Chapter 4 Anchoring (アンカリング)

 アーチャーは目先の結果やスコアに惑わされることなく、自分の理想に向かってそのシューティングを組み立てていかなければならない。それは練習であっても、試合であってもなんら変わるものではない。(1977年 全米選手権ファーストターゲット)
 
 ダレルのアンカリングを注意して見ていると、アンカーに入ると同時に少しアゴを引きながら引き手全体をターゲットとは逆方向(矢筋の方向)に引き付け(緊張を高め)ているのが分かります。そして押し手も目に見えるような動きではありませんが、肩から真っ直ぐにゴールドに押し込む力を感じます。
 アーチャーの中にはアンカリングしたフォームがそのままフルドローと勘違いしている人も多くいるようですが、フルドローとアンカリングは必ずしも一致しないものです。フルドローはクリッカーさえ落ちればいつでもシュート出来る状態にあるのに対し、アンカリングは単に矢を引いてきた手(フック部分)をアゴの下に収める動作にすぎません。したがって、時間的にフルドローがアンカリングより先行することはなく、まずアンカリングがあり、それと同時かその後にフルドローが作り出されることになります。
 アンカー(anchor)とは錨を意味し、ストリングを文字どおり一定の場所に停泊(固定)させることを言います。ではこのアンカーリングを教える時、手をアゴの下に入れると同時になぜ引いてきたストリングを鼻と唇とアゴの先端に付けるようにするのでしょうか。それは自分の鼻の先を人指し指で触るのに練習などを必要とせず、目を閉じていても簡単に出来ることからも明らかです。これは唇やアゴにしても全く同じことが言えます。それでは、アゴの中央から右に2cm離れた所を触るとすればどうでしょう。今度は少し練習がいるかもしれません。たとえ出来るようになったとしても、明日の朝一番に同じ所を触れといわれれば難しいはずです。
 どんなスポーツ競技においても、「基本」と呼ばれるものがあります。そして多くの競技では、その基本をマスターした後には必ず次なるテクニックやより高度なタクティクス(作戦)が待ち構えているものです。しかしアーチェリーは違います。基本=理想ともいえるのです。アンカーに限らずアーチェリーの基本射型(正十字)はすべての部分において「チェックし易く」「マスターし易く」、だから「繰り返し易い」フォームなのです。そして、これらの素晴らしい主観的事実に加えて、客観的事実においても基本射型は人体生理学や力学をはじめとした理論に裏付けられています。アーチェリーにおける基本射型は初心者だけのフォームではありありません。すべてのアーチャーが目指さなければならない「理想のフォーム」なのです。基本射型が無駄なく美しく見えるのはそのためです。
 
アンカーとアンカーポイントの違い
 アンカリングにおいて、ドローイングの流れを止めず、ロープを緩めないことが大切なのは当然です。そのうえで、もうひとつ重要な問題があります。それは、いかにアンカーポイントを毎回同じ位置に固定するかです。
 アンカーポイントとは、引き手の人指し指とそれが掛かっているストリング、そしてアゴ、この3つが接している1点のことです。しかし、アーチャーの中には「アンカー」と「アンカーポイント」を混同し、人指し指や親指の付け根をアゴや首筋に押し付けることだけに注意を取られている人がいます。それでは流れを止め、力の方向を変えるばかりでなく、一番大切なアンカーポイントを不安定なものにしてしまいかねません。より安定したアンカーポイントにするために、アゴの下にきっちり収まったアンカーが必要なわけです。
 とはいってもアゴの位置(顔向き)に対してアンカーが置かれる(決められる)のではなく、あくまでロープを真っ直ぐ張ることが先決でありそのロープの上にアゴを乗せる感覚が重要です。アンカーをアゴに固定しようとして、引き手の親指を首筋に引っ掛けるアーチャーがいますが、それに集中するあまりロープが緩んでいたり、手首に不要な力が入っているようでは何にもなりません。アンカーで親指を首筋に掛ける、掛けないといったことは、単に個人個人のフィーリングの問題に過ぎません。むしろ問題になるのはアンカーの形態より、そこでストリングを保持している「フック」そのものの方がはるかに重要なのです。
