Chapter 2 セットアップ(Set Up)

 アーチェリーのフォームをマスターする時、その動作によってフォーム全体をいくつかの部分に分割して組み立てていきます。スタンス−ノッキング−セット−セットアップ−ドローイング−アンカーリング−フルドロー−エイミング−リリース−フォロースルー・・・・分け方は人によってそれぞれですが、大体こんなところでしょう。そしてこれらの部分部分がアーチャーが注意して積み上げていかなければならない積み木の一個一個であり、「チェックポイント」なのです。
 よく練習を見ているとアーチャーが引き戻しをする場面に遭遇します。現にまったく引き戻しをしたことのないアーチャーはいないでしょう。では、あなたが引き戻した時、それは何が起こった結果、そうなったのでしょうか? エイミングが長くなりすぎた−クリッカーが鳴らない−引き手が緩んできた−震えてサイトピンがゴールドに付いていない−風が強い・・・・「アレッ!何かおかしい?」 「アレッ!何かが違う?!」 「アレッ!いつもと違う!!」という意識が生まれたのではありませんか。理由はそれぞれですが、問題はこの「アレッ!」という意識です。同じ原因、例えばクリッカーが鳴らないとしても、あるアーチャーは5秒を過ぎて「アレッ!」っと思うでしょうし、あるアーチャーでは2秒でも「アレッ!」と感じるでしょう。これはアーチャーそれぞれの意識やレベル、技術や経験によって「アレッ!」にも「許容範囲」が存在するということです。
 あるアーチャーはサイトピンが9点にあるだけで「アレッ!」っと思うし、初心者は8点でも気にもしないでエイミングを続け、射てるわけです。このようにアーチャーが射てない、あるいは不安が頭をよぎる時にはシューティングフォームのどこかが自分の許せる範囲(許容範囲)から外れた時なのです。逆に言えば、うまいアーチャーはヘタなアーチャーよりこの許容範囲と意識が狭く、なおかつその範囲内で自分のアーチェリーができるということです。
 言葉を替えれば、ひとつひとつの「チェックポイント」で、いかに正しくかつ正確に積み木を置くことができるかでアーチャーの努力と技術が培われていくわけです。だからこそレベルアップを目指すアーチャーは、それを確実に実行する必要があります。
 「動作の自動化」−−−アーチャーが練習に求める最大のポイントはここにあります。その結果としてアーチャーは試合において、何も考えることなく身体が完璧なシューティングフォームを求めるままに寸分の違いもなく自然に繰り返すことを欲しているはずです。そのために練習場へと足を運び、多くの時間をつぎ込むのです。
 初心者の時を思い出してください。基本を教わった時、最初にスタンスでは爪先を結んだ線の延長上に的がくるように立てと指導されたはずです。それからはアーチャーはシューティングラインをまたぐたびに、そのことを意識して、歩幅は肩幅と同じ・・・と考えながらスタンスをとり、次の動作へと進んだはずです。これこそが「チェックポイントの確認」であり、積み木を一個一個正確に置くステップです。ところが、そんなアーチャーであっても中級者になるとどうでしょう。多分、フォームをオープンスタンスに替えていたとしてもシューティングラインをまたいでも、何の意識もすることなく自分のスタンスを毎回同じようにとるはずです。爪先を結んだ線が的に対して何度開く、などとは考えもしないはずです。あるいは、矢をクイーバーから取り出してストリングにノッキングする時、一枚のハネが自分側にくるようにと考えて矢をつがえる中級者以上のアーチャーはいないはずです。しかし、そんなアーチャーでも初心者の時は色の違う1枚のハネをレストに当たらないように、と自分側に向けて意識してつがえていたはずです。「動作の自動化」とは言葉を替えれば、「意識を無意識に変える」ことなのです。これは非常に重要なことです。
 なぜなら、アーチャーが求める(求めなければならない)自動化は無意識であっても、それは最初から無意識として存在するものではないのです。すべては意識の延長線上に無意識が存在するのです。意識を繰り返すことによって始めて無意識が生まれます。このことを多くのアーチャーは錯覚しています。例えば初心者に初めてリリースという動作を教えた時、あなたも含めて最初から引き手が矢の延長線をなぞって真っ直ぐに後ろに解き放された人が何人いたでしょう? そんな完璧を目指さなくとも、少なくとも手が後ろに飛んだアーチャーは何人ですか? 皆無とは言わないまでも、ほとんどがデッドリリースと呼ばれるあごの下に手を残したままの射ち方か、和弓のようなバンザイ放れではなかったでしょうか。このことは我々の目指すリリース(理想のとは言わないまでも)という動作が人間が生まれながらには備わっていない動きであることの証明です。もしこのような動作を人間が先天的に身に付けているのなら、最初であってももう少しマシな動きをしたはずです。ということは、目指すリリースは意識することから始めなければ決して獲得できる動作ではないのです。「意識が無意識を作り出す」のです。このことはシューティングフォームすべてについて言えることです。
 「テーマを持つ」とはこの「意識を持つ」ことに他なりません。すべては意識から始まり、無意識を目指すのです。そして最初のテーマが無意識に変わった(自動化した)時、次のテーマに取り掛かります。だからこそ優先順位が必要であり、積み木を一個一個積み上げていかなければならないのです。

