ちょっと IBO のはなし

 AMOとは別に「I.B.O.」というのをよく目にしませんか。特に目に付くのはコンパウンドボウのカタログには必ず書かれている、「IBO Speed(Rating)」という表記です。これは自動車の最高速度や燃費のように、弓の性能を「矢速」で表す時のひとつの基準です。矢の秒速をフィートで現したものです。とはいえAMOも「AMO Speed」なる基準を持っています。どちらの測定値もドローレングスは30インチなのですが、IBOのピークウエイト70ポンドに対し、AMOは60ポンド。矢の重さはIBOの350グレインに対して、AMOは540グレインになっています。この違いは、AMO(Archery Manufacturers and Merchants Organization :現在はATA)が業者の団体であるのに対して、IBO(International Bowhunting Organization )は巨大なハンティングを趣味とするユーザー組織が中心であるところからきているのでしょう。そのため当然、ポンドが強く軽い矢を使うIBOの方が見かけ上の矢速は速いのですが、それは実際のシューティングの場面においてこちらの基準の方がより現実的だからかもしれません。
 では、コンパウンドではないリカーブボウの世界において、このような「矢速」を基準としたスペック(性能評価)が存在するかというと、残念なことに統一基準のようなものはありません。また、比較広告を一般とするアメリカにおいても、リカーブにおいてメーカーはこのスペックを語ろうとはしません。ハンティングにおいて、矢速は破壊力であり殺傷力とイコールです。しかしリカーブにおいてもそれは、飛距離であり弾道の高さなのです。どちらもスペックの重要性においては、変るものではありません。
 とはいえコンパウンドボウはそれ自体が機械であると同時に、リリーサーに代表される発射する側も機械的要素を持っているため、スペックが性能としてターゲットに反映される割合は大きくなります。それに対してリカーブボウは、人間の技術や感性、好みなどが占める割合が大きいため、スペックがすべてではないのも事実です。自動車のカタログに書かれている燃費や最高速度が実際の運転で反映されないのと同じです。
 しかし、アルミアローの時代やヤマハが存在した時には、積極的に「矢速」が語られていたのも事実です。弓は素材やデザイン、ましてや価格で性能が決まるのではなく、そこから生み出されるパフォーマンスが性能となるのです。そして性能に対して価格は付けられるべきです。ところが、ヤマハがなくなり、カーボンアローという軽い矢の出現によって弓の性能以前に矢が自ら飛んでしまうという状況が生み出されてから、メーカーは性能を語らなくなったのです。少なくともリカーブの世界においてはです。
 では実際にアーチャーは矢速を何で確認するのでしょうか。アロースピード測定器を見ることはまずありません。であれば、アーチャーは自らの感覚を頼りにするしかありません。しかし初心者が起こす間違いに、矢飛びが悪い矢を速さと勘違いすることがあります。逆に言えば、真っ直ぐにきれいに飛ぶ矢ほどゆっくり安定して見えたりするのも事実です。そうなれば、初心者でも分かる方法は、サイトの位置ということになります。しかしここにも錯覚や場合によっては悪意も存在します。アルミアローの頃なら90mのサイトが取れるか(サイトピンとシャフトの重なり)が明確な分岐点にもなったのですが、今はサイトの取り付け位置が弓によって異なることすら分からないくらいにサイトピンはシャフトより上にあります。それにノッキングポイントを低くすれば、サイト位置は簡単に上げることができるのです。結局、目にも留まらぬスピードで飛ぶ矢によって、実際の性能が見えなくなってしまったのです。
 ここに同じ弓、同じ矢、同じ道具を使う2人のアーチャーがいたとします。ドローレングスが同じだからといって、同じ矢速かといえば違います。技術やフォームが異なるからです。リリースの仕方や押し手の残し方が違えば、矢速に差が出ることは理解できるはずです。(そうなれば当然それに伴って、矢のスパインも異なりチューニング自体も変わるのですが、それはここでは無視します。)
 では、同じアーチャーが同じ道具を使い、ドローレングスだけが変化した場合を考えてみてください。当然、ドローレングスが伸びれば実質ポンド数も上がり、矢速もアップします。ドローレングスが短ければ、逆にポンドも矢速もダウンするのは仕方がないことです。
それではそんな比較ではなく、あなた自身が今使っているあなたの道具で「矢速」をアップさせようとしたなら、どんな方法が考えられるでしょうか? ドローレングスを矢速に大きく反映させるくらいに伸ばすことは、身長が突然10センチも伸びない限り現実的ではありません。弓のポンドアップも、練習量や体力、フォームとの相談になります。
 では、弓ではなく矢の部分で考えてみましょう。矢の軽量化は効果的です。しかしこれはハネやポイントの形状や重量を踏まえ、スパインや矢の重心位置に影響を与えます。真っ直ぐ飛ばなければ意味がなく、軽さ=矢速=的中性 と単純な図式では表せません。それに矢にはある程度の重量も必要です。
 そこで意外と見過ごされていることがあります。重量や空気抵抗ではなく、摩擦係数です。タブやプランジャーチップの滑りをよくすることは、現実的であり簡単な方法です。
