亀井孝の最新 アメリカ「アロー」事情
アメリカマーケットの現実
意外と知られていないが、昨年の全日本選手権で男子コンパウンド部門を完全制覇した矢も、30mパーフェクト360点やフィールド1ユニットパーフェクト180点の日本記録を達成した矢も、EASTON製ではなく「PRO Select」アローだった。
そんなわけで、このプロセレクトアローを生産している「AVIA Sport Composites Inc.」社長であり、長年の友人でもあるカート・デジナーに会いに、ノースキャロライナ州シャーロットに向かった。
有弓休暇(14)
シャーロットは近年人口増加が著しく、アメリカで最も先進的な都市のひとつといわれている。この街から車で1時間も走るとヒッコリーという町がある。「安心、安全、快適」を求める人々が流入してくるこの町には、メジャーリーグやNBAのオーナーである人物が所有するゴルフ&スパの高級会員制クラブがあり、その一角にカートの住む家はある。一角とはいえ、ゴルフコース4面を含む、想像を絶する広大な敷地の中だ。そして、工場や事務所もこの町にある。
ヒッコリーでの10日あまりの滞在中、私たちはランチとドライブを兼ねて、アパラチア山脈を見に行くことになった。アパラチア山脈はそれほど遠くなく、車で1時間ほど西に走ればノースキャロライナの人たちが「Blue Ridge Mountain」と愛情こめて呼ぶ、青い峰の山々を一望できる。そんな短いドライブの途中で、一軒だけ見つけた小さなハンティングショップに立ち寄ってみた。もちろん多くの銃やフィッシング用品、そしてアーチェリー用品もあるが、そこでの光景に驚いた。
有弓休暇(15)
本当に小さなショップ(日本のアーチェリーショップよりも、はるかに大きいが)の中にあるアーチェリーコーナーだが、そこにはこれまで見たこともないような大量の「完成矢」が、箱に入って床に並べられていた。並んでいるコンパウンドボウの数より遥かにたくさんの数量で、しかも日本より遥かに安い値段でだ。日本にいたのでは考えもしない光景。これがアメリカのアーチェリーの現実なのだろう。
アメリカのハンティング事情は、州や地域、獲物によって規制は異なるが、一般的に春から夏にかけては動物の子育てのシーズンのため、保護されている場合が多いようだ。逆に、10月頃から年明けにかけてはハンティングシーズン真っ盛りということになる。そして、獲物にもよるが、一般的には弓でのハンティングが銃より先に解禁され、期間も長いという。
では、たとえばさらに北のペンシルバニア州では、どのくらいのボウハンティング人口があるのか。弓でのハンティングは銃と違い、所持するにも狩りを行うにもライセンスが不要な場合がほとんど。そのため、ボウハンティングをする人の人口は正確にはわからないが、その数は300万人とも言われている。もしこの人たちが1シーズンに1ダースの矢を購入すると考えれば・・・、その数は3600万本! これがアメリカ全土になれば、想像もつかない。日本は、ペンシルバニア州の1%にも満たないマーケットだと言うことができる。まずはこの背景を理解しなければ、全体を見誤ってしまうだろう。
では、これらの大量の完成矢が日本でおなじみのカーボンアローかというと、そうではない。カートたちは、ここに並んでいるような矢を「ジャンク(Junk)」と呼んでいる。アルミシャフト、カーボンシャフトにかかわらず、これらの矢は品質や精度においてガラクタだという。確かに、そこにある矢のなかで我々が日本で目にするような矢はほんの少しだ。しかし、現実にこれだけ巨大なマーケットを形成するアメリカにおいては、実際に90%以上が「ジャンク」で占められている。
その最大の理由は、ハンティングアーチャーのなかで、プロハンター(弓のチューニングやスパインの選択ができるという程度の意味)と呼ばれる人々が、10%にも満たないということがある。プロハンターでない趣味のハンティングアーチャー(年に1度だけ物置から弓を出したり、パック詰めの弓具セットを買って裏庭で射つ程度の人たち)にとっては、スパインや12本の均一性はそれほど重要な意味を持たないからだ。
精度か価格か?!