手はグリップの

形状に合わす

 弓のグリップはメーカーによっていろいろな形状がありますが、それらを大別すると「ハイリスト(トップ押し)」「ミディアムリスト(中押し)」「ロウリスト(ベタ押し)」の3つに分けることができます。ところがこれはあくまでグリップ(手)を受ける弓側の形状であって、アーチャーの押し方と必ずしも一致する必要はないのかもしれません。しかし、現実問題としてはアーチャーの押し方とそのグリップの形状は一致することが理想です。例えばロウリストのグリップ形状に対してトップ押しをすることは手首に不安定な状況を作り出し、長時間の試合では決して良い状態とは言えません。また、ハイリストのグリップ形状に対してベタ押しを試みると本来グリップは「ピボットポイント」と呼ばれるグリップのもっとも深い点(底)を押すことが理想であるにもかかわらず、手のひら部分で押してしまう状態が生まれることが分ります。そこで、アーチャーは自分の求める押し方(手首の角度や弓を受ける面)にあったグリップ形状をまず選択することから始めなければなりません。
 まず、ロウかミディアムかハイか、です。一時期、ちょうど1980年初頭ころまでロウリスト全盛の時代がありました。ダレル・ペイスが世界の頂点に君臨しアメリカが世界を制していたアーチェリーがもっとも輝いていた時代です。その時なぜ「ロウ」だったのかといえばHOYTに代表される弓のメーカーがロウに近い形状のグリップしか提供していなかった現実があったのですが、それを支えた理論は「手首の安定(固定)」でした。グリップに求められる状況は決してそこでクリッカーを鳴らすのでもなければ、それで弓をコントロールするものでもありません。
 グリップは単に弓を正確に毎回同じ位置に支え、固定することこそが求められる機能であり性能です。その時、長時間のシューティングに悪影響を与える手首部分の関節への不必要な筋肉参加は避けることがロウグリップを主流とした最大の理由です。この発想は基本的には今も生き続けるグリップの理想です。とはいっても、ダレル・ペイスの前の世界チャンピオンであったジョン・ウイリアムスは完全なハイリストでした。そしてそのグリップでダレル・ペイスの1341点(1979年)を実質ではしのぐであろう1268点(1972年)の世界記録をダクロンストリングで樹立したのも事実です。
 では現在は、といえば実は「ミディアムロウ」が中心です。それは世界のトップに限らず、世界のアーチェリーにおける主流といえるでしょう。その最大の理由はほとんどの弓のメーカーがこの形状(3種類に分類した場合にはミディアムよりはロウに近いであろう形状)においてアーチャーの満足がいくグリップを提供しだしたことです。

