サンドイッチ製法(リムの作り方 その1)

 いくらなんでもストリングや矢を作るのと違って、リムそのものを素人が作ることは不可能です(作ってしまう人もいますが)。 しかし、どのようにして作られるかという概略は知っていて損はないはずです。なぜならリムは弓の基本性能を決定付けるからです。

 近代アーチェリーの時代になってから、弓は複合材としていくつかの素材を組み合わせ貼り合わせることで作られるようになりました。それは当初竹と木の組み合わせでしたが、現在ではグラスファイバーやカーボンファイバーと木を組み合わせるのが一般的です。しかし、その作り方(製法)を大きく変えたのは、1960年代に登場した「テイクダウン(Take Down)ボウ」です。それまで弓は「ワンピース(One Piece)ボウ」と呼ばれる、弓本来の形をした、ハンドル(Handle)部分とリム(Limb)部分が一体になったものが常識であり、分解できる弓は想像外の世界でした。
 しかしワンピースボウは持ち運びに不便なだけではなく、例えばリム部分が傷んだ場合でも、弓全体を交換する必要がありアーチャーは慣れ親しんだグリップやその他すべてを替えることを余儀なくされました。それに比べテイクダウンボウは多くのメリットをアーチャーだけでなく、弓を作るメーカーにも提供しました。たしかにその初期の時代には、結合の方法や素材の選択において強度や耐久性、重量に問題を残してはいましたが、今ではそれらもほとんど改善され、アーチェリーといえば分解できる弓が当たり前の時代になりました。そしてハンドルは金属になり、リムは単体で進化を遂げることになります。
 今使われているほとんどのリムは「木芯」あるいは「芯材」(コア)と呼ばれるカエデ材などの薄い板に、ハイテク先端素材の繊維をプラスチックで固めた「FRP」(グラスファイバー)や「CFRP」(カーボンファイバー)の板状のものを、接着剤で貼り合わす製法で作られています。(近年、芯材に発泡材を使用する弓が出てきましたが、耐久性や強度の面において化学素材が天然素材を超えることはないでしょう。) またヤマハが開発した「Power Recurve」と呼ばれる製品がありますが、これは既存の製法とはまったく異なる方法で作られるものです。
 そこで一般的な製法を「サンドイッチ製法」、Power Recurveに代表される作り方を「たい焼き製法」と呼んで、話しを進めます。
 「サンドイッチ製法」の場合、事前にテーパー処理(チップ側に行くほど薄く加工された)が施された「芯材」に、一定厚の「FRP」や場合によっては「CFRP」を複数枚重ね合わせて作られます。
 「FRP」とは iber einforced lastics の頭文字をとったものです。直訳すれば「繊維で強化されたプラスチック」ということで、実際には「ガラス繊維(グラスファイバー)」をプラスチック(エポキシ樹脂)で板状に固めたものです。ちょうど「下敷き」の中にストリングをほぐしたような糸(繊維)が入っていると考えるといいでしょう。
 しかし、FRPならどれも同じかというと決してそうではありません。繊維の方向や繊維の量、そして繊維そのものの性能(種類や品質)によってリム自体の性質や性能が大きく変化します。
 まず、プラスチック中の繊維の方向によって「FRP」は「ロービング(Roving)」と「クロス(Cloth)」に大別されます。ロービングとは一方向(リムの長さ方向)の繊維を固めたもので、クロスとはちょうど布のように縦横の繊維が織り合わさったものを固めたものです。このように同じFRPであっても繊維の方向によって性質はまったく異なります。また同じクロスであっても、その使う方向によって「直交クロス」(長さ方向に対して繊維を直角に配する)と「斜交クロス」(一般的には45°に繊維を配します)に分けられます。ロービングは弾性を高めますが、クロスは反発力(弾性)ではなく、捩れ剛性に強く捩れに強いリムを作ります。
 そしてこのガラス繊維がカーボン繊維に代ったものが「CFRP」です。また、「セラミック(Ceramic)リム」と呼ばれるものは、繊維の種類ではなくセラミックウイスカーと呼ばれる結晶(粉)をリムを貼り合わせる接着剤に混ぜて作るもので、反発力を高めるというより捩れ剛性を高めるのに効果があります。
