Chapter  5  Full Draw (フルドロー)

 フルドローとは作り出すものだと言いました。そしてある意味では、スタンスから始まって1個1個積み上げてきた積み木の最後の1個がここで置かれる考えればよいでしょう。こういう言い方をすると、この後にもっと大事なクリッカーの瞬間やリリースがあると反論する人がいるかもしれません。確かにそれらは的中に対して大変重要な要素ではあります。しかし、クリッカーにしてもリリースにしても、それは押し手のグリップと引き手の肘の間にピンッと張られた一本の糸がアゴの下で切られるようなものです。新たな別の動作というより、すでにフルドローで作られたものが真っ直ぐに解き放されるにすぎないのです。この糸を張る作業やそれが切れることについてダレルは、「自然に」「自動的に」という表現をよく使います。彼の一見ぶっきらぼうなこの表現ですが、その言葉にはクリッカーを鳴らす動作やリリースは「無の状態」(潜在意識)から自然に働くものであり、決してクリッカーを鳴らそう、クリッカーを切ろうといった能動的な意識から生まれるものではないという意味のことが含まれています。腕を真っ直ぐに置く、あるいは正確なリリースを、などと考えなくてもクリッカーの音に反応して自然に、勝手に身体が動くというわけです。これは彼の長年の練習とシューティングの成果からきていることは間違いありません。
                    1990年 全米選手権
 
 では、完璧なリリースはフルドロー時に正十字を作り出せば「自然に」「自動的に」生み出されるかというと、実際にはそれだけでは不十分です。試合場で多くのアーチャーを見ていると、その中には完璧とも思える正十字やダレル以上に格好良く狙っている(フルドローしている)人を何人も見かけます。ところが、残念ながらそれらのアーチャーがみんな美しいシューティング(リリースからフォロースルー)を見せてくれるかというと、決してそうではありません。理由は明白で、いくら形が正十字であっても、力がその正十字に沿って通っていないのです。逆にいえば、形が仮に正十字でなかったとしても、引いている力、押している力が矢に対して真っ直ぐに働いてさえいれば真っ直ぐに解き放されるはずです。
 実はこのことをダレル自身が証明しているのです。1978年まで、ダレルは引き手の位置が少し甘く(前に出た状態)、矢筋は完全には通っていませんでした。しかし、多くのアーチャーはそのことに気付きませんでした。その理由は、そこから生み出される偉大な成果に惑わされただけではありません。ダレルのシューティングが、たとえ矢筋が通っていなくとも、内面では力が正十字に沿って働き一直線に矢を支え、動きのすべてが平面の中に導かれていたため、引き手の甘さが目立たなかったにすぎないのです。
1977年 全米選手権(90m) 1978年 全米選手権(90m)
ドローレングスを約1インチ長くすることで、アンカーポイントをより身体の中心線に引き込み、引き手の矢筋を通し、左右への緊張を高めている。
 アーチェリーは「平面」の中で行うスポーツです。イメージとしてはシューティングラインの上に、それとは直角に垂直などっしりと安定感のある「壁」が建っていると思えばよいでしょう。身体は捩れたり倒れたりせず、押し手も振ることはなく、リリースは膨らまず・・・すべての動作(シューティング)はこの壁の中で行われます。そのためには「形」だけでなく、必ず「力」もこの平面の中になければなりません。
1978年 全米選手権(90m)。矢筋を完全に通す(形のうえで)のに合わせて、前年(1977年)よりアンカーポイントもよりサイドに移動しているのがわかる。しかしすべての力は「平面の中」にある。(前年マッキニーに奪われたタイトルを再び取り戻し、5度目の優勝を果たす。)
 
