スタビライザー考 その3

安定性とコントロール性
 スタビライザーの目的の基本は「安定」であり、「固定」です。いかに弓を動かない状態に置き、止めてしまうかということです。その意味において、シューティングマシンと称される天才 Darrell Pace が1987年に使用したスタビライザーはそれを象徴しています。
 このような形体のスタビライザーが考案され、そしてなぜ実際には一般化しなかったか・・・? ひとつにインドア競技の特殊性があります。「風が吹かない」「雨が降らない」という外的条件の安定と、「長くて25m、短ければ18m」という飛翔距離の短さです。このような限定され恵まれた(?)条件下では、アーチャーはパーフェクトを意識します。そのためスタビライザーには、本来の目的である弓の固定のみが役目として与えられます。また、ここではアーチャーは鳥羽根やビッグベインを使用するため、完全な固定からくる弊害であるアーチャーズパラドックスの阻害からも逃れ、綺麗な矢飛びも確保できます。ともかくは、インドアはアウトドアに比べて非常に特殊な環境なのです。
 では一般的なアウトドア競技においてのスタビライザーの目的はインドアと何が異なるのでしょう? たしかにスタビライザーである以上は「安定」は不可欠であり、その使い勝手である「狙っている時の安定感」と「射った時の弓の飛び出し感」は重要な要素となります。しかし、それに加えて考えなければならないことが「風」に代表される「外的条件の不安定さ」です。また、世界のトップアーチャーではない一般のアーチャーにとっては、マッチ競技に代表される過大な緊張下における「精神的不安定さ」も考慮に入れる必要があります(これはインドアでも同じことですが)。

 1980年代中頃からの韓国選手の台頭と共に、このような形体のスタビライザーが目立つようになりました。
1984 Los Angeles Olympic Gold Medalist  Seo Yung-Su
 
 しかし、この種のスタビライザーにあなたは安定感を感じますか? 「少なくとも狙っている時の安定感」は非常に低いはずです。なぜなら、どのスタビライザーの基本形よりも重心位置が高いからです。例えばこの弓を横に水平に保持して、グリップでバランスをとればハンドルの上部の方が重くなっています。しかし、前方(的方向)は重くなり「弓の飛び出し感」は非常に高くなっています(肩への負荷も増大していますが)。
 なぜこのようなセッティング(基本から考えればあまりお勧めできないような)が目立つようになってきたのでしょうか? 確かに韓国の圧倒的な強さは無視できません。しかしなぜ多くの韓国選手たちがこの形状を使うのか。それにはこの時期のルール変更が大きく影響しています。FITAダブルラウンドは1984年を最後にグランドFITAラウンド、オリンピックラウンドへと移行していきます。それに合わせての時間短縮も加速されました。そしてカーボンアローの登場です。この変革(過渡期)の中で言葉は適切ではないかもしれませんが、トップアーチャーにおいても「ともかく速く射つ」「ともかく思い切って射つ」という意識とその実行が求められました。そのためにはじっくり正確に狙って一本一本確実に射つ安定感よりも、弓の飛び出しを重視したセッティングの方がアーチャーにとってはイメージを組み立て易かったのです。これはこの時期に「リングサイト」や、その後「ダンパー」が復活したこととも共通しています。
 一般のアーチャーにすれば、これらの変化による記録の向上は魔法の道具のお陰のように映るかもしれません。しかし実際に記録の向上に貢献したのは「カーボンアロー」だけなのです。それが証拠にここ数年、カーボンアローでの当たり前の点数への帰着はアーチャーを本来の的中性向上の原点へと回帰させています。最近の韓国選手のアッパースタビライザーが短く、Vバーの角度が下がってきたのが分かるでしょうか。また、昔のように弓の動きを容認するダンパーではなく、振動吸収のためのダンパーが増えてきました。今からが技術による勝負の時です。スパインが合って、速く射てるから勝つ時代は終わったのです。

 スタビライザーも基本形が目指す原点へと回帰します。「狙っている時の安定」と「射った時の弓の飛び出し」のバランスです。しかしそれだけではありません。いくらシューティングマシンと称せられても、人間が射つ限りは完全な機械にはなりきれません。そのための配慮も忘れてはなりません。シューティングマシンは完璧ではあっても風への対応は不完全です。アーチャーはスタビライザーに対して、「安定性」だけではなく「コントロール性」を求める必要があるのです。
 
1980 US National   1979 US National
 
 「コントロール性」とは、もし射つ瞬間に風や震えでサイトピンがゴールドから離れていたとすれば、アーチャーは瞬時に弓を動かしサイトピンをゴールドの中心に戻す必要があります。しかし「安定性」という固定だけを求めるスタビライザーの形体や重さだけでは、弓はアーチャーの意思とは逆に動こうとはしません。
 スタビライザーのセッティングを考える時、アーチャーは「震える」前提に立たなければならないのです。弓は人間が射つのであり、機械が射つのではないのです。ということは、弓は安定の中で動かし易さ、扱い易さを並存しなければなりません。同じ安定性が得られるなら、重いより軽いスタビライザーの方が良いように、同じ安定性と重さならコントロール性が高い方が良いのです。それが5本スタビライザーが一般化しなかった理由です。

 ところで初心者指導において、どのようなスタビライザーの形体から入り、どのようにレベルアップしていきますか?
 結論を先に言えば、初心者に最初にスタビライザーを取り付けさせる時は、「センタースタビライザー」1本から始めましょう。昔、ワンピースボウ(木製)の頃なら、上下の「ダブル(ロッド)スタビライザー」から始めることも良かったでしょう。しかし、現在のテイクダウンボウでは必ずエクステンションと呼ばれるサイトが使われています。もし、上下に同じ重さを取り付ければ、サイトの重さ分だけグリップより上部が重くなるということです。(これはスタビライザーを付ける以前であっても、サイトの分だけ上部が重くなっていて同じことなのですが) あなたはグリップより上が重いセッティングの弓を使いますか? 使えますか?
 もしグリップより上部の重い、安定性に欠ける弓なら射った瞬間、弓はどちらに倒れるか分かりません。まして初心者ならなおさらでしょう。そんな時、センタースタビライザーが一本あれば、弓は安定を得ると同時に射った時には毎回同じ方向に向かって自然に飛び出して行くでしょう。あるいは次に取り付けるなら、上下の下の一本のスタビライザーでしょう。必ず上下がセットになっている必要などありません。また、左右にスタビライザーが出ている必要もないのです。不必要な重さやモーメントは初心者だけでなく、すべてのアーチャーの肩を酷使しフォームを不安定なものにしてしまいます。
 スタビライザーとは「道具」です。道具である以上は使えなければ意味はなく、使える範囲にそれを置くことが大原則なのです。トップアーチャーが使っているからとか、左右に飛び出した重りがかっこいいから、と言った理由はお金と体力の無駄使いであることを肝に銘じておくべきです。

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