推奨ストリングハイト

 ストリングは弓の付属品であり、消耗品です。アーチャーはこの付属品を、自分のシューティング技術や感覚、矢飛びやスパインのために選択し調整して使用します。
 その調整は、ストリングハイト、ティラーハイト、ノッキングポイント、太さ、本数(ストランド数・デニール数)、素材、色、サービングの素材、巻き方、等など市販品か自作かの違いはあるにせよ多種多様にわたります。なぜこれほどのチューニングアイテムがストリングに存在するかといえば、それが弓と矢の間に介在してエネルギーを直接伝達する唯一の付属品だからです。
 そんな中にあって「ストリングハイト」は、矢に伝えるエネルギーを最も大きく左右するとともに、最もアーチャーが簡単にコントロールできるというメリットを兼ね備えているのです。そしてすべてのアーチャーで異なります。
 例えば、ストリングの太さや本数、素材を替えるとなると、ストリングそのものを交換する必要が生じます。必然的にノッキングポイントも他のハイトも再調整が求められます。それが試合となればまったく現実的でないことは容易に想像がつきます。ところが、ストリングハイトは違うのです。
 もともとストリングはある程度捩って使用します。(そのほうが1本1本の原糸がバサつかず、全体で1本の均一なストリングになります。) ストリングハイトの調整は、その捩り回数の多い少ないで行います。そのためある程度のストリングハイトの幅(まったく捩らない状態から捩っていって、大きければ1/2インチ程度でも)は1本の同じストリングで対応できるのです。それにその範囲であれば、ノッキングポイントの位置変化も多くの場合は誤差の範囲として許容できます。これは試合中であっても、ストリングハイトの変化を修正しようと思えば、シューティングライン上であっても行えることを意味しています。
 
 ではストリングハイトを変えるのはどんな場合でしょう。まず能動的に変えるのではなく、変えざるを得ない場合があります。多くの場合、使用したいストリングハイトより、ストリングが伸びて下がってくる時です。
 現在では初心者を除くアーチャーが、競技用として使うストリングは「高密度ポリエチレン」と呼ばれる素材でできています。これは基本的にほぼ伸びないと考えてもいいでしょう。しかし実際の使用では、ストリングを張った時点と数回矢を発射した時点では、おのずと少しの変化は起こります。ストリングの一番大きな張力が掛かるのは、発射時のストリングがストリングハイトまで復元した瞬間です。その大きな力によってほぼ伸びないストリングも安定を得ます。とはいえそれをフリープラクティスにまかすかというと、これも実際には矢をつがえず20センチ程度引いたところから数回弾いてやれば、同様の張力を得ることはできます。または膝にハンドルを掛けて、リム先端を思いっきりストリングを伸ばす方向にしごいてやるのも方法です。
しかし問題は、それでも使用中にストリングハイトが変化する場合です。その原因は多くの場合が、外気温です。一部の素材では特に高温による伸びが大きく現れるものがあります。(湿度は雨を含め、ほとんど高密度ポリエチレンに影響は及ぼさないようです。) 当然、寒さによってストリングハイトが逆に高くなることもあります。これらは大なり小なりあるのでしょうが、それでも一日の試合で1/4インチ近くストリングハイトに変化が見られるなら、注意をした方が良いでしょう。(当然、細いストリングより太いストリングの方が伸びにくいのですが、作り方によってすべての原糸に均一に張力が掛かっていないと、太くても数本に過度の張力が掛かり変化し易い時があります。また、多くの捩り回数を加えたストリングは、まったく捩らないストリングに比べればストリングハイトは変化し易い状態に置かれています。)
 それではこのように変えざるを得ない場合ではなく、チューニングとしてストリングハイトを変える(設定)場合を考えてみましょう。ここで再度繰り返しますが、ストリングハイトは他のどんなチューニングよりも大きく、そして簡単に弓が矢に与えるエネルギーを変化させるのです。だからこそ注意しなければなりません。シューティング技術を除けば、ストリングハイトの1/8インチの変化は確実に的面での的中位置を動かします。
 そこで最近はあまりカタログにも書かれなくなった、メーカーの「推奨ストリングハイト」です。アーチャー側からでなく、メーカー(弓)側からのストリングハイトの話です。
 これはそれぞれのリムのモデルに対してストリングハイトは、何インチから何インチの間で使いましょう、というようなメーカーからの案内(お願い)です。「66インチボウ=8 1/4〜9インチ」などと書かれています。このことを多くのアーチャーは勘違いしているようなのですが、この範囲を外れて使用するとリムが折れたり、耐久性が著しく損なわれるというものではありません。そんなことで折れる弓は最初から他に問題を持っているのです。例えば機械でストリングを引いてくれば、ストリングがチップから外れるまで引けるでしょう。(そんな使用条件は一般にはありませんが。) 
 