押し手の横にある矢印が教えてくれるもの
 1979年11月3日、熊本で行われた全日本選手権で、そこに招待選手として参加したダレルは1341点の世界新記録を樹立しました。それは彼が1975年に、それも自分の記録を破り初めての1300点台に突入した1316点を25点も更新するものでした。これは驚異的としか表現できない偉大な記録です。
 この時彼が使用した弓具は68インチ45ポンド(表示)の一般に販売されていた弓の、グリップ部分だけを改良したものでした。その改良は当然グリップを自分の手に合わすための工夫であると同時に、もうひとつの秘密がありました。当時その市販品の弓は僕の使う弓に比べて、グリップのピボットポイントからレスト(プランジャー位置)までの距離が約7mm長かったため、それを近付けようとする目的があったのです。このことは昔の木製のワンピースボウを今取り出してきてドローイングするだけでも理解できるのですが、昔の弓は最新のテイクダウンボウに比べてかなりピボットポイントとレストまでの距離が長いため、引くだけでハンドルのウインドウ部分が顔の方に傾いてくるのを感じます。これは逆にいえばシュート時に弓本体が大きく跳ね上がる(動いてしまう)ことを意味します。ダレルがグリップを改良した裏には、この不要な動きを少しでも解消し、より的中精度を高めようという狙いがあったわけです。しかしそれにも限界があります。この時使っていたXX75−2114に取り付けたFPF260の下側のヘンフェザーは、レスト下部のハンドル部分に擦ってしまい、ベインの赤い色がべったりそこに付いていました。
 理想は矢が押し手の腕の中から発射されることです。しかし先のピボットポイントとレストの話からもわかるように、現実にはピボットポイントからの矢の発射は不可能です。となると、真っ直ぐに張った1本の糸を矢に限りなく近づけるには、上下と左右の2方向から考える必要があります。そこで上下方向についてはレスト位置に、左右方向についてはストリングの通過位置に代表されます。そこで上下方向については、そのドローイングの頂点を中指とすればそれは最も矢に接近した位置であり、理想に一番近い位置です。残されているのはだれるのグリップ改造でもわかるように、グリップ側での弓具面からの矢への接近ということになります。そして左右方向からは、いかにストリングの通過位置を押し手に近付けるかが最大の課題です。 
 ダレルの使っているプラスチック製のアームガードをよく見ると、ストリングが当たり擦り減っていることがわかります。しかしそれは初心者のようにリリースが悪いためにストリングが大きく蛇行したり、それ以前の段階で押し手が中に入り過ぎてリリースされたストリングがまともにそこへ返っていくのではありません。フルドローで矢に対しぎりぎりの位置に押し手を接近させて置いているがために、一旦ハイト位置まで復元したストリングがあと数センチ矢を押し出し、矢のノックがノッキングポイントから離れた後で、そのストリングがアームガードを擦ると思えばいいでしょう。これは意識的に的中性向上を目的として、押し手をストリング通過位置に接近させている結果なのです。アームガードは初心者用の道具ではありません。
 では、そのために押し手は具体的にどのように保持したらよいのでしょうか。肩の位置はドローイングですでに話したので、後は肘とグリップですが、実は押し手に関してはそんなに難しくありません。なぜならフルドローの時、ほんの少し視線を下げればそこには真っ直ぐな「矢印」がターゲットを向いて存在しているからです。すべてのアーチャーに与えられた、これほど信頼出来る指針はありません。アーチャーはその矢印(矢)に対して真っ直ぐ、そしてぎりぎりに腕を置き、矢印の方向へ押してやればいいのです。
1978年、全米選手権(90m)。ダレルは肘の関節が少し柔らかいため、押し手が中に入りすぎているように見えるが、実際にはストリングの通過位置ぎりぎりに押し手を置き、固定している。フルドロー時、アーチャーから見て矢と押し手が重なっていなければ、正しいリリースさえすれば、ストリングはまともにアームガードに返っていくことはない。
 押し手にストリングがまともに当たってしまう時、初心者ほどそれを避けようと必要以上に押し手に注意を払い、もっと悪い状態に陥ってしまいます。しかし、よく考えてみればいくらアーチャーズパラドックスという避けられないストリングの蛇行があるとしても、正しいリリースをした場合その蛇行はアームガード(ストリングハイト位置)付近では非常に小さいものになっています。フルドロー時に少し下を見てください。そこにある矢印はアンカーポイントからストリングハイトの位置まで真っ直ぐに引いた線と同じなのです。その線に押し手が接していない限り、正しいリリースさえすればストリングは押し手には当たらないはずです。ストリングが押し手に当る時というのは、ほとんどの場合、リリースのミスによってストリングが内側(押し手側)に解除され腕に向かって返ってしまうからです。
 