 個人的なことになりますが、実は私がヤマハ(当時の日本楽器製造)にいた9年間の内で多くのテストや開発に携わり、多くのアイデアを出し、そして多くが製品へと反映されました。例えば今も継承されるヤマハの弓における「ダブルアジャスト・システム」やその基本構造も私のアイデアです。そんな中に「MX」と呼ばれるヤマハにおける現在でも標準装備であり、PSEやあるいはHOYTにおいてもスタンダードとなっているグリップも私がデザインしたものです。
 1970年代後半、主流であったHOYTに対してヤマハ(当時のモデルはYtslU)がその地位を奪還できなかった理由のひとつに、グリップ形状がありました。それまでのヤマハのミディアムグリップ(現在の「M」)は全体が大造りで、リストの高さも少し高すぎました。日本人の手、特に女性には不向きだったのです。そしてそれだけではなく、手のひらを受ける面にも問題を抱えていました。それらを解決し、グリップにデザインを取り入れたのがミディアムロウ形状の「MX」でした。その形状は多くのアーチャーに手首の安定とリラックスをもたらし、その後の弓のグリップに対しても大きな影響を与えたものと自負しています。
 このミディアムロウ形状は昔のロウリストより手首に自然な形と安定を与えます。その結果多くのアーチャーに支持されるようになったといえます。しかし、ひとつのグリップ形状が100人のアーチャーすべてに満足を与えることはできません。アーチャーはまず自分の望むリストの角度を手に入れたなら、後は自分で加工することも必要になるかもしれません。ともかくは、そうして手に入れたグリップを弓に取り付けたなら、あとはアーチャーはそのグリップに対して自分の手を自然に合わせるのです。

 

手はグリップの

中心に自然に滑り込む

 最近、グリップにテニスで使うグリップテープを巻いているアーチャーを見かけます。たしかに「固定」という観点から見れば、滑り止めとしてはひとつのやり方かもしれません。しかし、例えばピストル競技で選手が銃のグリップを握り易く固定し易いように、粘土などを握ってグリップの型をとるのとアーチェリーは少し違います。なぜなら、ピストルは選手が能動的にグリップを保持するのに対して、アーチェリーはドローイングの力のベクトルを受けるようにグリップを固定します。これは最初のセットアップで弓を握った時にグリップが決まるのではなく、ドローイングすることにより自然と手がグリップの最善の位置に「収まる」といった方が良いかもしれません。だからこそ、グリップの形状と、そこへの手の置き方が重要となります。
 しかし、先に述べたようにグリップに手を合わせることを考えれば、的に対する上下の位置関係は弓のグリップを選ぶことで必然的に決まってきます。問題は的に対しての左右の位置です。この位置を正しく決めないがためにグリップテープなどの滑り止めが必要になってくるのです。(ただし、いくつかのグリップではテープがなければこの滑りを止めるには適切とはいえない形状のものがあるのも事実ですが) 逆にいえば、雨が降っても汗で濡れてもズレないグリップ位置さえ知っていれば、それがグリップの理想となります。滑りやすいグリップでグリップ(手)がズレるようでは正しいグリップとはいえないのです。
 とはいっても、正しいグリップを決めることはそんなに難しいことではありません。滑らないように(弓を握らずに)真っ直ぐ弓を受ければ良いのであって、その部分はちょっと視線を下げればすべてのアーチャーに見える場所だからです。腕は肘から手首にかけては2本の骨で形成されていますが、アーチャーの意識としてはちょうど上側の骨の延長線上に弓の中心線を置く感じでグリップを決めれば良いのです。
 そしてグリップの形状で付け加えるなら、これは好みの部分に属することですがアメリカ製のグリップに少ないのですが、少なくともヤマハなどのグリップではちょうど手がグリップの左側に滑り落ちないように、引っかかりとまではいきませんがグリップの左側にアール(角度)をきつく取ってあります。アーチャーはそれに自分の手のひらにある生命線と呼ばれる筋を合わせると毎回あまり意識することもなく理想的なグリップが保持できるでしょう。(作った人が言うのだから確かです) あるいは自分でグリップを成型する時にはこの部分の引っかかり(アールとそのライン)が重要になってきます。
 ともかくは、適切なグリップがとられた後は手(肩から先の腕が一本の棒のようになって)がまっすぐに弓の中心線で、かつもっとも深い位置であるピボットポイントに向かって滑り込んでいくのです。ただし、実際には手のひらはグリップにベタッと合わさっているので面で弓を支えている現実はたしかにあるのですが、意識だけはポイント(点)で押していることを忘れてはなりません。

 