 1977年、全米選手権(70m)。セットアップ、ドローイング、アンカリングと一貫して緊張は持続される。しかしそれはフルドローのためではなく、すべてはフォロースルーのために存在する。(ダレルは全米4連覇せストップ、2位に終わる。この年、初めてマッキニーが優勝。)
 ではどんなフックが理想なのか。ここでひとつの大きな疑問があります。FITA(国際アーチェリー連盟)競技規約第7章703aには[弓は2つのノックの間に直接結ばれた1本の弦によって張る。そして発射の際は、一方の手で弓のハンドル(グリップ)を握り、他方の手の指で弦を引き、絞り、離す](抜粋)とあるのですが、競技規約の記述のどこを探しても[ストリングは3本の指で引かなければならない]とは書かれてはいないのです。にもかかわらずダレルは人指し指は第一関節より少し浅く、中指は第一関節よの少し深く、そして薬指は第一関節にというように掛けてシュートしています。ダレルに限りません。すべての世界チャンピオンが3本指でフックしています。確かにトップと呼ばれる世界のアーチャーの中には、人指し指や薬指を伸ばしている選手がいないでもありません。しかし、それは10人中1人にも満たない数です。
 なぜフックは3本指なのか。このことにだけは僕も論理的に答えることができません。しかし、それは逆に言えば、フックにはまだフォームの変革の可能性がここには残されていることでもあり、次のフックの条件が満たされるなら必ずしも3本である必要はないと思います。つまり、@エイミング(フルドロー)している時に変化しない(緩んできたり逆に力が入ってもこない)。A @の条件が満たされている範囲で出来るだけ浅く掛ける、この2つです。
 1977年、全米選手権(70m)。フックの2つの条件を満たしながら、3本の指はしっかりとストリングに掛けられる。「フック」は鉤以上でも、鉤以下でもない。
 実はフックには基準というものがありません。例えば「深掛け」「浅掛け」といっても、それは第一関節をだいたいの基準にしてはいるものの、決して明確な表現ではありません。なぜならフックの2つの条件を満たしていても、ストリングを保持する位置は個々のアーチャーによって異なり、同じアーチャーであっても時期や状態によって位置が変化するからです。オフシーズンからシーズンに入ろうとする時、最初は2つの条件を満たすには普段より深い位置になるでしょう。しかし、練習を重ねて力が付いてくるにつれて、最初より浅い位置でも2つの条件を同じように満たせるようになってきます。これは弓の強さを変えた時にも同じことが言えます。このようにフックには、すべてのアーチャーに共通する基準がないのです。
 調子の良い時、自分のフックの位置が普段より浅くなっていることに気付いたことはありませんか。そしてわかっていながらも、点数が出るのでそのままにしておいて当たらなくなったという経験はありませんか。当たっている時というのは、無駄、無理、ムラのないシューティングが獲得できています。そして、無意識に@Aの条件を満たしているのですが、ついつい目先の点数ばかりを追いかけて練習を続けているうちに、フックは浅くなり、その結果調子を崩してしまうのです。確かに一日中シューティングをするのでなく、数本を射つだけであれば多少フックが浅目の方が当て易い(射ちやすいとは少し違う)のも事実です。しかしこのようなシューティングを長く続けて(繰り返して)いると、最初は良くても除々に@の条件が満たせなくなり、リリースの瞬間指先を弾いてストリングを引っ掛けてしまうようになります。
 こんな時は問題意識と勇気が必要です。エイミング中にフックが変化したり手首のリラックスが損なわれないよう、ストリングを掛ける位置を@の条件が満たせるところまで戻してやる必要があります。たとえそれによって数本の矢がゴールドを外す結果になったとしてもです。しかしいくら@の条件が満たせるからといってAを無視してむやみに深くすることは感心できません。第二関節にフックするトップアーチャーは、2本指フックのアーチャーよりさらに少ない人数です。
 ストリングに掛かったフックは、「ロープで真っ直ぐにターゲットとは逆方向に引かれる。その時ロープを決して緩ませてはいけない。また、ダレルはアンカーのチェックポイントそして、小指を軽く首筋に触れるようにしている。
 アンカーをアゴに押し付けるのではなく、真っ直ぐに張られた1本の「糸」の上に、アゴを軽く乗せてやる感じが重要。

