有弓休暇(3)

 プレゼントをいただきました。ありがとうございます。
 本物のBlack Widow 「T1200」です。写真ではありません。現物です。
 この弓を初めて見たのは1971年、先輩が個人輸入で購入した黒ではなくオフホワイト色のモデルです。当時、弓がテイクダウン(分解)式であるというのは、今ワンピースボウを試合で見るのと同じくらいに珍しいことでした。
 世界の競技アーチェリーが木製ワンピースボウから金属テイクダウンボウに変わるのは、1972年ミュンヘンオリンピック。ジョン・ウィリアムスとドーリン・ウィルバーが使用し男女の金メダルを圧倒的な点差で獲得してからです。この時使われた弓が「T/D1」というHOYT初のテイクダウンプロトタイプモデルです。しかし日本にも数本がサンプルとして入ってはきましたが、強度不足からの折損で日の目を見ることはありませんでした。この改良型である「T/D2」が1973年グルノーブル世界選手権でアメリカチームの数名に使用され、翌年から世界に供給されるようになります。ちょうどこの年、ヤマハも「Ytsl」という本格的競技用テイクダウンを発表し、世界の市場からワンピースボウがあっという間に駆逐されるのです。

世界記録を保持し、1970年全米選手権を制覇した時の
Nancy Myrick です。
 では1972年以前のテイクダウンモデルはどうだったかというと、インドア用の弓というイメージが強くありました。外で90mを飛ばすには性能が不足すると勝手に思っていました。(確かに高ポンドであれば折れてしまうモデルも多かったでしょう。) 理由はアメリカから入ってくる雑誌のハンティング記事のほんの片隅に写っているのが、インドアやフィールドの短い距離を射つプロ選手たちだったからです。世界選手権では、すべての選手が木製ワンピースボウを使用している時代です。そんな中でHOYTが徐々に頭角を現し出すのですが、まだまだBlack Widowこそが定番であり、世界を制した名機でした。そんな中でもいくつかのメーカーが、テイクダウンモデルを試行してはいました。Golden EagleやGloveといったアメリカのプロ選手に主に使われた名機に加えて、ターゲット競技においてはWing社の木製ハンドルテイクダウン「PresentationU」やこの後登場するBear社の「Victor Viking」が有名でした。そこに少し遅れて登場してきたのが、Black Widow 初のテイクダウンモデル「T1200」だったのです。
 当時の高校生の予備知識では、タランチュラやサイドワインダーくらいは知っていても、ブラックウィドウもヴァイパーも知りませんでした。「黒い未亡人(後家)」がメスがオスを喰う毒グモであることを知るのは、弓に書かれたロゴマークが変わる数年後のことです。1960年代のBlack WidowにはWilson Brothersのメーカー名と手書きのBlack Widowの文字しかありませんでした。このモデルにも最初クモマークはなかったように思います。初めてのマイボウとして親に買ってもらった1969年のBlack Widow「TF」にもクモは付いていませんでした。
 このクモが「セアカゴケグモ」であるのを知るのは最近のことです。1995年、アメリカやオーストラリアに住む背中に赤い斑点のある毒グモが日本にも生息していたと言う、あの毒グモ騒動の張本人が「ブラックウィドウ」です。
 そんなBlack Widowを知る人にはすぐ想像できるのですが、「T1200」ほどワンピースボウの呪縛から逃れることができなかった弓はないでしょう。それほどまでにBlackWidowは性能以外に、カタチの美しさ、木目と仕上げの素晴らしさから弓の芸術品と呼ばれました。HOYT もWing も Bear も敵ではありませんでした。だからこそ、競技アーチェリーの世界からの脱落、撤退の道を歩んだのです。(ハンティングのリカーブ世界では今も健在なようです。)
 HOYT「T/D1」もワンピースモデル最後の「6PM」のシルエットを踏襲してはいますが、それでも折れるくらいに細くなりました。Wing も Bear も独自の接合方式を採用し形状のイメージは残しながらも、似て非なるハンドルでした。ところがBlackWidowだけはワンピースボウと同じシルエット(形)をテイクダウンで作ってしまったのです。その制約はハンドルとリムの接合方法に設計の自由度を持たせなかっただけではありません。当時NCなどの高精度工作機械が登場する前の時代では、ハンドル製作の主流はダイキャスト製法でした。それもマグネシュームなどの高価ではあっても軽量な素材を使わず、ほとんどがアルミダイキャストだったのです。そのため、「T1200」は当時として斬新な穴開きハンドルであるにもかかわらず、全体で1800グラムもあるとんでもなく重い弓になったのです。カタチに固執しテイクダウンボウとしての新たなコンセプトを求めなかったことが、接合方式の不便さやハンドル重量の増大、そして完成度や性能に限界を招いてしまったのです。
 その意味でBlack Widow「T1200」は、ワンピースボウからテイクダウンボウへの過渡期における遺物であると同時に、記念すべき失敗作でもあるのです。
 

 (追記です。 2005年7月)
 ベアボウの試合で見つけました!
 美しい。Black Widow「Special」なるモデルです。Black Widowの中にあって唯一異型の、バックサイドに角のない「TF」の原型となるモデルです。スタビライザーの穴もない、初期の初期の1975年頃の弓です。トレードマークの台形型リム。メープルの木芯、ローズウッドの本体。クリッカーの穴も開けてない、傷もないシンプルかつ美しい弓です。
 もちろんこの頃はクモはいません。すべて手書きのサイン。一本一本真心こめて作った弓です。芸術品ですよ。
 この弓も完璧にセンターが通り、バランスといい今の弓よりはるかに素晴らしいものです。
 そしてなにより、30年が過ぎてもちゃんと射てるのです。

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