Chapter 4 リリース(Release)

 アーチェリーというどちらかといえば静的なスポーツの中で、唯一動きのある部分がこの「リリース」に代表される動作です。それにこれが弓を「射つ」という行為に直結しているだけに、アーチャー本人だけでなく第三者的に見ても注目を集め、もっとも大切なように扱われます。しかし、実はリリースはこれ以前に作られているのです。リリースは単独で存在する動作ではなく、積み木を積み上げてきたひとつの「過程」、もっと正確にいえばひとつの「経過」にしかすぎません。
 例えば輪ゴムを両手の指で左右に引っ張ります。その状態でゴムの真ん中にハサミを入れるとどうなるでしょう? 輪ゴムは左右に飛び、両手も同じように左右に弾かれて開きます。これがリリースなのです。ハサミがクリッカーだと思えばよいでしょう。リリースはクリッカーの後に新たな力や技術をもって作られる動作ではなく、それ以前の延長にしかすぎないのです。もし、左手を固定しながら右手だけで輪ゴムを引っ張っていたならどうでしょう。リリースと同時に右手は引っ張っていた方向に解き放されますが、左手は止まったままです。ここで新たな力や方向を手や腕に加えたならどうでしょう。せっかく真っ直ぐに引かれていた輪ゴムは違った方向に弾かれ、その瞬間はぎこちない動きとなってしまいます。アーチャーは弓の張力に対抗してサイトピンを手掛かりに、矢を真っ直ぐにゴールドに向けて引き絞っています。それが正しく積み木を積み上げてきた結果なら、後はその方向に自然に無理なくストリングを解き放してやることを考えればよいのです。それは新しい技術や異なった方向の力などでは決してありません。すべてはそれまでに作られているのです。
 リリースには動く距離によって2つの形があります。「デッド(Dead)リリース」と「スライディング(Sliding)リリース」です。前者は1970年代までのおもにグラスリムやダクロンストリングが主流であった時代の技術であり、後者はそれ以降の近代アーチェリーとも呼べるハイテク素材を駆使した弓具が発展しだしてからの技術といえます。数年前の一時期、韓国の女子選手が高得点を記録した時にはそのリリースの距離が短いことから「コンパクト」という形容でデッドリリース復活のようなとらえ方をする傾向がありましたが、それも忘れられたようです。たしかにデッドリリースやそれに近い動きの小さい(距離の短い)リリースは身体のブレを抑え、安定しているように見受けられます。しかし、実際には現在のようにハイテク素材が多用されてくると、昔に比べストリングの返るスピードが極端に高速化しています。極めつけはカーボンアローの使用です。このような状況の中ではデッドリリースは人間の目では認識できないフック(指先)の不安定さを生み出してしまいます。一般に言うリリースの「取られ」や「弾かれ」が見えないところで起こっているということです。引き手がストリングの発射スピードと同等に動くことはもともと不可能です。しかし、より速く逆方向にストリングを解き放すことによって、発射の瞬間のロスを軽減し安定をもたらすのです。このことは今後もリリースのスピードが速くはなっても、昔へ逆戻りすることはないことを意味しています。

頭を動かさずに

頭で見る

 これは後にくるフォロースルーでも共通する重要なポイントなのですが、シューティングライン上の自分を確認しコントロールする際、アーチャーは絶えず自分のフォームを「見て」いる必要があります。この「見る」には実際に自分の目で見る物理的な要素もあるのですが、これとは別に「イメージ」なり「想像力」によって頭の中で自分を見ることがトップを目指す時には不可欠となります。
 この状態を分かり易く説明するなら、例えばここにある写真を見るように自分の画面が自分の頭の中に絶えず存在しなければなりません。もう少し欲をいうなら、ちょうどこれらの位置にビデオカメラが備えてあり、そこに映し出されている自分の動く画像がリアルタイムで、自分の頭の中に映し出されている必要があるのです。このことをリリースの前段階までならできるアーチャーは結構いるのですが、リリースからフォロースルーに掛けてもできるアーチャーとなると限られます。逆に言えば、できないからうまくなれないし、ほとんど多くのアーチャーがリリースと同時に意識を矢とともに的へ飛ばしてしまうために「見る」ことができなくなってしまうのです。これをできるようにするには、まずはより多くの自分のビデオや写真を繰り返し繰り返し見ることを奨めます。最初は物理的手段によって自分を認識しイメージを組み立てなければ、何もないものを「見る」ことはできません。目を閉じればいつでも頭の中でビデオが廻り出し自分のシューティングが始まり、それを冷静に鑑賞できる自分を作り出します。
 
