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この一行は、結構考えさせられるものがあります。なぜなら、この一行を追加させる始まりになったのが、これ(上側のハンドル)だからです。黄色い弓しか使わないヤツが1982年に考え、使ってました。 |
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このベースになったハンドル、「ヤマハ EX」は1982年2月のラスベガスシュートで世界デビューしました。リック・マッキニーもエド・エライアソンもスコット・カートソンもルアン・ライアンも黄色いハンドルもみんなで使って、上位を独占したのです。しかし当時この一行はまだルールブックの中にはありませんでした。ウインドウはもとより、上リムにシールが貼ってあっても使用は認められない時代です。「ダブルサイト」とみなされたのですが、それはそれで理由も納得もあることです。ルールとしては正論です。しかしもっと正論から言えば、これらの色分けがダブルサイトに使えないのも現実です。そこでこんなハンドルを国際試合に持っていくと、弓具検査でFITAのジャッジも討議のうえでOKを出してくれるのです。その意味でこれこそ性能には無関係であり、単に「デザイン」の世界なのです。世界初のツートーンハンドルのデビューです。 |
これ以外にも何本か持ってはいたのですが、ツートーンハンドルを思い付いて早速マスキングテープを貼って現場の連中(みんな友達ですが)に塗装してもらったのですが、正直結構手間がかかります。これを製品として売るにはコストが掛かりすぎです。そこでもうひとつ思い付いたのが、下側のハンドルです。このハンドルをご存知のアーチャーはいるかもしれません。EXの市販品ツートーンを世に出す前にノベルティー(販売促進物)として、ハンドルのオマケに付けていたシールです。ハンドルの塗膜が傷まない糊で、ロングハンドルとショートハンドル用にブルーとレッドの2色を作りました。カッティングシールを貼り付ける方式です。 |
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そこでヤマハも正式にFITAにお伺いを立てて、塗装したツートーンハンドルの販売を開始します。市販品はテープでマスキングして塗装するのではなく、ウレタンのカバーを作っておいて、2色に塗り分けるのです。そうなれば、他社も同様のハンドルやグラデーションの掛かったハンドルへと一気になだれ込みます。そんなこんなで既成事実が早いかルール変更が早いか、ともかく世の中に多色塗りハンドルが氾濫しだすのです。 |
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ということで、この一行がルールブックに追加されることになったのです。が、後半の「およびアッパーリムの内側に商標のある弓」は出発点は同じでも、そこから先は違います。2000年を前に追加された文言です。 |
性能にかかわりなくとも、アーチャーは自分の好きな色の弓を使いたいものです。そこにアーチャーの必然はあります。しかし、あなたは上リムに商標を望みますか? これが「デザイン」や「模様」という言葉なら理解はできます。しかし、「商標」とルールブックには書かれているのです。奇妙とは言いませんが、望んだのはアーチャーではなく、メーカーであることは明らかです。メーカーの社長がFITAの会長になってから追加されたルールです。メーカーの必然なのです。 |
世紀末、ヤマハが元気な頃、そこには切磋琢磨という言葉がありました。独占でも独裁でもなく、拮抗した力がお互いを高めあい、より高い所を目指しました。最初のルール変更(追加)が行われるまで、何年もの間議論がありました。しかし今は違います。主役である選手が望まないものまで、突然行われるのです。 |
趣味のアーチェリー。自分の好きなもの、使いたいものを気がねなく使いたいものです。金を貰って好きでもないものを使うアーチャーには、なりたくないものです。(金が貰えるから好きになるアーチャーは、いるのかもしれませんが。。。) |
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話は違いますが、写真の「レスト&クリッカースケール」(クリッカーやレストの位置を決める目盛り)は「EX」発売の時、アッパーリムの外側とロワーリム内側のデザインは1981年に黄色いハンドルのヤツが考えて、最初に商品化し現在に引き継がれているアイデアです。 |