日本にいると、「オールカーボンシャフト」が「アルミ/カーボンシャフト」(アルミをコアにしたカーボンシャフト)の下に位置付けられるような印象を持つが、競技用カーボンシャフトを含め世界の現実は、シェアにおいても精度においても異なる。その理由は、生産方法からも明らかだ。
一般にオールカーボンシャフトの「プルトルージョン製法」と呼ばれる作り方に対し、アルミ/カーボンシャフトは「シートローリング製法」で作られている。シートローリング製法とは、名前のとおりカーボンシートを巻き付けて作る方法だ。ちょうど、巻き寿司を想像するとわかりやすい。アルミの薄いチューブに柔らかいカーボンシートを海苔を巻くように巻きつけ、加熱して固めることでシャフトを作る。ところがこの方法は手間が掛かるだけでなく、巻かれたカーボンシートの厚さがすべての部分で均一でなかったり、外観上の寸法が揃わないことがある。ましてや、これを樽型に外径を変えようとするのは、大変な作業だ。どちらにしても、外径を整えるために「センターレス研磨」という方法で表面を削る。(この種のシャフトで最初手が黒くなるのは、このときに削ったカーボンの粉が残っているため)。結果、寸法的には均一になっても、カーボンの厚さや重さ、硬さ(スパイン)にバラツキが出ることが多くある。
これに対し、プルトルージョン製法は金属加工でも使われる引き抜き製法と考えればいいだろう。つまり、均一な製品を低価格で量産するのに適している方法だ。プルトルージョン製法は機材やノウハウにもよるが、基本的に研磨などの後加工を必要としない。リムに使われているFRPやCFRPなども、この方法で板状に成型したものと考えればいい。ではプルトルージョン製法はどのように行われえいるのか、簡単に見てみよう。
カーボンアローの作り方
今回訪問したAVIA社は、ジャンクアローを除く高精度、高品質のオールカーボンシャフトの分野では、世界最大規模だと言える。理由は、アーチェリーの専業メーカーではないからだ。現在、同社のアーチェリー用シャフトが占める割合は、扱っているカーボンシャフト全体の10%にも満たない。最も大きいのは、エアバス社やボーイング社などの航空産業や、ポルシェやメルセデスといったレーシングカーを含む自動車産業へのカーボン素材の供給で、それらは80%を占めている。これ以外が、アーチェリーやスポーツカイト(凧)、ホビーやおもちゃ業界への供給となっており、これらはヨーロッパ、中東、アジア、オーストラリアと、世界各国に輸出されている。
アーチェリーの競技用に使用する高性能な(曲がりだけではなく、重さや均一性などすべてにおいて)カーボンシャフトを作るためには、機材や技術、そしてノウハウが必要なだけでなく、製法にかかわらずどうしても歩留まり(生産したもののなかで、製品として使用できるものの割合)が悪くなる。というのもこれは、出来上がった製品から再度選び直すためで、大雑把に言えば、50%あるいはそれ以上の製品が、作っても商品としては出荷できない。当然出荷できない商品は廃棄されるが、その分のコストは製品価格に上乗せされることになる。そのため一部のメーカーでは、12本ずつを選び直してパック詰めすることで歩留まりを上げているところもある。
AVIA社の場合は、アーチェリーの専門メーカーでは廃棄されるような精度の悪いシャフトを、スポーツカイトの骨組みやヘリコプター模型の材料としているため、商品として出荷されるカーボンシャフトにコストを上乗せせず、高品質、高精度なシャフトのみを、低価格で提供できる利点がある。
ジャンクを見抜く目と技術
ジャンクの話に戻るが、日本の状況もアメリカと同じと言える。弓も矢もジャンクの増加に拍車を掛けるのが、輸入品の増大だ。品質、精度、性能を気にしないのであれば、矢のカタチさえしていれば安いに越したことはない。そのため、中国や韓国に加え、近年はメキシコをはじめとする南米諸国からも、アメリカに多くの矢が輸入されている。そのなかには、日本でおなじみのブランド名がプリントされた矢も多くある。アーチェリーに限ったことではないが、「アメリカのメーカーだからアメリカ製とは限らない」「有名ブランドだから高品質とは限らない」。それがアーチェリー界の現実なのである。 |