ダレルは実は猿腕なのです
 猿腕(さるうで)とは、女性アーチャーによく見られる関節が柔らかいためにフルドロー時に押し手の肘が逆に反ってしまう現象です。実はダレルは女性ほどに極端ではないにせよ、この傾向があることを認めています。ダレルがドローイングするのを見ているとその途中から視線を落とすのがわかります。最初僕もクリッカーを見ているのかと思ったのですが、彼によると押し手の肘には特に注意を払っているとのことです。ドローイングからフルドローにかけ、押し手に負荷が掛かってくる中で彼はその位置の確認と固定を行っています。
1980年、全米選手権優勝のジュディ・アダムス(60m)。典型的な「猿腕」だが、彼女はそれをまったく返さない方法で押し手の固定を図っている。その結果、フルドロー、フォロースルーともに自然なフォームの維持がなされている。
 一般に猿腕への対処として、考えられる方法は2つあります。ひとつは押し手を返すこと、それも極端な猿腕であれば肘が上を向くくらいに返すしかありません。しかし、この方法だと矢印と違った方向に回転の力を大きく掛けなければならないため、アーチャーは真っ直ぐターゲット方向に押すことだけに集中することが出来ず動作にも不自然さが生じてしまいます。それにこの方法では肘を上に向けたままでフォロースルーを残すのは非常に難しい作業になります。そこで次に考えられるのはこれとはまったく逆に、まったく押し手を返さない位置で固定を図る方法です。これだと見た目にはあまり格好が良くはありませんが、矢印を真っ直ぐに押すことと、何よりも押し切った延長で自然にフォロースルーを残せるという大きなメリットがあります。どちらにしても、これらの方法は先に述べたアンカーポイントからストリングハイト位置までの想像の一直線に押し手を触れさせないための方法であると同時に、固定のための方法であることは間違いありません。
 ではダレルはどちらの方法をとっているかですが、確かに彼は関節は柔らかいものの極端な猿腕ではないので結果的には普通のアーチャーがする方法と同じ手段でこれに対処しています。つまり先の2つの方法の中間的やり方で、押し手を「無理なく自然に」返せる位置を選んでいます。
 その位置、方法とは、@ 押し手の親指を背中側にして腰に手を当ててください。A 次にそのまま手のひらを返して親指を前側に回します。そして B そのまま押し手を真っ直ぐフルドローの位置に伸ばします。これが回転のための努力を必要とせず、腕を最もストリングの通過位置に近付け真っ直ぐに矢印の方向へ押せる押し手です。そしてこのように関節を捻転させることは、ちょうどウエイトリフティングで選手がバーベルを手にする時必ず腕を返す(入れる)ことでもわかるように、生理学的にも固定のための最も良い条件が与えられるのです。
 ここでアンカーポイントの身体での位置についても話しておく必要があります。矢印に力の方向を近づけるには、押し手を近づけるのに加えて、アンカーポイント自体がフルドローで作り出された平面の中、それも「身体の中心線」に近くなければなりません。そのためには、フルドローでの顔向きにも注意を払う必要があります。もう一度このポスターの写真を見てください。ここでも二人の写真は客観的事実を提供してくれています。まずダレルもマッキニーも左目がはっきり見えないことに注目してください。左目がはっきり確認出来るようでは、アンカーポイントが身体から離れ過ぎていて平面的ではないことを示します。そしてもうひとつ重要な点は二人ともに左右の目の高さが同じです。頭が傾かず、それでいて顔面は真っ直ぐターゲットフェイスと向き合っていることを表しています。もし左目の方が低ければ、それはアンカーポイントが身体から離れることになり、逆に右目が低すぎると覗き込んだような状態になり首筋の緊張が得られません。しかもいずれの場合でも、エイミング途中でストリングとサイトピンの位置関係(ストリングサイト)が変化し易く、アンカーポイントを身体の中心線に引き付けリリース後までヘッドアップせず維持するのが難しくなります。
 また、頭を傾けることは知覚機能にも悪影響を及ぼします。人間の身体の平衡感覚は、左右それぞれの耳の奥にある前庭と三半規感と呼ばれる器官が知覚器となり、つかさどっています。これらの器官が空間における身体の状態を大脳に伝え、対応のための指示が出されるわけです。この時、平衡器官は頭が前後左右に傾かない状態にある時、異常を識別する能力が最大となります。このことは仮にフォームに異常が生じれば、直ちに正常に戻すための指示が迅速適格に発せられることを意味します。最後の積み木がうまく真っ直ぐに乗せられることで、最大の安定が保証されるのです。
1978年、全米選手権(90m)。顔面は真っ直ぐターゲットフェイスと向き合う。アーチャーの意識としては、必ずアンカーポイントを「身体の中心線」に向かって引き込んでいかなければならない。そしてリリースで切られた1本の糸は、真っ直ぐに「平面の中」に解き放されていく。
 
