弓の長さと f -x 曲線

 弓の長さ(ボウレングス)は、一般に「64インチ」(約162cm)・「66インチ」(約167cm)・「68インチ」(約172cm)などと表されます。これは弓のチップ(リムの先端)からチップまでの長さのように思われがちですが、実は設計段階での弓の形状を図面上で展開した時の長さであり、ストリング等の長さと同じではありません。そのためアーチャーとしては、この数値自体はあまり意味を持ちません。一般に使われている弓の長さに対して、「2インチ長い」とか「短い」といった比較の対象となるだけです。
 ではそんな「弓の長さ」をアーチャーは、どのように選択(決めれば)すれば良いのでしょうか? 実は近年、「弓の長さ」に対してアーチャーは無神経になりつつあります。そして弓のメーカーもこの点について語らなくなりました。その最大の原因はカーボンアローの出現です。しかしそれはあくまで選択の基準が変化しただけであり、いくら矢が速く飛ぶからといって無神経が許されるようになったのでは決してありません。
 そこで、アーチャーが弓の長さを決定する時の最低限の知識として「 f -x 曲線」(エフ エックス カーブ)を知っておく必要があります?

 「 f -x 曲線」は弓の設計段階で不可欠のデータであり、コンパウンドボウも含めどのメーカーも同様の測定を行っています。グラフの横軸に弓の引っ張り長さ(ドローレングス)、縦軸に弓の強さ(ボウウエイト)をおいて弓のテンションを図式化したもので、アーチャーにすれば何インチ引っ張った時にその弓は何ポンドあるか(実質ウエイト)が分かるものです。

 この曲線は各モデルで微妙に異なります。しかしアーチャーが自分でこれを測定しようと思っても、バネばかりなどの道具では誤差が大きく正確なデータは得られません。では、メーカーがこの種の正確なデータを公開していない以上、アーチャーはどう対応すれば良いのでしょうか?
 それには「 f -x 曲線」の基本を知っておく必要があります。
 リカーブボウの場合、よほど設計に問題があったり特殊なコンセプトで作られている弓でない限り、「 f -x 曲線」には共通する特徴があります。それはこの曲線が大きく3つの部分に分けられることです。 1)「立ち上がり」と呼ばれるドローイング開始からの極端にカーブが立っている部分。 2)「立ち上がり」の後にくる、なだらかで自然なカーブ部分。 3)最後にくる極端にカーブの立ち上がった部分。 これらによって一般的な「 f -x 曲線」は構成されています。そして示された曲線から次のようなことが分かります。
 
1) 曲線とドローレングスの中にある面積がその弓の持つエネルギーである。
 図ので塗りつぶされた大きさ( + )が弓のパワーとなります。そのためドローレングスはアーチャーが同じであれば一定のため、弓のメーカーはリカーブボウでは の部分のふくらみを大きくとるべく試行するわけです。(上図ではドローレングスをスタッキングポイントに置いていますが、実際には種々の場合が考えられます。)
  
2) 弓のエネルギーはすべて矢に伝わるわけではない。
 しかし、1)のエネルギーはあくまでデータ上の結果であり、アーチャーのドローイング時の感覚はこれに準じはしますが、そのエネルギーがそのまま矢に伝わるかというと決してそうではありません。なぜなら、アーチャーの技術的問題や弓の物理的問題が存在するからです。簡単に言えば、エネルギーはリリース時にロスし、リムの反発時には空気抵抗やチップ部の抵抗でも減少します。また、当然ストリングの質量や抵抗もエネルギーロスの原因となります。
 また、仮にこれらが同じ条件であっても弓の基本構造がおよぼす影響は無視できません。例えば、同じ40ポンドのリムでもメーカーやモデルによってリカーブ付近のリムの厚さや素材の厚さ(特に芯材となる木の厚さを比較すると分かり易い)が異なります。これは同じ40ポンドのテンションを感じながらアーチャーはエイミングしていても、実際のシュートでは伝わるエネルギーがまったく異なるということです。
 コンパウンドボウの場合、滑車やカムと呼ばれる部品によって一旦ピーク(Peak)ウエイトを迎えた後にドローウエイトがドロップダウンします。そしてバレー(Valley)と呼ばれる谷の底までダウンし、物理的限界であるウオール(Wall)と呼ばれる壁にぶつかり f ‐ x 曲線は終了します。
 そのためリカーブボウの の面積が極端に広く、なおかつドローレングス位置でのドローウエイトが軽いために、エイミング時は極端に軽い弓でありながら大きなエネルギーを発揮するわけです。
 しかし、リカーブボウではドローレングスとドローウエイトが反比例することは決してなく、必ず引けば引くほど弓はきつくなります。
 
3) 「スタッキングポイント」という極端に弓が硬くなるところがある。
 リカーブボウをフルドロー付近以上に引くと極端に硬く(きつく)なってくる部分があります。その極端に硬くなるドローレングス上の「点」が、スタッキングポイントと呼ばれる部分です。
 コンパウンドボウではそれがバレーと呼ばれる谷の底なのですが、リカーブボウの場合このポイントを見つけるには、ドローウエイトがゼロから立ち上がる点から曲線への接線(線)を引き求めます。そしてこのスタッキングポイントの位置は設計上のみならずアーチャーの感覚においても非常に重要な意味を持ちます。
 なぜならアーチャーのドローレングス位置がどこにあるか(スタッキングポイントとイコールなのか、その手前なのか、それより後ろなのか)で弓のエネルギーもさることながら、リリースの感覚やリリース時のストリングの初速に大きく影響するからです。
 
