そして結果として相対的な安定度は低下してしまうのです。
 このように人間が足の裏だけで立っているのでないことや、スタンスの幅だけで安定が決定するのでないことは理解出来たでしょう。そこで蛇足ですが、足の裏には実際に体重を支えている「有効支持表面」と、実際に地面に接していても体重を支える仕事には参加していない「総体支持表面」というものがあります。ここで覚えておくと良いのは靴を履いた時、裸足の時のそれと比べて有効支持表面が著しく増大する点です。地面との接地面積の広い、足底アーチ(土踏まずの部分)のホールド性の良い疲れにくい靴はアーチェリー競技においては必要かつ重要な道具なのです。
 
人間は生きている限り完全に停止することはない
 デパートやショーウィンドーによくあるマネキン人形を思い浮かべて下さい。マネキン人形は当然生きているわけでないので、完全に動かない(静止した)状態です。では、なぜマネキン人形はその2本の足だけで立つことが出来ないのでしょう。
 確かに感覚的にも人間の形(マネキン人形)は安定感がなく、不安定であることは分かります。それに人間の足の裏は体表面積のわずか1%にすぎません。だからこそ支持面を大きくすべく、足の裏とは別に台を取り付けることで人形を立った状態で固定しているのです。では仮にその台を使わず、マネキン人形の足だけで支持面の中に重心からの鉛直線を置いてやったとしたらどうでしょう。すると一旦は静止した状態にはなっても、次に安定度が問題になります。これではほんの少しの力が外から加わるだけで、人形の体は簡単に平衡状態外に運ばれてしまいます。  
 生きた人間はこの微妙なバランスを筋肉の力を借り、無意識に保っているのです。しかし、このことは逆にいえば人間の身体が絶対的な平衡状態や完全な不動状態には留れないことを意味します。目に見える見えないは別にして身体は絶えず揺れ動いているのです。先にスタンスを極端に広くすることは相対的な安定度を低下さすといいました。ではスタンスを広くすることで起こる問題点はそれだけでしょうか。もし前後の安定度を多少犠牲にしてでも、左右の安定を高めたいと考えてスタンスを広くしたとします。極端に広いスタンスをとれば分り易いのですが、その時足の内側や足首、足先に普段以上の緊張を感じていることに気付くはずです。これは同じ立つという状態を維持するのであってもスタンスが極端(必要以上)に広い場合には、肩幅と同じくらいのスタンスに比べより多くの筋肉がその仕事に参加したということです。スタンスに限らず「静力学的仕事」において最も良い条件とは筋肉を使わないことです。しかし、全く使わないというのは不可能です。そこで同じ条件なら筋肉参加を最小限に抑えることこそがその固定に最も有利な状態といえるのです。この有利な状態を効率よく維持するためにスタンスの基本はあります。つま先をかるく自然に開き、歩幅は肩幅と同じかそれより少し狭く、体重は両足に均等に、そして中心より少しつま先目に荷重を懸け、両膝ともに真っ直ぐ伸ばす。この基本の実行こそが理論に裏付けられたスタンスの理想といえるのです。
 1976年全米選手権(90m)。「オープンスタンス」を除けば、すべて基本に忠実なスタンスである。ダレルは自分のスタンスについて「真っ直ぐに」「自然に」をチェックポイントとしているが、このキーワードはシューティングフォーム全体において非常に重要である。(ダレルはこの大会で、すでに全米4年連続優勝を成し遂げている。)
 ではなぜダレルはオープンスタンスを選んでいるのか。この疑問に対してスタンスというチャプターだけで答えるのは困難です。なぜならスタンスはシューティングフォーム全体を支える土台であると同時に、土台であるがゆえに多くの部分に影響を与えるからです。確かにオープンスタンスのメリットを探すなら、視界がターゲット方向に開ける、身体の前後方向への安定が高まるといった理由はあります。しかしダレルは実際にはもっと重要な目的のためにあえてオープンを選んでいるのです。
 1976年全米選手権。アメリカ建国200年の記念すべき大会は、バレーフォージで行われ試合前にはデモンストレーションとして歴代オリンピックゴールドメダリストのシューティングが披露された。

 1972年ミュンヘンオリンピック

   ジョン・ウイリアムス
   ドリーン・ウィルバー

 1976年モントリオールオリンピック

   ダレル・ペイス
   ルアン・ライアン

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