「フィルムベイン」の一考察

 なぜか近年、「スピンウイング=フィルムベイン」の公式ができあがってしまい、スピンウイングはフィルム製でなければならず、フィルムで作るハネはカールしていないとダメ、なように思っているアーチャーが多いようです。
 それほどまでにスピンウイングの使用者が増え、フィルム製でスピンウイング以外のハネを見なくなったのは事実です。しかし現状のスピンウイングが最高の性能(あなたに最も小さいグルーピングを提供する意味において)を与えるものかは、あなたが今使っている弓があなたにとって最高であるか、と同じように不確かなはずです。
 スピンウイングが世の中に登場したのは1975年でした。しかしそれは現在のものとは異なり、フィルムを直角に折り曲げた単純なものでしたが、素材(フィルム)、貼り方(両面テープ)、そして何よりも特異な形状と2枚バネであることは革新的でした。そんなハネをダレル・ペイスが使用してからは、日本でも使われるようになりました。しかし人類が1万年以上の歴史と試行錯誤をもって作り上げた「3枚バネ」に対抗するには、ゴールドメダリストをもってしても遥か及びませんでした。ところが、時代が動き出したのは1981年プンターラの世界選手権からです。ダレル・ペイスが現在と同じスピンウイングで、優勝こそ逃したものの準優勝を果たしたのです。今のスピンウイングの出発はここからといってもいいでしょう。
 しかしその前に、昔ながらの普通の3枚バネについても変化してきたことを知っておく必要があります。それは形状ではなく素材の変化です。ハネは羽根であり、長い間「鳥羽根」(近代競技においては、主に七面鳥の羽根が使われています。)が使用されてきました。その最大の理由は「修正力」に優れるからです、鳥の羽根は空気をキャッチする能力が高く(空気抵抗が大きく)矢の蛇行などを抑える効果があります。しかしそれとは逆に最大の欠点が、アウトドアにおいては風に弱く矢が流れてしまうことです。また雨の日には水分を含み重くなり、羽根を閉じることで修正力が失われます。そのため完璧な無風であったとしても長距離では、減速(失速)が大きく不向きであり、すべての条件を考えればアウトドアでの使用には限界があります。(無風で雨の降らない超短距離という条件においては、これほど優れたハネはありません。だからこそ、今でもインドア競技ではフェザーが使われるのです。)
 この欠点を解消するため、1960年代後半に「プラバネ」↑が登場します。これはちょうどプラスチック下敷きでハネを作ったものと思えばいいでしょう。この新兵器の登場によって記録は向上します。しかしハードベイン(硬いハネ)のため、レストでのトラブルが的中にそのまま影響を及ぼしたり、矢同士が的面で当たって割れてしまうなどのささやかな欠点も持ち合わせていました。そのためビニールやゴムでできたソフトベイン(柔らかいハネ)が使われだす1970年代中頃までは、プラバネにおいても材質や厚さでの試行錯誤はありました。その結果、薄く、軽く、耐久性があり、ハードベインのようにコシがあり飛翔中に変形しない現在のソフトベインへと進化をしていくわけです。
 そんな流れの中でこれが登場しました。「マイロベイン」です。覚えていますか。1984年頃からヤマハが輸入代理店として日本に紹介、販売します。当然カタログにも記載され宣伝もしました。その結果、競技者を中心に多く使われましたが、中級者や一般にまで普及するには至りませんでした。スピンウイング同様、フィルム製ということもそうですが、接着剤ではなく両面テープで取り付けるハネに当時はまだ拒絶反応(不安感)がありました。
 このマイロベインは、私の親友シグ・ホンダの友人のマイラーさんが考えたハネです。フィルムをハネの形に打ち抜いて、接着面をL字型に折り曲げ、両面テープを貼っただけの簡単なものです。 ところが当時世界最強のアメリカで、「スピンウイング」の台頭にもかかわらず、多くのメダリストやナショナルチームによってこのハネが支持されるのです。銀色のハネが商品化される前は、クリアタイプでした。そしてこのハネのプロモーションに、金が動いていなかったことは断言できます。
 これを証明する特筆すべき出来事が、1982年に起こります。
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345
 世界チャンピオンのリック・マッキニーが銀色のハネを使って、50mの世界新記録「345点」を樹立したのです。トータルは1330点(310-325-345-350)。当時のトータル世界記録はダレル・ペイスが1979年に記録した、アルミアローでの最後で最高の1341点(312-333-340-356)です。この記録もアリゾナフレックスフレッチP26の3枚バネによって樹立されたものです。
 ではなぜ50mの345点が特筆に価するかですが、1341点のアルミアロー最高点をたった1点更新するに、カーボンアローという魔法の道具と10年の歳月が必要でした。しかし50m345点だけはその更新にまだ数年の歳月を要し、アルミアローによる最後まで残った世界記録なのです。なぜなら、この点数を各距離に当てはめれば、1341点をも超えるグルーピングを示すことになるからです。それほどまでに偉大な距離別での世界最高記録です。
 そんなマイロベインの活躍も、1980年半ばからのスピンウイングの攻勢(営業戦略)の前に駆逐されます。マイロベインはその後、シグ・ホンダのアイデアを元に「シグナスベイン」へとモデルチェンジします。しかしシグの一線からの引退もあって、このハネは商品として日本には入ってきません。しかしこのアイデアはなかなかでした。写真の取扱説明書を見ればわかると思いますが、シャフトに点を2つ書くだけです。あとはピッチの角度や左右の使い分けがすべて同じハネででき、簡単確実に取り付けられます。性能もマイロベインと同等か以上でした。
