スタビライザー考 その2

狙っている時の安定感と射った時の弓の飛び出し感
 アーチャーが弓を射つ時、そこには多くの不良振動が存在します。それは的中性能に直接影響を及ぼすものから、アーチャーの感性に働きかけるものまでさまざまです。また、リリース前に起こるもの、リリース時に起こるもの、リリース後に起こるものと、その時期もいろいろです。しかし、それらはすべてが解消できるものではなく、またあるアーチャーにとっては不良振動であっても、他のアーチャーにとっては好ましい振動である、という場合もあるのです。
 例えばリムから発生する「弦音」なども不良振動のひとつと言えます。発射時の「バン!」というあの音です。この弦音自体は発射後の、それも矢がストリングから離れた直後に発生するもので、矢の的中精度には直接影響を及ぼすたぐいのものではありません。しかし、実際にはアーチャーに大きな影響を与えています。初心者を考えれば分かり易いのですが、大きな弦音はそれだけでアーチャーを驚かせ、リリース時のフォームを不安定なものにしてしまいます。では、静かでおとなしければ良いかというと、上級者にとってはこの音を手掛かりとし、鋭さの原点となる場合もあります。

 本来の的中性の向上を求めるためにもっとも重要で、なおかつアーチャーに共通するスタビライザーのセッティングとは何でしょうか?
 当然、トルクの解消は理論的にも最優先課題です。しかし、いくら弓の動きを止めても、矢が真っ直ぐ(うまくクリアしなければ)飛ばなければ意味がありません。そこで、ここではシューティングマシンにおける理想ではなく、人間としてのアーチャーが使用する理想の弓について考えてみます。
   
A ( '72 John Williams)   B ( '75 Darrell Pace)   C ( '77 Rick Mckinney)
以下、A・B・Cで説明します。
         
   まずこの、3つのスタビライザーの基本形を見てください。そしてこれらの弓をあなたが引いていると想像してみてください。次に「ローリング」の動きを起こしてみます。どのセッティングがもっとも動き難いですか? というより、一番動かし易い弓はどれですか? 簡単に想像がつくはずです。
   そうです。Cがもっともローリングに対しては効果を期待できません。手首を捻れば簡単に弓は左右に回転します。それに比べて、ABはこの動き(不良振動)に対して非常に安定していることが分かるはずです。
   この安定はアーチャーの受ける感覚で表現すれば「狙っている時の安定感」ということになります。グリップから遠い位置に重り(ウエイト)があることは、ローリングに対しては大きなアドヴァンテージとなります。Cはもっとも手に近いところに重りがあるので、押し手の動きはそのまま弓の動きとなります。
   では、ABを比べるとどうでしょう? 確かにローリングに対しては同じように感じるかもしれません。そこで、こんどは手首を捻るのではなく、あなたが実際にこれらの弓でエイミングしているところを想像してください。どちらに安定感を感じますか? そうです、Bの方が安定するはずです。しかし、勘違いしないでください。この安定感は左右に重りが出ていることからくるものではありません。BAに比べてグリップより下部(弓の下の方)が重くなっているからなのです。これは非常に重要な点です。
 左右に重りが出ていることでエイミング時の安定感が高まるなら、CAを上回るはずです。(ここに多くのアーチャーの勘違いのひとつがあります。) 結果はBACとなります。
 次にその弓をリリースした時を想像してみてください。どのセッティングに、もっとも「射った時の弓の飛び出し」感を感じますか? 
   それは「ピッチング」と呼ばれる弓の動きであり、発射時に弓が的方向に飛び出し、倒れる動きです。これ自体が「動き」であり、不良振動のように捉えられがちですが「安定ほど不安定・・・」を思い出して考えてみてください。
   この場合は、当然弓の前が重く、重心位置がグリップより的方向にあることが条件となります。ここでも、もっとも飛び出し易いものより、もっとも飛びだし難いセッティングが簡単に想像できます。狙っている時の安定感に反して、Bがもっとも飛びだし難いでしょう。
   ACも、Bに比べて前方が重いため、リリース時には自然に弓は前方に転倒し、毎回同じ方向性を与えてくれます。しかし、ACの違いは慣性モーメントです。Aの方がCよりも前方が思いため、弓の総重量が同じであってもAの方がアーチャーの肩に対する負荷はCより大きくなります。もし同じ効果が得られるとするなら、Cの方が負担が小さく余裕があるだけに有利となります。結果、トータルで考えればCABとなります。

 弓の弦音を変えようと思えばスタビライザーでなくとも、ストリングの素材や太さを変えることで変化はあります。あるいはサービングの巻く硬さだけでも変わります。射った時のリムのバタツキを消したいなら、一個のカウンターバランスで消せます。狙っている時の微振動を吸収したければダンパーを使用するべきです。
 しかしこれらはどちらかといえばアーチャーの感性に働きかけるもので、重要な問題ではあってもニ次的な要素です。それに対して上記の2つの要素は、「狙っている時の弓の安定」=「エイミング感覚」と「射った時の弓の飛び出し」=「シューティング感覚」はアーチャーの感性に働きかけるだけでなく、弓の安定を求めるスタビライザーの効果としては不可欠な重要なポイントとなります。
 John Williams は狙っている時の前方に突っ込んで行く感覚と射った時の大きく弓が的方向に回転して倒れる感覚が好きなのです。Darrell Pace は何よりも狙っている時の安定感を重視し、射った時にはグリップを含めた押し手全体で自ら弓を前に押し込みます。Rick Mckinny は安定より弓のコントロール性を重視し、的への押し易さと射った時の弓の飛び出しをもっとも重要と考えています。これらはアーチャーの弓に対する考え方であると同時に個性でもあります。ということは、10人のアーチャーには10通りの考え方があり、10のスタビライザーのセッティングが存在するのです。その意味において、スタビライザーには万人に共通した満足や結果を与える形や長さや重さは存在しないのです。重要なことはそれぞれのアーチャーが自分の個性に合わせて、スタビライザーに何を求めるかということです。
 「狙っている時の安定感」がほしいアーチャーは、おのずとBの形体に近づくでしょう。しかし実際にはACにカウンターバランスを取り付けても同様の感覚は得られます。あるいはA下部を重くしたり、Cの左右を重くしたり、角度を水平より下げることでも可能です。
 また、「射った時の弓の飛び出し感」がほしいアーチャーはCAの形体になるでしょうが、実際にはBの手前を軽くして前方を重くすることでも満足は得られるはずです。あるいはVバーを水平位置近くにセットしてもいいかもしれません。
 このようにスタビライザーの形状やセッティングはアーチャーが何を求めるかで変化し決まるのです。もし自分は「狙っているときの安定感」も「射った時の弓の飛び出し感」も両方ほしいというのであれば、3つの基本形の中だけでもその角度や重量配分を変えれば得ることは簡単にできるはずです。要はアーチャーの感性と知識と努力と、そして個性の問題なのです。

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