ストリングの素材

 アーチェリー競技は、道具に依存する部分が大きいスポーツです。
 特に近代アーチェリー競技においては、道具における革命的な発明が2つありました。「ケブラー(Kevlar)ストリング」と「カーボンアロー」です。これらのハイテク素材によってアーチェリー競技は1300点の壁を超え、1400点を視野に入れたのです。この2つの共通点は矢速をそれまでの道具に比べて、圧倒的に速くしたことです。たしかに、弓具の改良開発と普及にはそれぞれ目的と効果があり、矢速というひとつの機能を強調することは適切ではありません。しかし、初速においてケブラーはダクロンに比べて2〜2.5%、カーボンはアルミに比べて8〜12% 矢の飛翔速度を向上させたのです。

 ケブラー(繊維)ストリングが1975年に登場するまで、アーチェリーのストリングは長い間「ダクロン」と呼ばれるテトロン繊維が一般的でした。そこに芳香アラミド繊維と呼ばれるハイテク素材が登場したのです。この新兵器の特徴は、ともかくは伸びない、軽いストリングでした。欠点は伸びない分、ある程度の使用(1000射から3000射程度)で切れてしまうことと、それまでの弓ではチップが細過ぎたためにストリングが伸びない代りにリムが折損したことです。また、これだけの新兵器ですから、アーチャーの感覚的なものがついていかないという現実もありました。
 ケブラーという名称はアメリカのデュポン社の登録商標であり、NASA 関連の研究成果として生まれたものです。しかし、これをアーチェリーの世界に最初に適用したのはヤマハでした。アーチェリー競技が52年ぶり復活した1972年ミュンヘン大会の前に、ヤマハは日本代表にこのケブラーストリングのテストを依頼しました。しかし、その結果は「うるさい」「クリッカーが動く」「切れる」という評価しか得られず、あまりにも残念な(情けない)ことに、この時は陽の目を見なかったのです。そして1975年インターラーケン世界選手権でこれを使ったダレル・ペイスが、圧倒的な強さと脅威的な世界記録でデビューを果たしたのです。
 
 そこで「イミダス(2000年版)」で「アラミド繊維」を引いてみると・・・・。
 [ aramid fiber ]
芳香族からなるポリアラミド繊維。通常の有機繊維よりもはるかに大きい引張強度と弾力性をもち、耐熱性にも優れた繊維である。1972年米連邦取引委員会(FTC)がつけた名称であり、これにより従来の脂肪族ポリアラミドであるナイロンと区別することになった。デュポン社のケブラーやテイジンのHM-50などがアラミド繊維の代表である。ケブラーは、密度はスチールの5分の1だが、引張強度はガラスやスチールよりも大きく、引張強度を密度で割った比強度はスチールの7倍、ガラスの2倍である。ロープやワイヤーとして、特に海中ケーブル、また織布状にして防弾衣類、アスベスト代替品としてのブレーキ材、タイヤコード、宇宙航空分野でのFRP、プリント基板などの繊維補強材として用いられている。
 
 となるのですが、これがアーチェリーの世界でも一般化することは必然であり、メーカーはチップを太くしたり、グラスファイバーをチップに使用することで弓の耐久性能は向上し、弓側の問題はほぼ解決しました。しかし、アーチャーにすればやはり「切れ易い」という、ストリング自体の耐久性は大きな問題でした。
 そこで登場したのが1980年代後半に、これもヤマハによって提供された「高密度ポリエチレン」と呼ばれるテクミロンという製品名のストリングがそれでした。この素材が現在にまで至っています。高密度ポリエチレンの特徴はケブラーよりも軽く、伸びないのに加えて、切れないことであり、今では一本のストリングで1年以上も使用できるようになってしまいました。
 
  比弾性率(gr/デニール) 比強度(gr/デニール) 比重(gr/cc)
ポリエチレン極限値 2950 240  
テクミロン 1000  35 0.96
テトロン  160  10 1.40
HM-50  600  25 1.39
ケブラー2.9  500  21 1.45
ケブラー4.9 1000  21 2.54
高強度カーボン繊維 1500  19 1.78
ガラス繊維  300  10 2.54
 
 これはヤマハが公表しているデータの一部ですが、高密度ポリエチレンが芳香アラミドよりアーチェリーのストリングとして優れている(適している)ことは分かるはずです。
 すでにヤマハはテクミロン製ストリングの製造をやめてしまいましたが、現在ではそれ以外にも何種類もの高密度ポリエチレン製の製品が販売されるようになり、それぞれの長所が謳われています。よって現状でアーチャーは、基本的に高密度ポリエチレン内でストリングを選択すると言ってよいでしょう。
 では、どの高密度ポリエチレンストリングが良いかですが、これは値段と色などを含めてアーチャーの好みで決めるしかありません。しかし注意したいことが2つあります。
 ひとつは「矢速」について、「同じ太さ」のストリングで比較しなければならない点です。同じ本数のストリングであっても元の原糸の太さが違えば比較にはなりません。原糸の太さは、デニールという単位(基準)で表わされています。1デニールとは9000mの繊維の重さが1グラムのものを言いますが、実際にはワックスか付いていたり作り方にもよるのでデータ上の太さではなく、ノックをつがえた時の太さなどを考慮しながら比較検討した方が良いでしょう。細い(軽い)ストリングが太い(重い)ストリングより速く返るのは当たり前のことです。
 もうひとつは、「温度や湿度に対するストリングハイトの変化」です。確かに耐熱性において高密度ポリエチレンの融点が高いことや、吸水率がケブラーの2〜4%に対して、高密度ポリエチレンがゼロ(0%)であることは他の宣伝データでも示されています。それはそれで正しいことでしょう。しかし、実際のアーチェリーというアウトドアでの使用においては、もっと現実的な対応が求められます。

 例えばこのグラフはテクミロンの耐候性(照射時間と強度保持率)をサンシャインウェザーメーターを使用して測定したものです。机上のデータより、実際の使用環境により近いデータと言えるでしょう。これでも分かるように200時間を越えると、テクミロンであっても劣化が進行します。ということは、切れなければ同じ、というものではないのです。
 また融点や分解点といった素材自体が溶け出すデータをもって優秀性を示す製品もありますが、実際にアーチャーは夏場では40度前後の競技場でそのストリングを使用する訳です。高密度ポリエチレン素材は国産(日本製)は外国製より、温度に対して弱いとの話もあります。使用していて、特に夏場はストリングハイトが変化し易い(動く)と感じたことはありませんか。
 「伸び率」や「伸度」といったデータだけでは分からないこともあるのです。「伸び率が小さい」とか、「矢速が速い」といった宣伝文句に踊らされることなく、実際にいろいろなストリングを使ってみて、自分にあった納得のいくストリング素材を選びましょう。

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