 このように素材の組み合わせがリムの性格を決定付けるのですが、グラスリムはグラス(FRP)だけで出来ていますが(木芯は別にして)、カーボンリムはFRPも張り合わされていることに疑問を持ったアーチャーはいませんか? 一時期、確かにオールカーボンのリムもあったのですが、今は多くのカーボンリムがグラスとカーボンの複合形式です。これなどは良い悪いは別にして、すべてカーボン繊維だけを使用するとコスト(値段)が折り合わなくなることもあるのですが、それだけではなく性能(例えば反発力や矢速)と耐久性(例えば捩れや折損)のバランスがとりにくいのです。例えばスーパーカーボンなどと呼ばれる超高弾性の最新素材を使うと価格的にも商品化は難しいでしょうが、それ以上に40ポンドのリムが今のリムの半分以下の厚さになります。木芯の厚さなどは折箱の弁当のフタのような厚みかまったく不要になってしまうのです。ここまでリム自体の厚さが薄く、現行形状とここまで異なると商品化できないことは理解できるでしょう。
 また最近のリムは表面に塗装(白やシルバーメタリックあるいはゴールド)が施されるようになりました。以前はFRP自体が白い色をしていたのですが、これはFRPを作る時に着色を目的にプラスチックの中に白い顔料を入れて作った結果だったのです。しかし顔料は不純物でもあり、FRPの耐久や性能に貢献するものではありませんでした。そこで本来のプラスチック(エポキシ樹脂)の色である飴色そのままにFRPを作り、後で熱や光を反射する塗装をするようになったのです。(CFRPはカーボン繊維自体が黒いためプラスチックだけで固めても真っ黒な板に見えてしまいます。)
 このように同じに見えるリムであっても、その素材や構成によって性質や性能、あるいは耐久性がまったく異なってしまいます。特に近年、グラス(FRP)だけでなくカーボン(CFRP)など多くの種類の素材を貼り合わせるようになってからは、それぞれの素材の接着面に合わせて接着剤の種類を変えたり、素材自体の性能や品質を向上させながら実際に使用に耐えうる高性能のリムを作るのは大変な技術と能力を必要とします。
 (ここまでで素材や組み合わせが弓の性能に大きく影響を及ぼすと書きましたが、実はこれとは同じくらいに、そして組み合わさってもっと大きな影響を及ぼすのが「リム形状」そのものなのです。同じ素材であってもリム自体の形状やリカーブ形状が異なれば、まったく違う弓になってしまいます。)
 では実際の張り合わせですが、現在のリカーブ用リムの幅は一番広い部分で40〜50ミリ弱で作られています。これらの幅の成形は接着後に行われます。最初の接着段階では60ミリ程度の均一幅の芯材とFRPなどを張り合わせます。ちょうど最初はスキー板のような(先端は丸くなっていませんが)ものが作られると考えると分かり易いでしょう。
 接着剤を均一に塗布した複数の素材を重ね合わせて、もうひとつの基本性能を決定付けるリムの形状をした「木型」に挟みこみ、高圧・高温をかけて接着剤の完全硬化を待ちます。サンドイッチ製法と呼ばれるのはこのようにしてリムの原型が作られるからです。しかしスキー板やテニスラケットあるいはゴルフクラブであれば、このように成形された形がほぼそのまま製品として使われるのですが、アーチェリーのリムはそうではありません。この原型にストリングを張り、それだけではなく実際の使用では20数インチ引かれては放されという、他には例を見ない過酷な条件下で性能と耐久を試されます。
 ところでリムの強さはどこで決まると思いますか? 同じモデルのリムであれば35ポンドのリムも40ポンドのリムも、素材構成や形状そして幅は同じです。では、どこで強さの違いがでるのか。
 リムの表面を削ってポンドを変えると思っているアーチャーも多いでしょう。たしかに塗装前には仕上げとして表面を削る(磨く)ことはしますが、ポンド変更をするくらいに削ることはFRPの表面の繊維自体を切ることであり、性能や耐久に大きな問題を及ぼすために行うことは適切ではありません(しかし普及モデルなどではないとは言い切れません)。ではどこで変えるかというと、実は芯材なのです。すべてのメーカー、すべてのモデルがそうとは言いませんが、多くの場合この方法がとられます。最初に芯材にテーパーが掛かっていると言いましたが、この長さ方向に対するほんの少しの厚みの違いのどの部分を使うかで調整したり、芯材そのものの厚さの違うものを何種類も準備している場合もあります。ともかくは芯の厚さでポンド(出来あがりの強さ)を変えていきます。しかし40ポンドのリムを作ろうと思って、ピッタリその強さが出来あがるかというと、このあたりはメーカーのノウハウと職人技がものを言うところです。実際の生産では例えば40ポンドのリム1ペアだけを作ろうとするのではなく、作る時にはそのあたりのポンドを狙って数ペアから、場合によっては数10ペアのリムが生産ラインに同時に流されることになります。