 このように「 f -x 曲線」の基本的なことが分かると、アーチャーは弓の設計に携わることはできなくとも、その使用には注意を払わなければならないことは理解できるはずです。特に「スタッキングポイント」はアーチャーにすれば、ストリングハイトを変えるだけで位置やそこからくる感覚を変化させることが簡単にできます。

 コンパウンドボウの場合、多少の前後はあるのですが基本的にはバレー付近でフルドロー(エイミング)が保たれることが理想であり不可欠なことは簡単に理解できます。そのため、コンパウンドアーチャーはそのように自分の弓をチューニングします。それに対してリカーブボウの場合は、コンパウンドのバレー同様にスタッキングポイント付近がひとつのドローレングスの目安となりますが、滑車やカムでの調整ができない弓においては最初に適切な弓を選択することが非常に重要な意味を持ってきます。その基準となるのが弓の長さ(ボウレングス)です。
 弓のメーカーはこのモデルのこの長さの弓なら、これだけ引かれた時に最良のパフォーマンスを発揮するであろうというデータを種々のテストや設計のノウハウから得て製造しています。その「最良」という部分にはある程度の幅(許容範囲)があるのですが、それを越えて極端に短いドローレングスや極端に長いドローレングスでは意図する性能が得られないのです。そこでメーカーも今でこそカタログにはあまり載せませんが、[ 26〜28インチは66インチ ][ 27 1/2〜29インチは68インチ ] のように一応使用に適切と考えられる許容範囲を示していますが、これもメーカーやモデルによって多少ではあっても異なります。また、その境目にあるアーチャーにとってはどちらの長さを使うかは悩むところです。
 このように弓の長さはアーチャーのドローレングス(引く長さ)によって決められるものです。しかし、実際にはその長さを引くことによって「どれだけリム(弓)がたわむか」がもっとも重要なポイントであり、現在の主流である「デフレックス構造(形状)」の弓では「リカーブ」と呼ばれるリム先端付近の逆に反り返った部分がしっかりと伸びるかどうかが非常に重要なのです。
 このリカーブがなぜあるのかというと、オモチャの弓を考えてください。竹に糸を張った弓では、引けば引くほどリムの根元ばかりが曲がってきます。そして最後には弓を握っている付近で竹は折れてしまうでしょう。このようにリカーブ形状がない弓では応力がリムの根元に集中して強度的にも、そして安定面でも問題が生じるのです。ところが、リムの先端を本来の弓形とは逆に反らすことで、リムはその形状全体からエネルギーを生みだすのです。
 もうひとつリカーブには重要な目的があります。野球のピッチャーが手首でスナップを効かすように、リカーブは発射時の矢に「押さえ」を効かせ飛翔時の安定も生み出す効果があるのです。
 そのため、あまり長すぎる弓(例えば25インチ程度のドローレングスしかない女性アーチャーが68インチや70インチの弓を使うような場合)を使うと、リムはスタッキングポイント位置まで引かれないために弓の持つエネルギーは極端に小さく(a + b の面積)なり「飛ばない弓」となってしまいます。そして当然リカーブが伸びていないので飛翔時の安定も欠ける結果となります。では、逆に66インチの弓を29インチ以上の条件で使用するとどうでしょう。弓はフルドロー手前から極端に硬くなり、使い勝手と効率が悪くなり「奥の硬い弓」となります。そしてストリングに作られる角度が小さくなるので、人差し指や薬指のフックの負担が大きくなりフルドロー自体も不安定になります。

 結論を言えば、アーチャーは自分のドローレングスに見合った適切な弓の長さを選択することが必要ということです。それはスタッキングポイント付近でフルドローが得られる弓であり、リカーブも適度に伸びた美しいカーブを描くリムということになります。
 しかし気付かれているでしょうが、市販されている道具でベストの状態を与えてくれる弓というのは、矢のスパイン同様によほど恵まれたアーチャーでない限り一切の調整(チューニング)なしに得ることは不可能です。そこで中級者以上のアーチャーでは、より良いシューティングのために何らかの調整を行うことは自然な行為と言えるでしょう。
 そのもっとも簡単かつ有効な方法が「ストリングハイト」による調整です。ただし、注意しなければならないのは、ストリングハイトを動かすことは f -x 曲線 (そしてスタッキングポイント)の変更だけでなく矢に与えるエネルギーをもっとも大きく変えてしまう方法でもあるということを知っておく必要があります。
 上図で f -x 曲線 の始まる位置(ドローウエイトがゼロ)がドローレングスのゼロ点ではない(←→のは、それが「ストリングハイト」だからです。ということは、曲線の立ち上がる点を変えることでフルドロー時のスタッキングポイントの位置を動かすことができます。逆にフルドロー時のアーチャーの観点から言えば、フルドローでストリングが縮む(ストリングハイトが高くなるのと同じこと)ことを想像すれば、リカーブ部はより伸びた状態でスタッキングポイントは左方向に移動したことになります。このように、ストリングハイトによって弓の効率や使い勝手の微調整が可能なのです。また、このようなことはポンド調整と称して弓に付けられている、リム角度の変更機能によっても行えることなのです。
 最後に使い勝手からのアドバイスをするなら、実際の使用では スタッキングポイント=フルドロー より、少しスタッキングポイントを過ぎて f -x 曲線 が立ち上がり出す付近でのフルドローの方がリリース感覚やミスの確率を考えれば良い結果が得られるでしょう。

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