有弓休暇(6)

 「ブビンガ」と聞いて、何を思います? 次に「ローズウッド」、そして「メイプル」。
 これで「赤」「黒」「白」のHOYTを思い出す人は、かなりの弓バカです。「赤ホイット」は一番一般的で廉価だった弓。「黒ホイット」は芸術品的高級な弓。そして「白ホイット」は最後に入ってきた、希少品の比較的めずらしい弓、でした。「4PM」には白はなかったのと、「6PM」は木部に樹脂を注入した紫だけだったので、この3色を知っているなら1970年代前半の「5PM」の時代を知るアーチャーでしょう。それはちょうど木製ワンピースボウ最後の時代、ということになります。
 そこで「ブビンガ」(Bubinga)ですが、
 これはお気に入りのBarのカウンターです。8センチ厚のブビンガ1枚板です。もうこれだけで話が1時間は続きますが、、、、知らなかったのですが、ブビンガは弓をやっていなくてもちょっとインテリアや建材に凝る人なら知っている木材だそうです。アフリカ原産のマメ科の広葉樹で、幹は直径1メートルにもなる大きな木で、家具や床材やドアによく使われるようです。で、当然のことながら強靭で折れに対しても強く、木目も通り表面はキレイに仕上がるとのことです。ただし硬い木なので、加工は難しく乾燥時の狂いも多少でるようです。
 ついでに「ローズウッド」(Rosewood)ですが、生きた木を切ると薔薇の香りがするそうですが「紫檀」(シタン)といった方が分かり易いかもしれません。高級家具や細工物、そしてゴルフクラブのヘッドなどにも使われる硬くて光沢のある木材です。そして「メープル」(Maple)はメープルシロップでおなじみの「楓」(カエデ)です。木目が詰まり強度もあり、軽く狂いが少なく家具だけでなく楽器やスポーツ用品にも多用される木です。
 このように木ならなんでも同じではなく、それぞれに特徴や外観、そして値段の違いがあるわけです。では最近のアーチェリーはというと、ハンドルが金属になったお陰で木を使うのはリムの芯材とグリップくらいでしょうか。ただしグリップについては本来プラスチック製だったものが近年木製に変わってきたのは、装飾品としての高級感や好みの部分はあるでしょうが、メーカーの側から言えば高い金型を製作するより、NCハンドル同様に簡単に1個1個グリップを作る技術が出来たのでそちらにシフトしたというコストダウンが最大の理由です。
 しかしリムは逆です。発泡材などの化学素材の使用こそがコストダウンなのです。リムはハンドルと比べてもそうですが、これほどまでに炎天下から雪の中までこれだけ大きな変形を繰り返し、なおかつ性能と安定と耐久を要求されるスポーツ用品は他にありません。ラケットにしてもスキー板やゴルフクラブにしても、使用条件、回数、変形率はリムの比ではないのです。そんなリムにあって、カーボンが筋肉なら芯材は読んで字の如く「背骨」です。露出部分がリムサイドに限られていても、リムの根幹をなす最も重要な部分です。いくら筋肉を鍛えても背骨が弱ければ、カラダはもちません。
 では過酷な条件をクリアし、強靭な筋肉を身に付けるための芯材とは。実は最近まで当たり前のように思って知らなかったのですが、専門家がヤマハさんはスゴイですね、と言うのです。ヤマハのリムの芯材は一貫して「メープル」を使用していました。それも1枚ものです。楓の木を薄く剥いで芯材に使うのですが、この薄い楓が普通ではできないと言うのです。これだけ良い材料はないし、木目も詰まり真っ直ぐ通りこれだけの品質だからこそ1枚で使えると言うのです。言われてみればヤマハのバックボーンはピアノであり、最高の木工技術です。天竜工場に行けば最高の材料が山と転がっています。
 ではHOYT(EASTONではありません)はというと、最初から1枚板は考えていませんでした。HOYTのトレードマークのひとつは、チップに必ず白い線(モデルによって色は違いますが)が装飾として施されていることです。後加工ではなく、木と木の間に樹脂や他の木をサンドイッチしてデザインしたものです。そして木芯においてもこれと同じ手法を採用したのです。4ミリ幅程度の木をちょうど樽のように貼り合わせて1枚の板を作ります。これであればどんな木でも使用に耐えるようにはなるのですが、なんでもいいと言うものでもありません。この製法は現在も多くのメーカーで採用されています。例えばプロセレクトのリムであれば、これを「メープル」と「ヒッコリー」(Hickory)という胡桃(クルミ)の一種で行います。異なる2種類の木を交互に貼り合わすことで、強度や捩れ耐久性や腰といったものを実現するのですが、ヒッコリーは硬く油が多い木なのでメープルと同じように素材を厳選する必要があります。多分HOYTも同様の木を使っていたと思います。
 しかしこんな簡単そうなことにもノウハウや経験、そして哲学が付きまといます。接着剤や木材の種類、接着面の状態や乾燥ぐわいやソリなどを見極めて接着する必要があります。分かってしまえば簡単なことですが、それを知っていればハニカムが接着面積が足りないであろうことや、樹脂が接着剤を吸うであろうこと、湾曲に意味のないことは最初から分かっていることなのです。ましてや黒塗りのリムを作るなどは、よほどの自信か無知か、それとも常識を考えている暇も余裕もなかったとしか言いようがありません。
 平等院のベンチに座ってコンビニ弁当を食べるのもいいのですが、昔ヤマハの日吉家具センターに「黒檀」(コクタン)の1枚板でできた机が無造作に飾ってありました。畳一畳くらいのお膳ですが、たしか値段が2000万か3000万円だったと記憶しています。そこで呑むことを思えば、ブビンガのカウンターでスクリュードライバーを飲む方がはるかに落ち着きますが、発泡スチロールの箱の上では飲みたくはないものです。酒の話ですよ。。。ちなみに今回の赤ホイット4PMの写真は、ブビンガのカウンターで薀蓄を垂れあったこともあるRobinさんからご提供いただきました。ご馳走さまでした。

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