1985年のヤマハのカタログ

ここでいう「マスターストリングハイト」は、測定時に使うストリングを表しています。

 では、推奨ストリングハイトとは何なのか。これはメーカーとして、そのリムをもっとも良い状態で使ってもらえるであろう、性能が発揮できるであろう状態に置くことを目的に設定している条件なのです。これだけではまだ分からないでしょう。それでは、リムの先端付近の逆に反り返った「リカーブ」部分を例にとりましょう。リカーブボウの名前の由来は、この逆に反り返った形状から来ています。なぜそうなのかは別のページにまかすとして、何100年にわたって弓形に反り返ってきた現在の弓ですが、そこには当然弓としての必然性が存在しています。例えるなら、リカーブはピッチャーがボールを投げる時の、手首のスナップと同じだと考えてください。それによってボールは抑えが効き、安定やコントロールが得られるのです。この手首のスナップが、ストリングハイトが極端に高かったり低いと発揮できないのです。(高すぎればリカーブは伸びた状態で矢は発射されます。低すぎれば、リカーブとは別にリムの反発が大きく矢に働きリカーブは抑えが効かなくなります。)
 イメージが沸いたでしょうか。推奨ストリングハイトとは、そのリムが最高性能を発揮してくれる基本条件なのです。ただしここでいう性能とは、モデルによって異なります。競技用トップ選手用であれば矢速であったり、初心者用なら耐久性や使い易さであったり、中級者用なら安定性や扱い易さであったりと求める性能は異なります。
 そこで熱心なアーチャーなら、また疑問が沸くはずです。10人のアーチャーがいれば、10人ともドローレングスは異なり、使用する弓もセッティングも異なるのです。メーカーによって、モデルによって異なりますが、推奨ストリングハイトの前提のひとつに基準のドローレングスがあります。表示ポンド数を測定する、ピボットポイントから261/4インチを基準に考えるメーカーもあれば、もっとユーザーが多い27や28インチを基準とするモデルもあるでしょう。しかし実際には、このメーカー基準と使用するアーチャーが一致することは稀の稀です。だからひとつに、推奨ストリングハイトには幅が持たせてあるのです。
 そしてもうひとつ、最大の問題があります。弓がテイクダウンになり、ユニバーサルモデルと呼ばれる接合方式はハンドルとリムに無限の組み合わせと条件を与えてしまったのです。ワンピースボウのように、同じメーカーのハンドルとリムがメーカーの希望する角度でセットされることはまずあり得ないのです。ましてや希望するドローレングスでの使用もあり得ないでしょう。これが近年、メーカーも推奨ストリングハイトを載せなくなった理由であり、載っていても目安程度にも意味を持たなくなってしまったのです。
 66インチの弓でも23インチのハンドルと25インチのハンドルでは、リムもストリングハイトも異なります。ドローレングスが違えばリカーブの伸び方もリム全体のカーブも異なります。ストリングハイトが違えば、矢の発射時のリム形状もリカーブ形状も違います。インドア競技などではあえて異なったチューニングを行います。スパインや矢飛びを調整するために、ストリングハイトをいろいろ動かしてもみます。
 ということで、メーカーは数値を載せずに誤魔化せばすみます。ところがアーチャーはそうもいきません。どうすればいいのでしょうか????
 ここでも経験則と授業料しかないのです。ただし幸いにストリングを捩ることでストリングハイトが変わるお陰で、リムを買い替えない限り授業料はそんなに掛からないでしょう。
 キーワードは「無理のない美しいカーブ」です。
 メーカーならFX曲線なり歪ゲージでの測定もあるのですが、アーチャーができること、そしてある意味では経験則を積めば機械以上に正確でもある判断基準が直感です。
 ストリングハイト時からフルドロー時まで、リムとハンドルの接合部の立ち上がりからチップの先端まで、一貫してリムが美しいカーブを描くこと。そしてストリングハイト時には、しっかり美しいリカーブが湾曲し、リム全体と調和して存在することです。あとはアーチャーのセンスとチューニングにまかされます。
 ただし残念なことに、近年これらを兼ね備えない高価なリムが多く存在する現実です。リカーブをとればリムが伸びたり、リムのカーブをとればリカーブが伸びきったり、全体をとれば矢速が出なかったり、矢速をとればリムがバタついたり、、、、あー、やっぱり授業料は必要でしょうか。。。。
 で、余談ですが、もうひとつ気付きませんか。そう考えてくれば、推奨ストリングハイトの前に「推奨ドローレングス」が存在しているのです。「66インチボウ=26 1/2〜28インチ」のような表記が大昔は存在したのです。ところが最近は150数センチの女の子に66インチや場合によっては68インチなどという長い弓を薦めるのです。ここまでくれば、ストリングハイトや他のチューニングをいくら駆使したとしても、リカーブは伸びず、美しいカーブは決して得られないのです。手首のスナップがなくても、カーボンアローはとりあえず90m飛んでくれるのです。。。。。

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