有弓休暇(30)

 時代ですよね、時代。今の世の中、ほとんどのことがインターネットがあれば、知ることができます。それだけでなく、それが「リアルタイム」で伝わってくるんですよ。そんな時代です。
 先日、韓国で行われた第45回世界選手権大会。時差がなかったんですが、あなたはインターネットでご覧になりましたか?
 すごいですよねぇ、1エンド(長距離は6射、短距離は3射)ごとの得点が、全選手順位と一緒にリアルタイムで画面で見られるんですよ。わからないのは射っている姿だけ。そしてマッチになると、交互に1射ずつの得点が的中位置とともに表示されるのです。どっちが何点差で勝っているかが、リアルタイムでグルーピングとともにわかるのです。すごい時代ですよねー。

 そんな世界選手権を画面で見ていて、ふと思ったのですが、、、俗にいう「ハラハラ、ドキドキ、ワクワク感」。確かに映像と音、そしてその場にいないことでの「臨場感」はありません。しかし、その分そこに働く「想像力」を加味すれば、同じスタンドのはるか彼方からみる野球やボクシングよりも、テレビやラジオの実況中継の方が多くを伝えることもあります。
 「ハラハラ、ドキドキ、ワクワク感」というのは、言葉を変えれば「期待感」です。応援している選手がいるとします、あるいは日本を応援しているとします。その時の期待感とは、その選手が当たればいいという期待感と同時に、相手が外せばいいという正直な期待感です。応援相手に対するポジティブな期待と対戦相手に対する不本意ではあってもネガティブな期待です。10点差があればいくら期待しても可能性はほとんどないのですが、数点であれば一発逆転の可能性が大いにありそうなだけに期待感が膨らみ、ハラハラ、ドキドキ、ワクワクするという仕組みです。
 昔、世界選手権が「FITAダブルラウンド」で世界一が決められた1985年まで、4日間288射で順位を決める時、最終日には上位10人の選手にしかそんな逆転の期待は求められませんでした。しかし実際には、求めても世界一はすでに決まっていました。それが「世界チャンピオン」というものだからです。しかし4日間、絵にならない、音も出ない、当たっているか外れているかもわからない競技形式が世間にアピールしないことや、オリンピック競技としての継続を危ぶむという判断を下したFITAは間違っていませんでした。1987年の世界選手権から導入した「グランドFITAラウンド」(90・70・50・30mを各9射しての合計得点)が、ハラハラ、ドキドキ、ワクワク感を演出し、翌年ソウルオリンピックで大成功。時間が掛かりすぎる問題点は、現在の「マッチ形式」で解消されました。しかし唯一間違ったのは、「あれる」ことをオリンピックのリハーサルとして、まったく同じルールで世界選手権に持ち込んだことです。
  
 今回画面を見ていて、気付きました。ネガティブであろうがポジティブであろうが、こんなサイコロを振るようなギャンブラー的門外漢の陳腐な期待感ではない、もっと崇高な期待感がアスリートとしてのアーチャーにはあることを。これほどハラハラ、ドキドキ、そしてワクワクしたことは最近ありませんでした。
 予選ラウンド「FITAシングル」において、9年ぶりに世界記録が更新され「1386点」(前1379点)が樹立されました。90m1回目57点から始まり90m「342点」(前337点)世界記録。70m345点、50m341点、そして30m358点。世界の場面では、昔も今も同じです。例えば50mで1点違えば順位が数番違い、50mなら28点で30mなら29点で、うまくいけばなんとか順位を維持、27点や28点を射てば確実に順位が下がる。それが世界です。そんな修羅場で1386点を見せてもらった時に思うのは、こいつがもう1回射ったら何点出るの?! という、同じ競技を愛好する、そして修羅場を知っている者としての素朴で単純な「期待感」です。今回の点数も90mからすれば中間の70mと50mが悪すぎます。特に50mは悪すぎです。342点なら「1400点」台は可能な点数です。だからこそ、もう一度シングルを射って見せてくれよ! 世界新再更新? 初の1400点台? ダブルの世界記録??? まぐれ当たりや相手のミスといった、低俗な期待などどうでもいいのです。
 ところがどうでしょう。今年もまた予選トップの、そして144射の世界記録を樹立した偉大な選手が、たった12射のマッチで敗退です。今回、予選トップで世界チャンピオンになったのは、コンパウンドの男子だけです(ちなみに2位は22位の選手です)。コンパウンド女子24位、リカーブ女子2位、そしてリカーブ男子4位がトップ通過者の最終順位です。
 これがルールであり、実力だというアーチャーもいるでしょう。しかしこのルールの根底にある「ハラハラ、ドキドキ、ワクワク感」の創出は、世界で「オリンピック」を観る10億人もの「素人」に対する演出です。しかし、「世界選手権」は違います。それが証拠に、今回の世界選手権をインターネットを含め、観た人はどれだけいるのでしょうか。多分、10億人の素人はこんな競技が行われていることすらも知らなかったでしょう。「世界選手権」とは数10万人ではあっても、その競技者や「玄人」が目指す最高峰であり、世界一の技を決める唯一の場所なのです。玄人のための、そして世界一の技術を見極めるためのルールが必要です。奇妙なルールは、素人相手のオリンピックだけで十分です。
 そろそろ競技者のために、世界選手権だけは「FITAダブルラウンド」に戻してはどうでしょうか。そして昔のように、真のチャンピオン(本当に強く、本当に美しく、本当に素晴らしい世界一の技術を持ったアーチャー)に「世界チャンピオン」の称号を与える場にしてくれませんかねぇ。
 玄人だからこそのマニアックなハラハラ、ワクワク、ドキドキ感があることを思い出させてくれた1週間でした。