ノウハウ
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「ノウハウ」という言葉があります。[ある専門的な技術やその蓄積のこと。][ものごとのやり方に関する知識。実際的な知識。]などと辞書にはあります。プランジャーを付け忘れたのなら、戻って付けるしかありません。ではリムの上下逆がプラクティスの途中や本番の1回目で気付いたらどうするのか? そこでストリングを外してリムを付け替えて、残りの矢を射つのか。それとも、その試合あるいはその距離の最後までそのままの状態で射つのか、と選択肢が生まれます。多くのアーチャーはあせってリムを付け替えるでしょう。多分その時には他の選択肢は見えていないはずです。
有弓休暇
↑ 1969年。個人的にも、日本のアーチェリーにとっても思い出深い、そして貴重な映像です。これは観てください。
1Q69年7月21日、高校1年の夏休み、クラブの練習。多分今年より暑かった、うだるような日の昼めしの後。岩倉の大きなクスノキの下で、人類が月に初めて降り立ったというニュースを聞いた。ちょうど今から40年前。ということは、あれから40年と4ヶ月、休むことなく射っていることになる。
----有弓休暇(27)
夜明け前、1967年 Amersfoort, Holland 第24回世界選手権大会
どこに載せようかと迷ったのですが、、、
この話は個人的にはいろいろ聞いていましたが、本人からお伺いすることはありませんでした。そして45年以上の歳月がすでに流れ、どこかでこの事実は引き継いでおかなければと思っていたところでした。アーチェリーを志す方(和弓の方にもですが)には、ぜひ知っておいていただきたい話のひとつでもあります。
例えば1979年、ダレル・ペイスの1341点の世界記録の価値を、カーボンアローでしか1300点を出したことがない最近のアーチャーには理解できないでしょう。それが今の1400点と同じ内容であることを。それと同じように、この時宮田さんが射った点数はそれが世界の最下位であったとしても、どれほど素晴らしい点数であったかを覚えておいて欲しいのです。これは洋弓、和弓の垣根を越えたアスリートの話です。
例えば、3日目90m「135点」。強風の中、和弓で矢が90mを飛んでいたことも驚異ですが、135点もの的中を得たこと自体、想像がつきません。8人を抜いていることや、優勝者のレイ・ロジャースが237点であることからも、この点数の凄さがわかります。
これまで、ご本人がどれほどの研究家でチャレンジ精神を持った努力家であるかは聞いていました。しかし今、読ませていただいて、そこにプラ羽根やサイトをはじめ、数々のアイデアを勝つために実践されたことを読むと、本当に頭がさがる思いです。
ともかくは、ご覧ください。こんな歴史やこんな努力があったことを、覚えておいて損はないでしょう。あなたのこれからの心構えや努力においても。。。
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レイ・ロジャース
細井さんとは1973年来の知り合いですが、歳をとりました。末田さんや前田さんもこんなに若い頃があったのですよ。
この2年後の1969年バレーフォージから帰国した前田さんが、ハーディー・ワードの矢飛びを称して「電信柱が飛んでいた」と話してくれました。事実、日本選手の細いアルミ矢は風の中、的に刺さるだけで曲がってきたというのです。
そんな時代です。今、練習用のグラスのワンピースボウでアルミ矢を使って、ダクロンストリングで、スタビライザーもなしで、そしてノークリッカーで試合でこの風の中、90mで的に乗りますか?! 100点が出せますか??!