押し手は軽く

返す

 よく押し手は返すのか、返さないのかが議論になります。この問題を考える時、押し手の肘以前に押し手そのものの位置を考えなければなりません。理想をいえばライフル銃やピストルのように矢が押し手の中から発射されるのであればもっとも誤差や無駄な動きがなく高い的中精度を得られるですが、残念なことにそのようなことは最初から不可能です。だからこそ、アーチャーの理想はそれにもっとも近いように、ピボットポイントとアンカーポイント、そして引き手の肘の先を一直線に置き、矢筋を通すわけです。この時押し手と矢は限りなく近い方が究極の理想にもっとも近いことは理解できるはずです。
 この点から言って、まず押し手は返した方が良いのです。もし返さなければ押し手に出っ張りができて、返した時よりは矢との距離(間隔)が大きくなります。そうでなければリリースしたストリングが押し手を叩いていくでしょう。少し余談ですが、アーチャーは必ずアームガードを着用するべきです。ごく稀に腕にストリングが当たらないからといってアームガードを付けないアーチャーがいますが、もしそれが本当ならそのアーチャーは押し手が逃げた位置にあり理想とは離れた射ち方だと理解するべきです。押し手と矢の位置が理想に近いアーチャーであったとしても、矢はアーチャーズパラドックス(蛇行運動)を起こすことを忘れてはいけません。その蛇行の幅はアーチャーの技術が優れていれば小さいものになるでしょうが、それでもリリーサー(機械的発射装置)を使わない限りは必ず存在します。ほとんどのトップアーチャーは矢がノックから離れるまではストリングが腕にまともに当たることはなくても、その後のフォロースロー時には返り弦が当たっているものです。それくらいに押し手と矢は限りなく近い位置に置かれるものです。
 もうひとつ、押し手を返す理由があります。よく重量挙げ競技で選手がバーベルに手を伸ばす時、ちょうどアーチャーが押し手を返す時のような動作をするのを見かけたことはありませんか。押し手を返すことは関節部分により良い固定の状態を生み出し、弓の力を骨で支えてくれるのです。しかし、だからといって何がなんでも返せば良いというものでもありません。なぜなら、押し手を返す動作は筋肉の働きによってなされるからです。不必要に返しすぎれば、本来弓を押さなければならない的方向への力とは別に押し手を回転させる力と意識が必要になります。また、このような状態では射った後に押し手は反動で戻ってしまい、真っ直ぐ押しながら保持することはできません。では、押し手はどのくらい返せば良いのでしょうか。
押し手の親指を背中側にして
腰に手を置く。
次にそのまま手を返して
親指を前方側にまわす。
そしてそのまま押し手を的方向に
伸ばしてやった時の肘が理想。
 
 これは初心者指導でも用いられる手法ですが、まず押し手となる腕の親指を背中側にして腰に手をあてます。次にそのままで親指を前側に反転して、同じように腰に手をあてます。後はそのまま押し手を水平位置まで上げてやれば腕は自然に何の意識も必要とせずに返っているはずです。最初は少し努力(意識)も必要かもしれませんが、アーチャーはこの自然な位置を覚えなければなりません。これこそが、筋肉参加を最小限に抑えかつ関節部分にもっとも安定をもたらしてくれる理想の押し手となるからです。
 ただし、残念なことにすべてのアーチャーがこれをできるのでもありません。なぜなら、女性に多い「さる腕」と呼ばれる、生まれながらにして関節部分が柔らかい人がいるからです。このようなアーチャーはこの位置に押し手を保持すると逆に関節部分が反り返ってストリングの通過位置に腕が入ってきて射つことができません。このようなアーチャーの場合は押し手の固定には2つの方法があります。ひとつは肘が上を向くくらいに極端に押し手を返して固定するか、もうひとつはまったく返さずに固定を図るやり方です。どちらかの方法しかないのですが、前者の方法では先にも述べたように必要以上の意識と筋肉参加が不可欠であり、その形をフォロースローで自然に保持するのが難しい観点からあまり薦められません。もしこのような場合は、腕が「へ」の字になって見かけは決して良くないかもしれませんが、それでもまったく押し手を返さずに固定を目指すべきです。

 

