線の中のクリッカー

 クリッカー(を鳴らす瞬間)に 「 予測 」 はありません。
 多くのアーチャーがクリッカーで失敗するほとんどの原因は、その瞬間を「点」で捉えるためです。確かにクリッカーの落ちる(鳴る)瞬間は点かもしれませんが、実はそれは「線」の中の一点にしかすぎないのです。その線とはアーチャーがシューティングラインでクイーバーから矢を取り出したところから始まりリリースからフォロースルーへ、そして矢が的に到着したことを確認して弓を降ろしたところで終わる一連の動作のことです。ところが、多くのアーチャーはクリッカーの瞬間こそが的中にもっとも大事な部分と錯覚し、この点を巧く処理することだけに専念するあまり大きな過ちを犯してしまうのです。しかし、この瞬間は線の中ではただの一点にしかすぎず、全体を知った時にはアーチャーが考えているほどにシビアでも神経質でもないのです。

 分り易い例を挙げるなら、あなたがシューティングする時の引き手の人差し指の描く「線」を思い出してみてください。E T が闇夜でアーチェリーをしている時の人差し指の先端の光が描く軌跡のことです。セットアップでストリングに掛けられた人差し指はそこから真っ直ぐにアゴの先端に向かって引かれます。しかし、シューティングとはこれで終わりではありません。リリースという動作によって、ここからまだ真っ直ぐに耳の下まで線は引かれ続けられなければなりません。
 解りますか? アーチェリーとは引き手の人差し指で真っ直ぐな一本の線を引く動作を繰り返す競技なのです。それができる時、「点」は「線」のなかで意味を持たなくなっていきます。点を点で考え、点の積み重ねで線を描こうとする時、動きは止まり連続性は失われるのです。アーチェリーは流れであり、リズムであり、すべてはイメージで処理される動作なのです。

 もしクリッカーを、そしてリリースを「点」で考え、その点だけを完璧に処理しようとした時、仮にそこにミスが存在すればアーチェリーのすべてはその瞬間で遮断され、押し手は振られ引き手は吹っ飛び、あのフォロースローの欠片もない無残な姿だけがシューティングライン上に残るのです。
 ところが、「線」を知っているアーチャーなら仮にクリッカーの瞬間にミスを認めたとしても意識と身体はフォロースローに向けて線を引き続けるのです。その結果、取られたリリースは膨らみを最小限に抑え、的とは逆への力を維持したままストリングの反発に立ち向かいます。

 アーチェリーとはクリッカーの瞬間を射つものではなく、フォーロースローで射つものです。クリッカーはその位置が最終目標ではなく、フォロースローへの通過点にしかすぎないのです。
 すべての動作は「線」の中を流れていきます。これはすごく重要なことです。

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