 余談ですが、メーカーにもよるでしょうがリムを作る時は当然その生産性(歩留まり)や素材の準備などから考えても、いろいろな強さや長さのリムを一度に並行して作るということはしません。例えば66インチ用40ポンドのリムと64インチ用30ポンドのリムを同時に生産ラインに流すことは、後で話をする「ペア組み」段階においても非常に効率が悪いことになります。そのため普通は66インチの40ポンドを狙って何ペアものリムが一度に生産され、結果的にはその前後の66インチ39ポンドも41ポンドも、そして当然40ポンドも出来あがるというわけです。このように、リムはいくつもの工程をグループに分けて進んで行きます。そのため通常、最初の仕込みから完成までには数週間が必要となります。
 こうして接着された、まだ接着剤がはみ出てバリが残る均一幅のリムですが、次の段階でサイド面を削り落とすことでやっとリムの形が出来あがります。
 ここでもプレス型同様に、リム幅の形状は性能に大きく影響を及ぼします。もしクロスの繊維をあまり使わず、ロービングを多用した構成のリムであれば反発力はあってもネジレ易く実際の使用は難しくなります。ここで言うネジレとは耐久性における捩れもそうなのですが、実はリリースの後リムが復元していく途中でその動きが不安定になり的中安定性が保てないという性能上の問題も含んでいます。では、もし仮にロービングだけの構成でネジレ剛性も高めようとするなら、芯材を厚くするのがもっとも簡単な方法でしょう。しかしこの方法では芯材が反発力を抑え、性能の低下が余儀なくされます。ではもうひとつの簡単な方法は、リム幅を広くとることです。これは決してリム幅の狭いリムが悪いと言っているのではないので誤解のないようにしてもらいたいのですが、例えばクロスの繊維などをうまく活用せずに単にリム幅だけが細いリムであれば、よほど何らかのネジレ剛性に対する配慮がなされていないと、ネジレ易いリムになってしまうということです。これらは設計思想なり技術力にかかわることですが、ともかくリムの完成度とは全体のバランスなのです。(ただし普及モデルにおいては当然、芯材を厚くしたりリム幅を広くすることで一層の耐久性向上を求めているものもあります。)
 このようにしてリムは作られていくのですが、ここまででもお分かりのように、実はメーカーにすればコンパウンドボウ用のリムを作ることは、リカーブ用に比べれば遥かに簡単なことなのです。これはハンドルにおいても言えることなのですが、コンパウンドは使用時の形而変化が少なく、性能に関しては滑車やカムの部分が担っています。また、高ポンドであっても耐久性能について重量や形状の制約がほとんどなく、ともかくは丈夫で頑丈なものを作ればいいのです。それに比べてリカーブにおける制約と求められる性能はコンパウンドの比ではなく、ともかくは大変な作業です。またそのわりにはたくさん売れるという商品ではなく、値段(コスト)的にも高いものとなってしまいます。
 このようにして出来あがったリムはバフ(羽布)掛けをして表面を綺麗に磨き、塗装を施され、ロゴマークの印刷や部品の取り付けがされれば完成です。
 塗装にはほとんどがウレタン系の塗料が用いられます。しかし塗装ひとつをとっても、リカーブボウのリムでは特にバックサイド(的側)の伸びが大きいため、下地の処理や塗膜の厚さがいいかげんであれば塗装面が剥がれたり、ヒビが入ってきたりという問題が起こってしまいます。このあたりの作業が機械化されているメーカーはなく、ここでも職人技がものを言います。
 ともかくは、リカーブボウのリムを生産するというのは大変な作業であり、コストも時間も、そしてなによりも多くの経験とノウハウが必要なのです。

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