真っ直ぐに

肩から押す

 グリップと肘が決まったら、あとは腕全体です。その前にここでは2つのことを理解しておく必要があります。ひとつは矢筋を通して平面的な射ち方をするといっても、セットアップの最初の段階(矢をつがえて弓を持ち上げただけの状態)では、ほとんどストリングは引かれていない状態であり必然的に上体は開き、ピボットポイントと顎と引き手の肘の先端で作られる形は平面とは程遠い三角形を作っていることです。最初から「平面」が存在するのではないということです。アーチャーはセットアップの後半(下の写真で言えば左下の付近)から肩をはじめとした上半身の位置を決めるということです。
 もうひとつは、例えば肩の位置が止まっている(同じ位置にある)ということは、決してアーチャーが押し手(肩)を止めているのではないということです。分り易く言えば、ドローイングとはストリングが引かれることによってドローウエイトがゼロから始まって5ポンド−10ポンド−20ポンド−−−そして最終的に自分の実質ポンド数(例えば40ポンド)といったところまで増えてくることです。そこでもしアーチャーの押し手が止まって見えるなら、それは5ポンドに対しては5ポンドで押し、10ポンドに対しては10ポンドで押し、20ポンドに対しては20ポンドで押し、そして最後には40ポンドに対しては40ポンドで押しているからこそ肩は止まって見えるのです。固定されているように見えるからといって、アーチャーは最初から固定を意識しているのではなく、「押し続ける」ことによってそれを実現していることを忘れてはなりません。
 では、押し手はどこを意識して押せば良いのか。まずグリップについては前述のとおり真っ直ぐ弓を支えて固定されます。グリップのリスト(手首)の角度が変化することはありません。次に肘についてもここが動くことは良くありません。そのためにも押し手を返しているのです。よく肘にタメ(余裕)を作るという人がいますが、それは間違っています。グリップも肘も「固定」が大前提であり、これらの部分で伸び合ったりクリッカーを鳴らす動作を求めるものではありません。となると、押し手が真っ直ぐに伸ばされた後に意識するのは「肩」あるいは「肩の付け根」です。これは後で述べる「手首のリラックス」とも関係する重要な点です。押し手は一本の「棒」であり、それを支えているのは根元です。
 アーチャーは正しくグリップを弓にセットし、肘をロックし、肩を真っ直ぐ的方向に伸ばしたなら、後はその一本の棒をシューティングフォーム全体が平面の中に収まるように配してやらなければなりません。しかし腕の中から矢を発射できない以上は、限りなく平面に近づけるしかありません。この時、実は誰でも分るチェックポイントがあります。それは「矢印」です。アーチャーがフルドローに入った時、的に向けている視線を少し下げるだけで、そこにはいつも矢印が存在します。矢印とは矢(シャフト)のことです。基本的にはストリングはこの矢印に沿ってストリングハイトの位置まで戻ります。確かにアーチャーズパラドックス(ストリングの蛇行)が存在する以上は多少の幅はあります。しかし正しいリリースの技術を持っていれば通常は矢印=ストリングの復元ライン(軌跡)と理解しても良いでしょう。
 よく初心者指導の場面で押し手にストリングが当たってしまうアーチャーが、それを直そうと努力している姿を見かけます。ところが多くの初心者(中級者にも多くいるのですが)は押し手に気を取られるあまりに、正しいリリースのことを忘れています。押し手にストリングが当たる時ほど正しいリリースを心掛けるのです。もし矢印と腕が重なっていないのなら、正しいリリースさえすればストリングが腕に向かって解き放されることはありません。だからこの矢印を手がかりとして、アーチャーは正しい押し手の位置を覚えます。

 