グリップとアンカーの共通点
 押し手の固定を考える時、グリップについても肘同様のことがいえます。弓の力を真っ直ぐに受け、支えてやればよいのです。この部分でクリッカーを鳴らす動作は不要です。そしてここでもダレルはひとつのスタイルを定着させました。グリップを正確に押すということで考えれば、理想は1点(場所としてはピボットポイントになるでしょう)で支えることです。現にウィリアムスは、完全なハイリストでその点を支えグリップを固定しました。確かに彼の方法は点を点で受けるという意味では理想的です。しかし普通のアーチャーでは長時間のシューティングでの手首への負担が大きすぎるため、安定とリラックスにおいて問題が生じます。そこでダレルは弓のグリップに対して手を合わせてしまう、それも「ロウリスト」で行うことで、より以上の固定と安定を手に入れたのです。
 その理由を説明する前に、ロウやハイ、あるいはミディアムといったグリップの位置(形状)について少し付け加える必要があります。まずウィリアムスのように、手首を曲げることなく真っ直ぐ伸ばしたスタイルはハイリストと定義付けられると思うのですが、問題はどこからがミディアムでどこからがロウかということです。実際ダレルが現れた時、そのグリップはそれまでの多くのアーチャーのスタイルと比べてロウリストだったのですが、それが定着した現在ではミディアムと呼んでも一向に差し支えなくなりました。このように時代によってその呼び方が違ってくる理由のひとつに、弓がテイクダウンになってから、そのハンドルに取り付けられているグリップ部そのものの名称がリストのスタイルを表すようになってきたことが挙げられます。また、弓のメーカーがミディアムとは呼んでも、現実にはグリップの形状(手首の角度部分)を序々にハイとは逆の方に近付けてきたことも起因しています。
 ではなぜロウリストの傾向に動いてきたのでしょう。まず第一の理由は、手首を寝かせた(傾けた)方がピボットポイントと手首の関節(グリップに最も近い可動部)の距離が短くなること。第二は、手首の関節という可動部を固定することで、押し手全体が安定するというメリットが得られるのです。それは押し手の肘を無理なく自然に返すのに似ています。このことはまた、ロウ(あるいはミディアム)のグリップ形状に対してウィリアムスのようにハイリストの手首で受けることの不安定さをも指摘しています。
1978年 全米選手権(90m)

 

 ドローイング

ダレルはその途中で視線を落とし、矢(矢印)を基準に押し手の位置と肘の固定の確認を行う。

 

 アンカーリング

引いてきたストリング(フック)をアゴに押し付けるのではなく、あくまで真っ直ぐに張られた1本の糸の上にアゴを乗せてやる。その中で自分のフルドローを作り出す。

 

 リリース

矢を追いかけたり、ターゲットを覗き込んだりせず、決して頭を動かしたり傾けたりしない。すべての動作はフルドローで作り出された「壁」(平面)の中で処理される。

 