(1977年、全米選手権70m)

 
主観的事実ほどにリリースは鋭くない
 リリースの瞬間、ストリングとフック(指先)の関係(状態)はどうなっているか知っていますか。あるいは、指先がどうなった時ストリングは出ていくと思いますか。多くのアーチャーはそんな瞬間のことまで考えたこともなく、考えたことのあるアーチャーでも、その主観的事実(感覚)としてそれを表わす言葉(例えばリリースを「切る」とか「鋭い」リリースのように)からストリングは真っ直ぐに解き放されるものと思い込んでいます。
 わかり易いようにフックは指一本としてみます。この一本の指(鉤)がどうなった時、ストリングはリリース(解き放される)されるでしょう。指が90度(直角)より狭い時はまだホールディングされた状態であり、指が90度以上に開いた時リリースされることは誰にでも理解できます。そこでこの瞬間を1万コマ/秒を越えるハイスピードカメラで見てみると、ストリングは指が90度になると同時に指の上を横滑りしながら出ていきます。そして客観的事実としてのリリース(ストリングが出ていくという意味での)はフックがまだアゴの下にある間に終了しています。ストリングは指の上を横滑りし弾かれた分、真っ直ぐに出ていくことができずに、蛇行を繰り返しながらストリングハイト位置まで復元します。これがフィンガーリリースでは絶対に避けられない、そしてリリーサー(機械的発射装置)であっても片側からのフックであれば必ず起こる「アーチャーズパラドックス」という現象です。
 指は開かれるというより、フックが直角になると同時にストリングが指を弾いて飛び出していく。この時の指の抵抗によって、アーチャーズパラドックスは発生する。(1979年 来日時)
 昔、1960年代前半まで手をアゴの下に残したままシュートする「デッドリリース」と呼ばれる射ち方が主流を成していました。しかしその後、リリースは現在の「スライディングリリース」(リリースの時、アゴの下にあった手を耳の下ぐらいまで引き放すスタイル)へと移行し定着しました。その理由には使用弓の高ポンド化、それに加えて弓具の進歩に伴うストリングの復元スピードの高速化が挙げられます。アンカーポイントでのストリングの保持に、より大きな筋力と持久力が必要になる一方で、アゴの下から出ていくストリングがより速くなったため、それに見合ったスピードでフック自体も逆方向へ解き放されなければならなくなったのです。現在の高ポンド化、高速化の時代でデッドリリースに固執すれば、リリース時のストリングの始点となるアンカーポイントにバラツキ(動き)が出たり、ストリングへの抵抗が大きくなり、結果的に的中性を悪くしてしまいます。
 目には見えなくてもアゴの下にある指先は、出ていくストリングによってアーチャーの想像以上に大きく弾かれます。これをより小さく安定したものにするには、ホールディング時のストリングの張力(その最も大きいベクトルは矢と同じ方向を向いています)に対抗できるくらいに緊張を高めるしかありません。それが引き手のロープの張りであり、スライディングリリースに代表される素早い動きです。指導者が「リリースは鋭く」とか「速いリリース」と教えるのも、実はこの瞬間の精度を高めてやることを目的としたことなのです。
 理想は指先がロープになること。しかし、ロープ式リリーサーであっても、ストリングの片側からの解除はアーチャーズパラドックスを発生させる。
(1980年、ラスベガスシュート。アンリミテッド優勝 クレーマー)
 
チャンピオンが3本フックの理由
 世界のトップアーチャーが3本指でフックする理由について、理論的に解説するのは難しいと言いましたが、正解は、彼らの教わった初心者マニュアルにそうするよう載っていたからかもしれません。
 そこで、もう少し考えてみましょう。リリースがなぜ「デッド」から「スライディング」になったかを考えると、ストリングへの抵抗という観点からひとつの仮説が立ちます。つまり、現行の弓具に対してフックのAの条件を無視することなく@の条件を満たすのには、現状では3本の指の筋力とその持久力がどうしても必要なのではないか、というものです。仮に1本指のフックで@の条件を満たすなら、その位置は第三関節近くにまでなってしまいます。高ポンド化、高速化した弓具に対応するには、1本や2本の指で深く掛けるよりも、3本の指で比較的浅く掛ける方が有利で安定するというわけです。