 ではなぜ当時、このように「フィルム製」のハネが登場し、使われだしたのか。その理由は薄さ(空気抵抗)もあるのですが、それ以上に何よりも「軽さ」です。当時アルミアローは、的中性能向上を重さの限界ギリギリのところで目指していました。そのため総重量とバランスが最後の課題で残りました。不必要に重くはしたくない。それでいて重心位置を無駄なく前方に配したい。という思いが重いポイントを廃し、「軽い」ハネを求めるに至ったのです。しかし近年のカーボンアローではシャフトの軽さゆえに、ハネの重さはポイント重量同様に気にする必要がなくなりました。それが昔と今の大きな違いです。
 では、現在台頭する「スピンウイング」の特徴が重さでないとすれば、何なのでしょうか? それを考えるうえで重要なのは、カーボンアローになってからの変遷です。
 まず、ハネの長さが短くなりました。(メーカーは小さいサイズのハネを発売します。) これはシャフト径が小さくなることで、必然的に小さいハネになってきた普通の3枚バネとは少し意味合いが異なります。サイズを小さくするのに併せて、ピッチもだんだん緩くするようにメーカーが推奨してきました。結果、今ではほとんどストレートで貼るのが一般的になっています。これらによって矢の回転数を落としているのです。逆にいえば、スピンウイングはその構造上(回転を起こす仕組み)、普通の3枚バネに比べて極端に回転が起こるハネです。このことは長所であると同時に、短所でもあります。
 外からの空気抵抗で回転を起こす「矢」においては、高回転は空気抵抗が大きくなることであり、不要な回転(空気抵抗)は失速や不安定な挙動の原因になります。そのため高速のカーボンアローの時代になってから、メーカーは不要な回転を排除しようとしてきました。
 それでは、矢は適正な回転数(自分の道具と技術に対しての)が得られれば、それが最小のグルーピング(的中性能)を約束することになるでしょうか?
 多くのアーチャーが勘違いしていることに、アーチェリーの矢をライフルやピストルの弾丸と同じイメージで捉えていることです。ところがライフルの弾丸は音速(時速1225キロ)を超えるのに対し、矢はリカーブボウの場合、時速200キロ台が一般的です。この違いはジェット戦闘機とセスナ機、あるいはグライダーの違いと同じといっても過言ではありません。
 次の違いは、ライフルの弾丸が安定の為の回転を銃身に刻んだ溝(ライフルマーク)から発射時に与えられるのに対し、矢は飛翔中に外からのハネへの空気抵抗を力として自らが発生させます。
 これだけでも大きく異なるのですが、その最たる違いは「アーチャーズパラドックス」の存在です。弾丸は空気中を直進します。ところが、矢はフィンガーリリースの場合必ず蛇行運動を飛翔中に繰り返します。この蛇行の修正あるいは解消こそが、的中精度向上の重要なポイントであり、回転による軌道の安定だけでは処理されない部分です。蛇行運動は目に見えるフィッシュテイルと呼ばれる矢飛びの悪さも含まれますが、それがなかったとしてもハイスピードカメラでしか確認できない目には見えない動きとして、発射時に必ず起こっています。これを修正(安定した状態で解消)するのは、ハネの表面が持つ空気をキャッチする能力に加え、その表面積と形です。
 これを確認する最も簡単な方法は、同一条件でハネのサイズ(表面積)や形状を変えてみることです。ある程度以上のシューティング技術を有していれば、的面でのグルーピングの大きさの変化を確認できるはずです。
しかしこの時同時に、横からの空気抵抗(アウトドアにおける風の影響)も考慮する必要があります。インドア競技でないなら、外的条件の変化が矢の飛翔や弾道に影響を与えます。それを最小限に食い止めながら、なおかつパラドックスを解消し、適正な回転を得るというバランスを考慮しなければなりません。ここで重要なことは、ハネが小さければ小さいグルーピングを作り出すというものではない点です。自分の技術、自分の道具に合ったハネのサイズが存在します。ハネが小さいから横風を受けにくい、流れない、だからベストであるというものではありません。ましてやカールした形状は、単純な断面投影面積とは異なります。
 昔、カーボンアローが登場する前の1980年代まで、アーチャーは個々に違った大きさのハネを使っていました。それは試行錯誤の中で自分に合ったサイズを見つけた結果であり、いかなる条件下であっても最も小さなグルーピングを作り出すための手段だったのです。ところが近年はどうでしょう。フィルム製が上級者用であり、回転が最大の条件のように、そしてカールの度合いや色こそ違ってもみんなが同じ大きさのハネを使っています。本当にそれが正しい選択なのでしょうか?
 ちなみに、カールしたビニール製のハネもあれば、フィルム製でこんな形状のハネもあります。昔、スロベニアの友人が作って送ってきたものです。あるいは、ストローでも矢は十分に飛びます。
 素材や形状を含め、今一度考え、トライすることこそが特に今の時代だからこそ重要なのではないでしょうか。目にも停まらぬ速さで飛翔するカーボンアローに惑わされないためにも。
 そして、道具はメーカーから与えられるものではなく、自分で工夫するものであり、場合によってはメーカーに作らせるものであることも、お忘れなく。

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