 よくフォーロースルーで後ろを振り返り引き手を見るアーチャーがいます。しかしこのような行為はまったく意味をなさないばかりか、実際の「見る」ことに対して悪影響を及ぼします。なぜなら、頭を動かしてしまうとアーチャーのすべての位置関係が崩れると同時に、見えるものまで見えなくなってしまうのです。例えば、押し手はセットアップから始まりフォロースルーで押し手を下ろすまで、一貫して見え続ける位置にあります。そこでアーチャーはシューティングの間は自分の目をビデオカメラに置き換え、焦点はゴールドに合わせながらそこに絶えず写る押し手の輪郭を肩から肘、そしてグリップにいたるまで「感じ」続ける必要があり、それによって見るのです。これは物理的な行為でもあり、ゴールドを見続け意識をシューティングラインに置けば、それほど難しいことではありません。(それすらできないアーチャーは多いのですが。) 問題はゴールドとは逆の位置にある引き手を頭を動かさずに「見る」ことです。

 

人差し指が

矢の延長線を

 アーチェリーのシューティングフォームはこの「リリース」という唯一動的な部分を除けば、これまで積み木の置き方で説明してきたように、すべては位置(固定)でその場所を指示できます。ところがこのリリースだけは射つ(リリース)前と後の間に空間が存在します。それも高速で移動する空間です。そのためアーチャーは何らかの主観的事実をもってこの空間をコントロールする必要が生まれます。そしてこれを頭の中で「見る」ことが要求されるのです。
 そのためにまず、見るための手助けとなるチェックポイントを引き手側に持つことが必要です。そのひとつとなるのが、人差し指の描く軌跡です。アーチャーは人差し指の先端に意識を集中し、その引かれる「線」を確認しなければなりません。実際には中指であってもいいのですが、線を引く感じをつかむには人差し指が適しているように思います。
 この時、言われてみれば当たり前のことなのですが、アンカーの人差し指はフルドローで顎の下に収まっています(顎に付いています)。ということは、矢の延長線上に引かれる線は顎(というか首)から離れるものではないのです。手(人差し指)はずっと首に沿って動き、描く軌跡は首に引かれる線だと理解するべきです。もし、人差し指の先がサインペンであるなら、フォロースローでは首に一本の線が引かれていなければなりません。
 よく「リリースが取られる」と言うアーチャーがいます。たしかにリリースが弾かれたり、取られることはあります。しかし、ここで考えてもらいたいのは、リリースは外に弾かれた(取られた)時には、限りなく取られるということです。試合の時なら前のアーチャーの頭に当たるまで取られるかもしれません。しかし、逆に言えばリリースが内側に取られた時には、そこにはいつも首が壁になって存在するため、手は首に当たりいつも同じ所を通るということです。リリースは手や手首でするものではありませんが、アーチャーの意識としては、いつも内側に首をはたくように切るのです。そうすれば、リリースはいつも同じ位置を一本の線を引きながら通過するはずです。

 

リリースは腕がする
 前述のように、リリースは客観的事実として「手(フック)」の通過位置で判断されることが一般的です。しかし、この動きの原動力は、決して手や手首にあるものではないことをアーチャーはいつも認識しなければなりません。では、リリースはどこの力でするのか。それは腕なり背中の太い筋肉によるものです。もしアーチャーがテクニックと称して手や指先の細い筋肉でそれを繊細に行おうとするなら、1日144射、あるいは想像を絶するプレッシャーの前では瞬時に吹っ飛んでしまうものと理解しなければなりません。
 アーチャーの主観的事実としてのリリースの意識が背中にあっても、腕にあってもどちらでもいいのですが、重要なことはフック(鉤)に結ばれたロープが肘を通って背中につながれていて、アーチャーは太い筋肉でこのロープを引くという現実です。
 一時期「バックテンション」と呼ばれる技術が叫ばれました。背中の緊張、あるいはそれに準じたやり方でクリッカーを鳴らしたりリリースをすることです。この方法の良し悪しは別にして、大事なことはバックテンションの含めそれらの意識が引き手の指先や押し手のグリップといった弓とアーチャーの接点からは遠い位置にあるということです。意識は力を生み出します。生み出された力はしなやかさとは逆のものです。リリースの瞬間にもっとも必要なことは「手首のリラックス」です。それを確保するためにも、意識はここから離れた腕や背中に置く必要があるのです。
 ウエイトトレーニングでも筋肉を鍛える順番は太く逞しい筋肉から徐々に細い筋肉へと移っていきます。シューティングという動作も小手先の細い筋肉で技を競っても続くものではありません。絶えず、太く逞しく安定した筋肉で射つことを考えるのです。

 