 では、3本指でストリングを引く場合、3本の力配分はどんな割合にするのが良いのでしょうか。ダレルは3本指の合計を100%とした場合、人指し指5%、中指75%、薬指20%と話しています。中指、薬指、人差し指の順については、僕も基本的には賛成です。しかし、このようにその配分率を何パーセントにするといった客観的事実には興味がありません。なぜならダレルを含むトップアーチャーが語る配分率は、あくまで主観的事実からくるものであり、たとえそれが正しいものであったとしても同じように実行することは困難だからです。
 主観的事実として認識しておかなければならないことは、誰もが中指をドローイングの中心と考え、2番目薬指、3番目人指し指の順に挙げること。そして中指への加重が圧倒的に大きい点です。その理由はダレルだけでなくすべてのトップアーチャーが引き手のロープを中指に結び付けているからにほかなりません。ドローイング開始に伴い、ストリングにはフックを頂点として角度が付いてきますが頂点とは一点であり、中指が中心になるのは必然です。その結果、必然的に人差し指と薬指はセットアップでフックした位置より浅くなりアンカリングされます。
 1974年、全米選手権(70m)。この年までダレルはストリングを顔の中央に置き(センターアンカー)、アンカーのすべての条件を満たしていた。(この大会でミュンヘンオリンピックでウイリアムスが樹立した1268点の世界記録を破る1291点で全米初優勝。そして世界記録更新の第一歩を踏み出した。)
 では、どうして薬指が2番目であり、人指し指は5%しかないのでしょう。それはフックにおける2つの必要条件を満たす時、誰もが薬指より人指し指の方が短いという骨格的特徴が原因しています。例えば、リリースの瞬間のストリングの抵抗を軽減しようとする時、あなたならどの指を浅くしますか。おそらく人差し指と答えるアーチャーがほとんどのはずです。(これは結果として多くのアーチャーの薬指がストリングから外れているのとは違うことであり、それが間違いであるということです。) 浅くする指を選ぶなら、長い指より短い指を選ぶのは当然であり、また実際の動きでも人差し指を浅くする方が薬指を浅くするよりスムーズです。このことは最近のマッキニーが人指し指を以前より極端に浅くしだしたことや、アーチャーがより高得点を求めようとしてリリースの瞬間のストリングへの抵抗を軽減しようと意識的にどれかの指を浅くする時、薬指ではなく人指し指を選ぶことからも判るはずです。
 1990年のマッキニー。彼は1990年代に入って、人差し指を浅くしだした。しかしアンカーポイント固定のために、決してそれを外すことはせず、残りの2本の指もフックの2つの条件は堅持している。
 しかしここで、もうひとつ重要なことがあります。それはたとえ5%であっても、ダレルやトップアーチャーは必ず人指し指をストリングに掛けている点です。実は人差し指にはフック以外にもっと大事な役目があることを忘れてはなりません。人指し指はアンカーポイントを決めるのに不可欠な部分なのです。ストリング、アゴ、人指し指の3つの接点がアンカーポイントです。つまり、人差し指はアンカーポイントを決めるのに不可欠な部分であり、例え極端に人差し指を浅くはしても、ストリングから外すことは誰もしないし、するべきではないのです。
 そこで最後にフックの客観的事実を紹介しておきます。この写真を見て下さい。1984年ロサンゼルスオリンピックに向けて、プロモーション用に弓具メーカーが作ったポスターです。アーチェリーショップ等で見た人も多いはずですが、こんな写真からも多くのことが発見出来るのです。フックについていえばダレルもマッキニーも当然フックの2つの条件を満たしてはいるのですが、それに加えて二人とも真横(この写真の位置)から見ると3本の指ともツメが見えていないのです。このことはチェックポイントとして重要です。基準がないフックとはいいながらも、特に薬指などはツメが見えているようでは位置としては浅すぎるのです。このように停止した写真は積み木の積み方(空間)を教えてはくれませんが、少なくともその置かなければならない位置(点)は見せてくれるものです。
 
同じ天才でもダレルはジョンより合理的