フックは鉤(かぎ)
 フックは「鉤」(かぎ)です。それは鉤以上でも、鉤以下でもありません。これは非常に重要なことです。フックは一旦ストリングに掛けられたなら、後はそれが緩んでくることは問題外として、そこで引き絞ることも決してないのです。フックは鉤としての条件(安定)を忠実に実行することこそが理想なのです。
 では、なぜフックは3本の指で行なうのでしょうか? 競技規則のどこを探しても「ストリングは3本の指で引く・・・」とは書かれてはいません。ではなぜ世界中ほとんどのアーチャーは3本指で弓を射つのか。たしかに、中には人差し指を伸ばしたり、薬指を掛けているふりだけしているアーチャーもいることはいます。しかし基本は3本指でのフックです。これには明確な答えはありませんが、多分競技アーチェリーが始まって100数十年間ずっと弓を鉤の条件を満たして引くには、3本の指の筋力が必要だったのでしょう。より究極の理想を求めて2本指やリリーサーのように1本でのフックは何度も試みられてはきたものの、結局は3本の指の協力なくしてはフックの安定が得られなかったのです。そして現在においても弓のドローウエイトが低くなったり、アーチャーの指の筋力や持久力が飛躍的に向上したとは考えられません。結局、よほど特別の能力を持つか、よほど弱い弓を使わない限りは3本指で鉤の条件を求めるしかないのです。
 この前提にたって、3本の指はどのようにストリングに掛けるのか。よく3本のそれぞれの指に掛かる配分を例えば人差し指 5%中指75%薬指25%(これはダレル・ペイスが自分のフックについて言った数値ですが)というように指導する人がいます。しかし実際にこのような数値はあまり意味を持ちません。人差し指の5%をそのまま実現できるアーチャーなどいないからです。これこそが客観的事実です。それにダレル・ペイスにしても主観的事実としてそのように感じているだけであって、実際にそうなのかは定かではないでしょう。ここで言えることは一番しっかりストリングを支えているのは中指であって、二番目が薬指、そして最後が人差し指です。(二番目が人差し指と思っているアーチャーも多いかもしれませんが、ダレル・ペイスの言う順番に個人的にも賛成です) そして中指の役目が圧倒的に大きいということです。(それでいながら、他の2本の指もちゃんとストリングを支えています)これらの現実は3本の指の長さと関節の位置に加えて、ストリングの「頂点を引く」という理想から考えて当然のことです。
 しかし、実際にフックが変化しないことが理想とはいってもセットアップからドローイング、そしてフルドローへの流れの中ではフックがまったく変化しないということはありません。なぜならドローイングにともなってストリングに角度がついてくるからです。必然的に人差し指と薬指はセットアップの時よりフルドローでは浅くなってしまいます。これはしかたのないことです。だからこそアーチャーはフルドローでの保持を前提にセットアップでの指の位置を考えなければなりません。
 そして人差し指には次のチャプターで話をする「アンカーを決める」という重要な役目があることも頭に入れておきましょう。いくら人差し指がストリングを支えるには大きな役目を担っていないとはいっても、人差し指をストリングから離したり、不安定な位置に置くとアンカー自体も不安定になってしまいます。

 

フックは深く

しっかり掛ける

 フック(取り掛け)について、「深掛け」「浅掛け」といった言葉をよく耳にします。ところがよく考えてみるとフック(ストリングに掛ける指の位置)に基準がないことに気付くはずです。第一関節とか第一関節より深くと言っても、すべてのアーチャーに共通する基準は存在しないのが事実です。なぜなら、それはアーチャーの技術や筋力、そして弓の強さによって状況が千差万別だからです。しかし、ここにも理想(基準)はあります。それはフルドロー(エイミング)時に「フックが変化しない」(鉤としての役目を忠実に実行すること)ということ。そして「この絶対条件が満たされる範囲で浅く(不必要に深いフックはストリングの蛇行を大きくします)」指を掛けることです。
 この2つは非常に重要なポイントです。初心者はある程度深く掛けなければ、この2つの条件を満たせないでしょうが、ある程度練習を重ねたアーチャーならそれより浅い位置でも2つの条件を満たせるはずです。あるいは同じアーチャーであっても練習量が豊富な時は、あまり練習をしていない時より浅くて2つの条件を満たすはずです。このように理想の2つの条件はひとりのアーチャーにおいても状況によって変化するからこそ、すべてのアーチャーに共通した基準が存在しないのです。
 あなたの当たっていた時を思い出してみてください。多分、普段(?)よりフックが浅かったのではありませんか? それは練習量も豊富で多少浅くてもエイミング中の指のズレはなく、リリースの時も引っかかることなくすべてがうまく運んでいたはずです。ところがその絶好調の延長に来た絶不調はどうでした。同じように射っているにもかかわらず、エイミング中のフックは不安定で、クリッカーは鳴らないし、リリースは引っかかり、どんどん悪くなっていった・・・のではありませんか?  多くのアーチャーが犯す過ちは、調子が良くうまく射つことができる状況に甘え、目先の点数を維持しようとフックがどんどん浅くなっていくことです。その結果リリースが弾かれだします。必ずアーチャーは理想の2つの条件を満たすべく絶えず自分の状況を見極め対応しなければなりません。トップアーチャーでも一年中まったく同じフック位置ではないのです。2つの条件を満たすべく冷静に自分のシューテュイングを見つめ、その時々によって最良の位置を保持しています。
 ただし、近年多少状況は変わってきました。オリンピックラウンドやトーナメント方式といった新ルールの導入に伴う「過度の緊張」がアーチャーを支配しだしたことです。とはいっても、それまでのシングルラウンド方式においても本当にうまいアーチャーはそうだったのですが、1/144射であったところが1/18や1/12になったことでフックの持つ重要性がクローズアップされるようになりました。144射のトータルで競う時には多少フックが浅くてもバランスやリズムが合っていれば、それはそれで64人に残ることはできます。ところが18射や12射にシューティングが凝縮されると、とたんにボロがでるのはそのためです。浅いフックは本番では通用しません。本気で過度の緊張に立ち向かう時、フックはしっかりとストリングを支え射たなければ決して勝つことはできません。多くのアーチャーは深いフックはリリースを悪くし、ストリングを引っかける(弾く)ものと勘違いしています。確かに不必要に極端に深い(例えば第二関節に掛かるような)フックは例外として、どんな場面においてもしっかりストリングを保持できることこそが、安定した美しいリリースを約束するフックなのです。
 では、美しいリリースの条件(基準)を2つ紹介しましょう。ひとつは特に中指においては矢のベクトル(力の方向)を「骨で直角に受ける」意識です。あなたのフックを考えれば分るのですが、実際には骨がベクトルに対して直角でなくても指の肉が引っかかりになって一見問題のないようなフックに見えます。しかしこれでは少し練習量が多かったり(例えば日に150射を超えるような)、試合で本気でシングルラウンドを射った後などは翌日に痛みが残ったりします。それに過度の緊張下では通用しないでしょう。
 