空間で残さず

チェックポイントをもつ

 世界のトップアーチャーと呼ばれる人のフォームを見ると、必ずそこにはその人独自のフォロースルーが存在しています。その姿(形)はある意味、射つためのフルドロー時以上に強烈な印象(スタイル)を残しているものです。そして実際にもほとんどのトップアーチャーはフルドローやリリースではなく、残身(フォロースロー)で弓を射っています。射つ瞬間(クリッカーの鳴る時)の形でリリースを考えるのではなく、残身でリリースを作りコントロールするのです。
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 正しいリリースがなされた時、その指先は身体(首)から離れることは決してないはずです。ということは、リリースが空間で残ることはないのです。また、もしも頭の中で見るリリースという動作を空間で残したなら、その確認が非常に難しくなるという現実を知るべきです。
 必ず、リリースでは指先は矢の延長線をなぞって耳の下まで来て、耳の下を指して(触って)終わります。そうすれば、アーチャーはゴールドを見たままで位置の確認が簡単にできます。では、なぜ耳の下なのか。それはその位置が矢の延長線上にあることに加え、そこが身体の軸をずらさないギリギリの場所だからです。これ以上にリリースの距離を長くとると、リリースという動作は回転運動に変わり、それまで作られていた平面も中心軸も崩れてしまいます。リリースのチェックポイントは何もない空間ではなく、耳の下までの線上に置くのです。

 

押し手は肩から

真っ直ぐにゴールドに

 押し手も引き手同様に、基本的には肩なり背中、あるいは脇を意識します。決してグリップや押し手の肘で押したり、クリッカーを鳴らそうとするものではありません。それは引き手と同じように「手首のリラックス」を確保するための手段であり、手首(グリップ)から出来るだけ離れた位置である肩なり背中を意識することで、太い大きい筋肉が使えると同時に、手首に安定を生み出します。
 押し手は真っ直ぐに肩からゴールドに突き刺さるように押し込まれます。その時のチェックポイントは引き手ほどに難しくはありません。なぜなら押し手はセットアップから一貫してアーチャーの視界の中に存在しているからです。そしてそこにはサイトピンとゴールドという基準となるポイントもあります。

 

左右に大きく

広がって

 射った後「真っ直ぐに」「フルドローの形そのままを」に残すわけですが、それはフルドローを「固定」するものでは決してありません。なぜなら、アーチェリーの動作は外観とは別に、内面ではいつも動き続け伸び続け、広がり続けるものだからです。ということは、リリースの指先が耳の下で終わるように、ある位置からアーチャーの身体は平面から外れ回転へと移行します。その良し悪しはともかくとして、少なくともスポーツの在り方として「小さくよりも大きく」「緩んでよりも伸びて」、そして「ビビッてよりも思い切って」が基本となります。
 
 しかしここで注意しなければならないことは、多くのアーチャーが「真っ直ぐに」を目指すあまりに結果的には伸び切れずに小さく射ってしまうことです。そこで、ひとつのチェックポイントとして、射った瞬間には押し手はサイトピンを手掛かりとして、フルドローの位置から真っ直ぐに押されるのですが、少なくとも右射ちであれば最後のフォロースルーでハンドルがゴールドより左に来て終わるようにするのです。当然リリースの後、弓は前方に倒れますがアーチャーの意識の中では弓のハンドルがそこにあるものと仮定する必要があり、意識の中のハンドルは必ずゴールドより左に置きます。(ハンドルの右からゴールドを見ます) そうすることで、アーチャーは大きく広がって射つことを体得できます。仮にもし射った後にハンドルがゴールドより右にあるなら、それは緩んでいることであり伸び切っていないことになります。
 特に初心者や、あるいは中級者においても何かフォームを改善しようと試みる時には、極端なところから入る(始める)ことを勧めます。なぜなら最初から完璧を目指しても、それを認識したり実践するのは簡単なことではなく多くの時間を要します。しかし、極端にすることで正しい在り方が見え易くなり、なおかつマスターすることも容易になるはずです。最初から完璧ではなく、極端から完璧に近づくのです。
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 「大きく」「思い切って」、そして「射ち切る」。リリースにおいての重要なポイントです。しかし、それを達成するにはリリースを射つ瞬間の「点」で考え、捉えていたのでは決してうまくいくものではありません。アーチェリーとは流れであり、リズムであり、バランスです。特にリリースという動作はこれらの一連の動きの中で「線」として流れていくものです。リリースを「線」で捉える。そのためには、これをクリッカーの瞬間で切り離すのではなく、帰着点である「フォロースルー」への通過点として考える必要があります。そのためにも、アーチェリーにおいてはリリース以上にフォロースルーが重要な役目を果たすのです。

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