 ダレルのグリップから誰もが受ける印象は、ベインが人指し指に触って出ていくくらいに手全体がグリップに被さっていることです。これは手のひらを弓のグリップに対して自然に合わせることで、手首の不要な力を排し、弓(グリップ)の安定を図るのが彼の狙いです。
 グリップとピボットポイントの関係は、ちょうどアンカーとアンカーポイントの関係に似ています。アンカーポイントのために安定したアンカーがあるように、ピボットポイントのために安定したグリップがあります。いくらグリップの形が良くても、ピボットポイントからズレて押しているようでは、当然のことながら安定した的中は得られません。
 では、グリップ全体の中でどのようにピボットポイントを意識するのでしょう。ダレルは1978年からその弓がモデルチェンジする1983年までの間、数試合を除いて自分の手に合わせて加工したグリップを愛用していました。そしてこの時のオリジナル形状は次のニューモデルに反映されるのですが、ちょうど同じ頃メーカーは違ってもマッキニーも自分で加工したグリップを使用していました。彼ら2人が自ら作ったグリップ形状はリストの角度はロウであっても、ピボットポイント部分はそれぞれ異なっていました。マッキニーの細く尖ったようなピボットポイント部に対して、ダレルは太くそして手のひら部分にかけては平らでした。このことは手の大きさの違いはもちろんですが、それとは別にピボットポイントの感じ方の主観的事実の違いを示しています。
 しかし、手のひら全体(面)をグリップに密着させながらピボットポイント(点)だけを押すことが実際には不可能なように、ピボットポイントはアンカーポイントほどにその1点だけを切り離して感じることは出来ません。そこでグリップにおいて重要な意識は、どんなグリップのスタイルであっても、ピボットポイントを押す「感じ」(グリップの一番深い所に入っていくような意識)をいつも持つことです。手のひらはハンドルに取り付けたグリップ部に合わせながら、意識だけは一番深い点を押すわけです。その時ダレルは太く平らなことからくる安定と固定に正確さを感じ、マッキニーは細さに対する精密さから集中力を感じます。これが彼らのピボットポイントの捕らえ方(感じ方)の違いです。
1981年、全米選手権(90m)。手のひらをハンドルのグリップに自然に合わせ、弓の力を真っ直ぐに受けている。しかし、リリース時のリストの極端な変化だけは感心できない。もし他のアーチャーがここまで手首の角度を変化させると、弓は毎回違った動きをするでしょう。(マッキニーの3連勝を許し、ダレルは3年連続2位に甘んじた。)
 
だからといってダレルのすべてが好きなわけではない
 確かに僕の知るアーチャーの中でも、ダレルのシューティングは際立っています。だからといってまったく欠点がないわけではないのですが、結果としての偉大な得点にじゃまされて欠点が見えなくなっていることも事実です。しかし欠点は欠点であり、普通のアーチャーが安易にそれまでもコピーすることは致命傷にもなりかねません。
 例えば誰にも分かる部分で、決して他のアーチャーにはまねてもらいたくないことがあります。それはフルドロー時、引き手の肘が目に見えて下がってくることです。ひどい時には肘の先端が矢の延長線より低くなります。このことについてダレルは知っていながらも、実はあまり気にしていません。その理由は彼がフルドロー時に意識を集中(コンセントレーション)しているのが引き手ではなく、押し手(ゴールドに真っ直ぐ押し込んでいくこと)だからです。ダレルにとって引き手に要求されるものはリラックスであり、肘の下降を止める努力はリリース時の引き手のスムーズな動きを阻害するものと考えているのです。ただし、このことに関して弁護するなら、そんな状態でもダレルの意思とは無関係に彼の潜在意識は決して肘を前へ緩ますことなく、力の方向を必ず面の中に置いています。もし普通のアーチャーがダレルのような潜在意識もなく、単に押し手だけに注意を払いシュートすることは薦められません。そしてダレルもいくら矢をゴールドに運べるからといっても、速く(エイミング時間が短い)シュートできている時には見られないこの動きを直すべきでしょう。ただし断っておきますが、ダレルの場合は引き手を下げないようにするという意識より、エイミングが長くならないようにする努力です。
 理想のフルドローにおける引き手の肘の高さは、矢の延長線が肘の下ぐらいを通過する位置です。それ以上に高くすれば薬指のフックが浅くなり過ぎ、フックに変化が起こったり、手首のリラックスが損なわれてしまいます。また逆に延長線を下回るとロープが緩んでしまい、手首のリラックスを確保出来ません。そしてここで作り出された肘の位置はクリッカーの落ちる瞬間まで少なくとも外見上はほぼ固定(内面ではターゲットと逆方向に引き続けられています)されるべきで、目に見えるような大きな動きは不要です。
 

