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人工狩猟場でマガモを射る |
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全日本弓猟連盟会長 板井 一雄 |
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数年前、女性をまじえボウハンティングの仲間数名と福島県田村郡都路の山奥へカモ猟に出かけた。たしか、10月だったからまだカモ猟解禁前である。しかしわれわれの行先は、日本ではじめて試みられた人工の狩猟場だったのである。 |
ゲーム(獲物)に使われるマガモは米国から輸入された養殖マガモで、一種の家禽である。当たり前に飼育したのでは、ほとんど飛翔力がないのだが、これを特殊な訓練によって、網小舎から池まで一定のコースを飛ぶように馴らしてある。網小舎から池までは約800メートル、この間を高さ10メートルから30メートルで一直線に飛行し、どんな危険な目に合っても(矢や散弾が近くをかすめても、飛び上がるほどの銃声がとどろいても)逃げたりせず確実に池に到着するように訓練されている。この飛行中のマガモをアーチェリーで射落そうというのである。ハンターが待ちかまえているところへ確実にゲームが飛んでくるのだから、ハンティングとしては邪道かもしれないが一年中、好きなときにボウハンティングを楽しめるのは何といっても魅力である。現在では、この猟場は閉鎖されてしまったということだが、まことに残念なことである。さて、私は北海道のエゾ鹿や内地の小動物を弓矢で射止めた経験は、35年の弓猟歴ではいくらでもあるが、飛ぶ鳥を射たことはこれがはじめての経験。仲間もみなはじめてなので、前夜は宿でカモの習性や飛翔速度など、猟の話を語り明かした。そして、当日。中秋の朝。霧はかかっていたが、天気は上々、宿から猟場まで1キロ半の道、心はすでにゲームとの出会いにはずんで軽い足どりで山道を登った。途中、縄文時代の黒燿石の矢じりを発見、原始時代の狩猟を思い、幸先がよいと喜ぶ。狩猟は、小舎から池までの間の起伏のある草原。トランシーバーで連絡して、2、3羽カモを放してもらい、コースや速度をたしかめて作戦をたてる。 |
いよいよ本番、弓を袋から出して空引きを2、3回、体調を整える。矢をつがえて待つ。これからゲームとの出合いだとなると、いくらボウハンティングのキャリアがあっても、やはり胸がどきどきする。灰色のメスガモが、まず2羽飛び出した。われわれが狙っているのも知らず、いつものコースを飛んでくる。一斉に矢がはなたれるが、当たらない。カモはどこ吹く風と池の方は飛んでいく。1分間隔ぐらいで、2羽、3羽と小舎から飛び出してくる。ハンター全員、必死にゲームと戦うが、緒戦は矢数つき、ついに戦果なし。用意した3ダースほどの矢を射尽くして全然当たらないのだから、いささか自信喪失といいたいところだが、このくらいでは一向にへこたれない。矢の回収のために小休止。もう一度挑戦することにする。 |
”今度こそは・・・” カモに対する狙い越しの要領は大体見当がついた。まず森の梢を越えて姿を現したころ、フルドローに構える。そのままスイングしながら狙いをつけて引きつける。距離20〜30メートル、角度は50度位が、カモに対する向矢。追矢、狙い越しと、次々と矢を放すが矢がかすって、羽根が2、3枚フワフワと落ちるだけで、半矢にもならない。しかしまさに数射てば当る。ついに的中、空にパット羽根が飛び散り、20メートル位の高さから、池の方へドスンと落ちる。それっとばかりに駆けよれば、青首の立派なマガモのオス。散弾銃などでは味わえない醍醐味である。続いて、苦労の甲斐あって、数羽の猟果があがる。 |
昼は、近くの農家で射止めたばかりのカモ汁の宴。猟果を自慢し合う。楽しいボウハンティングであった。 |
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こんな平和な時代が日本にもあったのですね。 |
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