 ダレルが登場するまで世界のアーチャーの憧れであり、理想はジョン・ウィリアムスでした。その彼の栄光の記録の中でも1972年ミュンヘンオリンピック優勝の時、ダクロンストリング、グラスリム、アルミアローで樹立した1268−1260点=2528点の世界新記録は、現在のケブラーやカーボンを使っての1340点を内容的には越えていました。そして何よりも素晴らしいのはウィリアムスが完璧なBasic“T”Bodyの持ち主であるということです。それに比べ、彼と入れ替わりにデヴューしたダレルは当初決して美しいという印象を我々に与えませんでした。
 ウィリアムスがアーチェリーを始めたのは8歳。世界チャンピオンとなったのが17歳。そして19歳でプロに転向。ダレルが始めたのは13歳、18歳で世界チャンピオン、現在もアマチュアで現役。時代の違うこのふたりの天才の記録や足跡を比べることは無意味です。しかし、二人に共通するのは「これだけの栄光と実績を成し得るには、単に精神力だけでなく理論に裏付けられたシューティングフォームが不可欠」という点です。
 ではウィリアムスはともかく、美しいという印象を与えなかったダレルのフォームがどのように理論に裏付けられ、これだけの栄光と実績を獲得したのか。ダレルのウィリアムスとの違い、そして世界の頂点に立ち続けた理由は「合理性」です。例えばアンカー。ウィリアムスはストリングをセンターに置き、それも鼻にそれが食い込むまでアゴを引くことで引き手の緊張を高め矢筋を通しています。そして何より凄いのはここまで引き込んだアゴがリリースの後も動かない点です。やはりそれは天才的です。それに対してなぜダレルはサイドアンカーにしています。それについて彼は多くを語りませんが、こんな推察はどうでしょう。「シュートした時ヘッドアップするくらいなら、最初からアゴが浮いた位置でアンカーを付けよう。それによってヒジが甘くなるなら、アンカーポイントをサイドに移動することで矢筋を通すようにしよう。そうすればアゴが動いたとしてもセンターよりサイドの方が動き(ブレ)が小さくなる・・・。」
 このようなやり方は決して生理学の法則や力学的理論を無視するものではなく、ダレル流の合理的解釈と理解すべきです。しかし、Basic“T”Body をアレンジすることは、それのマスターまでに多くの練習と努力、そして意識が付加されたことも忘れてはいけません。
 マッキニーもダレルと同じようにサイドアンカーですが、このことについてマッキニー自身は「外観上サイドアンカーであっても、自分のアゴは平ら(尖っていない)でアゴの横にまでアンカーポイントが移動してはいないので、意識としてはセンターと同じ」と話しています。では、現実にアゴの横(平らではない部分)にまでアンカーポイントが移動して、サイドアンカーになったとしたらどうでしょう。この場合フックはアゴの下(中)に収まることは出来ず、指ひとつアゴから外に出てしまうためアンカー(人指し指部分)はアゴにかぶった状態となります。これでは毎回同じ安定した位置にアンカーポイントを置くことはできません。そのため、ダレルは身体上の努力だけでなく、弓具の上でもアンカーパット付きタブを自作して使っています。このように基本から外れることは、身体、道具の両面において一層の工夫や努力が必要になるのです。
 1972年、ミュンヘンオリンピック優勝のウィリアムス(90m)。完璧なBasic”T”Bodyであるだけでなく、シュートした後も”T”が保たれ、ヘッドアップしてアゴが動くこともない。
 そしてもうひとつ、実はダレルとウィリアムスのシューティングフォームで決定的な大きな違いがあります。それはアンカー位置からフォロースルー位置までのリリースのスピードです。ダレルはウィリアムスのそれと比べて、目に見えて明らかに速いリリースをします。このことは結果的にダレルの栄光の時代をここまで長いものとしました。1975年ケブラーストリング、1976年カーボンリム、1983年カーボンアローといったストリングの復元スピードの高速化への変革の波を、そのたびに彼が乗り越えてきたことでも分かります。リリースのスピードが同じでストリングの出ていくスピードだけが速くなれば、リリースが弾かれる確率は高まります。そしてこの問題は、現在進行中のカーボンアローの改良開発にとどまらず、今後も続くであろうこの種の進歩には、必ず付きまとうものです。

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