 

 

 

1981年、全米選手権(50m)。

ダレルのシューティングフォームの中で最大唯一ともいえる欠点。エイミング時間が長くなると、引き手の肘が目に見えて下がってくること。
この写真でも、アンカーリングの時は矢の延長線が肘の下を通過しているが、リリース前には一直線のところまで下がっている。しかしこれは優勝しているオリンピックや世界選手権でも見られることがある。

 ではなぜ矢の延長線が肘の先端ではなく、少し高く構えるのでしょう。それは経験と多くのアーチャーを見てきた限り、延長線上もしくはそれ以上に低い引き手は、特に近距離においてグルーピングにバラツキを生みます。例えば90mのように矢に発射角度が付く場合(押し手が水平より上を向く時)は、少しくらい引きの方向が下がっているアーチャーでも意識としてはターゲットと逆方向に一応は引こうとしているのと合わせて、矢を遠くへ飛ばさなければならない意識から引き手の緊張が持続され近距離ほどには問題になりません。しかし、30mのようにほぼ水平に矢が発射される場合、しかもアーチャーの意識がターゲット上に行ってしまっている場合には、リリースの瞬間フックの指先の動きにバラツキが出て的中に悪影響を及ぼします。引き手を一直線ではなく少し高く構えることが、引き手の緊張の維持とリリースの方向の安定を助けるわけです。
 このわずかに引き手が下がること以外に、欠点と呼べるほどのものをダレルは持ち合わせていませんが、彼独特(彼だから許される)ともいえる特徴はこれ以外にもいくつかあります。ひとつはグリップ、それもフルドロー時ではなくリリース時の形です。ダレルはリスト(手首)をターゲットに向かって極端に動かします。これはピボットポイントを思い切りターゲット方向に押しているためですが、フルドロー時のロウリストに比べその変化はあまりにも大きいのです。これについても彼自身は「自然な動き」と話し、そこに意識は存在しないといっています。確かに今となっては無意識の動作でしょうが、客観的に見て彼が感じるほどに自然な動きでは決してありません。もしこれと同じようなことを他のアーチャーが意識的に行えば手首のリラックスは損なわれ、弓は毎回違った動きをしてしまうでしょう。 
 そしてもうひとつ。これこそ意識的にできるものではありませんが、僕の知るトップアーチャーの中で唯一ダレルだけがフルドローの時、矢筋を通した位置(ターゲットと逆方向)から見て、弓の下側のリムがはっきりと見えるのです。普通背筋を伸ばして立ち、矢筋を通した時には結果的に下リムは身体に隠れてしまうものです。しかしダレルの場合、フルドロー時にストリングを胸に触らせていないことと、猿腕ぎみの押し手をストリングの通過位置に近付ける動作の中で、少し猫背ぎみのフルドローをするためこのようなことが起こります。もちろん、ここでもダレルはそんなこととは無関係に、アンカーポイントも左右への緊張もすべてを平面の中に置いています。
 ただし、何度も言うように、それはダレルだから許されるのであって、普通のアーチャーにはフルドロー時、マッキニーのようにストリングを軽く胸に付けることを勧めます。それはアンカーポイントを身体の中心線へ引き込む意識付け(主観的事実)になると同時に、鼻や唇に加えてアンカーポイントとフルドローをより安定したものにするチェックポイントにもなるからです。
1979年、全米選手権(50m)。普通アンカーポイントを身体の中心線に引き込み、矢筋を通した場合、マッキニーのように弓の下リムは身体に隠れるものだが、ダレルは少し前傾ぎみに構え、ストリングを胸に触れさせないために、下リムをはっきり見ることができる。

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