すべての無意識は意識から始まる |
前述の報告の最後に「予測反応」という言葉が出てきますが、これはあくまで無意識の中での受動的予測です。例えばクリッカーの音によって自動的に身体が反応するようなものであって、アーチャーがクリッカーの音を最終目標に数を数えながらクリッカーを鳴らしたり、1−2−3でシュートするといった能動的な予測行為ではありません。 |
では受動的に予測されている状態の中で普段より早くクリッカーが落ちたり、逆に長くなった時はどうなるのでしょう。現にダレルにしても、世界記録が出る時はいつも同じエイミング時間かというと決してそうではありません。144射の中には、長い時もあれば短い時もあります。しかし、それでもほとんどの矢をゴールドに持っていけるなは、やはり「平面の中の力」が関係しています。平面でフルドローを作りその中でエイミングすると、サイトピンとゴールドは、リリースそしてフォロースルーに至るまで、必ず「一本の直線」で結ばれています。それができれば、多少のエイミング時間のズレは許容できるのです。 |
例えば平面の中の力ではなく、平面から外に向かっての力(押し手を左の方へ拡げていくような力)でクリッカーを鳴らそうとするアーチャーを考えると分かりやすいでしょう。その時、サイトピンとゴールドは線ではなく「点」でしか結ばれません。そうするとアーチャーは、サイトピントゴールドが重なり合う点の瞬間に、クリッカーを鳴らす動作を合わさなければならないのです。これはトップアーチャーにおいても至難の技です。それに対して、サイトピンとゴールドが線で結ばれている場合、アーチャーはその線(平面)に沿ってフォロースローのスパットに向けて、大きく思い切って身体を動かしてやれば、クリッカーが鳴るタイミングやそれに掛かる時間とは無関係に矢は自然に必ず、ゴールドに向かって発射されます。 |
このようにフルドローで最後の積み木が置かれてからは、「意識の中の無意識」「無意識の中の意識」といった状態がフォロースルーに至るまで続きます。これは「動作の自動化」とも関連しますが、アーチャーにとっては非常に重要な感覚です。 |
1979年、ベルリン世界選手権(70m)。すべての力を平面の中に置き、サイトピンとゴールドはいつも1本の「線」でつながれている。リリース同様に、決してエイミングを「点」で考えてはいけない。
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この感覚を説明するのに、同じようなメカニズムを持つ「プレッシャー」について考えてみましょう。プレッシャーとは簡単にいえば、与えられた条件刺激が生体内に一連の生理的変化を呼び起こし、それによって「興奮過程」と「抑制過程」との相互に乱れが発生する現象です。例えばその条件刺激として、試合前のプレッシャーを考えて見ましょう。そのプレッシャーは大別して3種類あります。まず最も一般的な 「興奮過程>抑制過程」の場合、アーチャーは運動的興奮に駆られ落ち着きなくなり、ソワソワしてじっとしていられない状態になります。また逆に「興奮過程<抑制過程」に陥った場合は、アーチャーは意気消沈し、椅子に座り込んだりして動作に生気がなくなります。そして3つ目は「興奮過程=抑制過程」です。この時、中枢神経は最適度の興奮状態に位置し、アーチャーは快い緊張と活気溢れた状態で試合に臨むことができます。 |
このように単にプレッシャーとはいっても、いろいろな状態があるわけですが、多くのアーチャーはこれらのプレッシャーを出来ることならすべて排除しようと考えます。しかし問題となるのは、これらのアンバランスからくる精神的動揺であって、言葉を換えれば最良の状態には「適度の緊張」が不可欠なわけです。 |
では適度の緊張をどのようにして獲得するかですが、実際問題として精神的動揺とはアーチャーのキャリアや年齢などとは関係がなく、アーチャーにとっては避けられない現象なのです。チャンピオンと初心者の違いは、精神的動揺の有無や大小より、実はそれらに翻弄されずにシューティングを行う能力の多少に起因するといわれています。 |
ダレルの天才的とも思える行動のひとつに、彼が試合中それもシューティングライン上で双眼鏡を覗く姿があります。近年速くシュートすることが主流となってからはそれも少なくなりましたが、彼が世界記録を更新し勝ち続けていた頃にはよく見掛けました。ただし、それが普通のアーチャーと違うところは、ダレルの見ているのが自分と競り合っている相手のターゲットという点です。ダレルは試合中それが1点差であっても、その相手の的中やスコアーボードを平然と確認します。これについてダレルは「自分自身にプレッシャーを掛け、その緊張を維持することがコンセントレーションに繋がりベストシュートを約束する」と話しています。
これからも分かるように、シューティングフォームも、そしてそれを行うアーチャーの精神も、すべてが努力や意識の結果なのです。努力も意識もないところに、理想のフォームや強靭な精神力は生まれません。現実にプレッシャーが存在する以上、それから逃避する限りはプレッシャーに打ち勝つことはできないのです。プレッシャーを無視し排除しようとする前に、まずそれらの存在を認め理解し、それに前向きに立ち向かうことから始めるべきです。すべての無意識(自動化)は、意識から出発することを忘れてはなりません。 |
ダレルは自分にプレッシャーをかけ続けることで自分自身を高め、コントロールしている。何の意識も努力もないところに「リラックス」は生まれない。 |
1984年、ラスベガスシュート。クリッカーを鳴らそうとするのでなく、自分の理想のフォロースルーに身体を置こうとする「意識」が大切であり、それができて初めて「無意識」のリリースが獲得できる。 |
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1979年、ベルリン世界選手権(90m)。この大会ダレルは前半悪天候の中、マッキニーに24点の差をつけて楽勝かと思われたが、後半調子を崩し、勝負は最終回まで持ち越された。そしてダレルは4年ぶりに「世界チャンピオン」の座に返り咲いた。 |