エクステンションの必然

 必要でもないクリッカープレートを、オマケで付いていたからといって取り付けることも感心しませんが(オマケを使わなければならないような長い矢を使うことも感心しませんが)、サイトに付属しているエクステンションバーはオマケではありません。それを使うれっきとした必然があるのです。
 ところが猫も杓子も、買ってきたそのままにいっぱいまで伸ばして使うのです。この安易さを助長してきた原因のひとつに、矢が飛んでしまうという状況があります。初心者でも素人でも、カーボンアローを使えば90mを飛んでしまうのです。(飛ぶことと当たることとはまったくの別物です。) この現実は、道具だけでなくフォームや技術においても思考と努力を停滞させ、初心者や素人だけでなく中級者までもを増長させてしまったのです。
 リカーブボウの世界に「エクステンションバー」が登場したのは、1972年のジョン・ウイリアムスのオリンピック制覇からです。しかしそれ以前にエクステンションバーがなかったわけではありません。PAAを中心とするアメリカのプロ団体では、1960年代後半には一般的な道具でした。当時はアマチュア、プロを問わずリカーブボウにおいても、ピープサイトを含むダブルサイト(2点照準)が認められてはいました。それに加え、それらの照準点間の距離が長い方(サイトピンが目から離れる方)がエイミング精度は当然向上します。そこでインドアやフィールドを主とするプロの連中が、それを的中精度向上に結び付けないわけがありません。
 しかしアマチュアの試合における最長距離はそう単純ではありません。90mを飛ぶか飛ばないかは、サイトが取れるか取れないかと同義語です。多分それを言っても、今のアーチャーはわからないでしょうが、1960年代の非力なアーチャーは90mで的上の旗を狙ったり、雲を狙って射つ選手もいたのです。サイトピンが矢の位置と重なれば、エイミングはできても矢は的以前にサイトピンを壊します。そのためこの時代にはエクステンションバーはまだ存在せず、サイトバーをハンドルの的側ではなく顔側に直接取り付ける選手もいました。そんな状況でもアーチャーは強い弓を使うと同時に、長距離が無理なら短距離だけでもエクステンションバーを使うなどの工夫を凝らしました。そして登場してきたのがケブラーストリングやカーボンリムといったハイテク素材の数々でしたが、それでも90mはアルミアローにとっての限界点であることに変わりはありませんでした。
 もしあなたの矢が、今のように安易に90mを飛ばなかったらどうでしょう? あなたは強い弓を引くことや、効率の良い、性能の優れた道具を選ぶ試行錯誤によって多くの知識を手に入れたはずです。そして美しい、理にかなったフォームや技術の習得に努力したはずです。そうでなければ矢は地面に刺さり、試合にも出られないのです。90mが飛ぶか飛ばないか、ましてや当たるか当たらないかは、それ以上の実力の差を内在しているのです。
 ではカーボンアローの出現によって、弾道が下がりサイト位置が上がったことで初心者でもエクステンションサイトを使えるようになりました。しかし、それによって現在のアーチャーの的中率もアップしたかというと、そんなことはありません。長いエクステンションバーはエイミング精度を向上させるといっても、あくまで理論上のことです。倍の長さは、アーチャーの震えも倍にして返してくれます。また、簡単にピンが止まらないばかりか、そこから心理面でのナーバスさをも生み出します。
 逆に言えば、短いエクステンションは同じ技術の中で、ピンの動きやズレを気にすることなくアーチャーに流れや大きさを生み出すこともあります。またコンパウンドボウの3D競技やフィールド競技においてあえて短いエクステンションを使用するのは、距離の読み間違いをターゲット上に反映させないためです。
 このように長いエクステンションがすべてにメリットがあるかというと、決してそうではないのです。特に初心者や中級者にとっては的中精度だけではなく、それ以前の基本技術やフォーム習得の妨げにもなります。また上級者においても、エクステンションを伸ばすことはゴールドに対するサイトピンやフードの大きさを小さくすることです。単に長さだけでなく、ターゲットとの比率などをもっと神経質に考慮する必要があります。
 
 ところで何年かぶりに良いサイトを見つけました。精度の高さと堅牢性が気に入っているのですが、特注で昔作ってもらったのと同じ長さのエクステンションバー(実質長さ30cm)もオプションで用意されていたのです。
 今、いくらサイトが取れるからといって、アウトドアで長いエクステンションのピンを完璧に静止させる力も自信も当然ありません。ところが悲しいかな、最近90m先の矢は見えても、手元のサイトの目盛りが見えないのです。そんな視力の衰えをカバーしてみようと、あえて長いエクステンションに何10年かぶりに、それもアウトドアでトライしてみたのです。これがなかなかいいのです。震えはしても、ピンを最後まで見れるのです。必要は発明の母であり、必然の父です。
 長くする必然もあれば、長くできないから短くする必然もあり、あえて短くする必然もあるのです。一番良くないのは、そんな必然も考えずに、格好だけ上級者のマネをすることです。この世の中、上級者と思っている中級者ほど手の付けられないものはありませんから、、、、ご注意ください。

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