× ストリングを肉で止めず   骨で真っ直ぐ受ける
 
 この結果としてもうひとつチェックポイントがあります。あなたのフルドローを同じシューティングライン上から誰かに見てもらってください。あるいは写真を撮ってもらうのも良いでしょう。この時、3本の指の爪がはっきり見えるようではフックが浅いと判断しても良いでしょう。特に薬指は要注意です。最近この薬指の浅いアーチャーをよく見かけますが、これはぜひ直してもらいたいものです。浅いフックで目先の点数を追いかけても、そう長続きはしないでしょう。目先の600点より、将来の650点を選びましょう。

 

肘は矢の延長線より

高く構える

 弓は「ロープ」で引くもの。ロープとは腕のことでロープの先には鉤(フック)が付いていて、それをストリングに引っかけたなら、後はロープを緩めないようにしてロープで引くのです。ところが何人かのアーチャーはそのことは理解していながらも、ロープを張るのはフルドローに入ってからで良いと考えています。これは大きな間違いです。一旦緩んでしまったロープを後で張るのはそう簡単な作業ではありません。それに何よりもそのやり方ではフックに不必要な力が残ってしまい、鉤としてだけの仕事をまっとうできません。引き手の肘はセットアップの時点から一貫して「矢の延長線より高く」構え続けます。ひとつの目安は矢の延長線が肘の下側を通過する位置です。
 一度やってみれば分りますが、どんなトップアーチャーでも引き手の肘を下げてドローイングすることはできません。ストリングを引っ張ってくることができないばかりか、フックに不必要な力がはいりリリースなどできる状態ではないでしょう。ドローイングの時、手はフックであり腕はロープです。そして弓はロープで引く。このことを決して忘れてはいけません。
 それともうひとつ。近年カーボンアローを使うことで矢の重量が軽くなり「レストアップ」と呼ばれるリリース時に、シャフトがレストから浮き上がって発射されることが増えています。この原因には引き手の肘が低いことも含めて、フック自体に力が入りすぎていることが挙げられます。基本的に矢を持ち上げる力は中指で起こります。ということは、セットアップの最初の段階で中指をシャフト(ノック)に強く圧し付けすぎると、ドローイングにともなうストリングの角度によりフルドローではノックを挟み込んでしまう結果となります。多くのアーチャーはノッキングポイントを上下2個取り付けている場合、上側のノッキングポイントを主に考えがちですが、逆にセットアップのフックを掛ける時に下側のノッキングポイントに軽くノックを圧しあてるようにセットしてやると自然とノックと中指の間に適度の空間が生まれ、フックにも不必要な力が発生しないでしょう。

 シューティングフォームが積み木と同じであるように、次のステップはその前段階で決まっているといっても過言ではありません。だからフルドローも実はそのほとんどがこのセットアップからドローイングという流れのなかで決定付けられています。しかし、多くのアーチャーはこのあとにくるフルドローやリリースという一見的中に直結しているように見える動作に意識を奪われ、スタンスも含めたこれらのチェックポイントをあまりにも軽率に処理しすぎています。今一度、すべての土台となるこれらの部分を再点検してください。最初はすべて意識から始まるのです。

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