 そう考えてくると、アーチャーの技術や体格、フォームが同じであれば、いかに多くのエネルギーを弓から矢に伝えるかが、求める性能であり我々はそれを矢速というひとつの結果で評価しているのです。
 となれば、最後に考えなければならないものがあります。弓と矢の間に存在するもうひとつの道具、ストリングです。
 
 ここで最初のIBO Speedに戻ります。比較のためには、同一条件で測定されなければなりません。そのために弓の強さや矢の重さ、ドローレングスが指定されています。では、ストリングハイトはというと、コンパウンドボウの場合は出荷段階からメーカーがモデルごとに厳格に指定しています。これは滑車を使った機械である以上当然のことであり、ここを動かせば弓の基本性能が発揮できなくなります。逆にいえばその位置こそが弓にとって最高のパフォーマンスを発揮するように設計されているのです。
 ところがリカーブボウは違います。メーカーはモデル(リム)ごとにある程度の幅(1インチ前後)を持たせてストリングハイトを設定しています。これはこの範囲を超えれば、折れたり耐久性が著しく低下するからではありません。これはコンパウンドボウ同様にリカーブボウが基本性能なり、最高のパフォーマンスを発揮するための前提条件です。ただそこに幅を持たせているのは、アーチャーの感覚や技術が優先されるために、チューニングの余地を残すためです。しかしその範囲を超えてまでアーチャーが感覚やチューニングを優先させ、例えば範囲を超えてまでストリングハイトを高く設定したとしましょう。そうするとリカーブ部分が伸びきった状態での矢の発射となり、リカーブの意味もメーカーのポリシーも失われてしまうのです。
 では昔、カーボンアローが登場するよりもっと以前、ケブラーストリング(芳香アラミド繊維)登場の1975年以前のストリングハイトはいくらくらいあったか知っていますか。その頃のストリングの素材は、「ダクロン」(これはデュポン社の登録商標で、一般的にはテトロンです。)です。当然、弓は木製のワンピースボウでアルミアローの時代です。答えは、「10インチ」です。(68インチ程度の弓の場合です。これより短い弓は、当然必然的にハイトも下がります。) 9インチ台は低すぎる設定でした。10〜11インチの間にストリングハイトはあったのです。ところが弓の構造や仕様は変わらないにもかかわらず、1975年以降にストリングハイトは約1インチ下がり「9インチ」台に変わりました。その理由は、ケブラーストリングの登場によって、ストリングが伸びなくなったのです。伸びなくなった分、それまでのダクロンでは発射時にストリングハイト位置から2インチ程度ストリングがノックに触って(押し出して)いたものが、1インチ程度で矢を空間に発射するようになったのです。矢を押し出すときにストリングが伸びない分、ストリングハイトを下げることで矢に伝達されるエネルギーを確保したのです。
 それ以来、本当はずっとストリングハイトは9インチ台で推移してきたはずです。それが変更される理由は特に見当たりません。現在の高密度ポリエチレンのストリングがケブラーに取って代わった時から、すでに伸びないことでは同じであり、破断強度や質量は微妙に変わっても伸度はほとんど変化していません。にもかかわらず、近年ストリングハイトが下がっています。特別の弓でもないのに、あなたのストリングハイトは「8インチ」台ではありませんか。インドアでもなければ、9インチを超えれば高いといわれるはずです。おかしいとは思いませんか。
 実はアーチャーができる現実的な矢速アップの方法の中で、一番簡単で一番効果の大きい手段がストリングハイトを下げること(これはイコール的中精度アップではありません)なのです。これはストリングを細く(軽く)するよりも効果的であると同時に、メーカーにすれば不用意に高くされるよりもリスクは小さいのです。(先のリカーブが伸びきった状態より、伸びない方が弓のバタつきは小さく、振動やストリングの収まり良く、捩れなども出にくいからです。)
 そこで、おかしなことをもうひとつ。最近リムを替えたアーチャーに聞きます。同じストリングを使って新しいリムに張った時、ストリングハイトが低くなりませんでしたか。実はAMOにおいても弓の長さのスタンダード(標準)を規定していない現状において、多くのメーカーではリムを短くしているのです。その目的は、ストリングハイト同様に矢速のアップです。弓を短くして目先の矢速を稼ごうという姑息な手段なのです。
 2シーズンももたずに消えた最高機種モデルがありました。基本設計をなんら変えることなく、リム長さだけを短くし、なおかつ性能的にはストリングとノックが長時間接することによって的中性能に悪影響を及ぼすであろう低ストリングハイトを推奨していた、塗装がすぐに剥がれる高額なリムです。そんな事情を説明しなければ、素人は 矢速が速い=高性能 と単純に勘違いしてしまいます。しかし基本設計がそれを前提にしていない以上、リムはバタつき、安定性は欠如し良い的中を得ることはできなかったはずです。しかしこのどちらの方法も、単に矢速をアップさせるには有効です。
 そして最近、またおかしな話があります。一部のストリングがすべての弓に対して一律にストリングハイトを指定(推奨)しているのです。弓を作る側としてはっきり言わせてもらいます。本末転倒です。これはもっと弓のメーカーが怒らなければならないことです。どんな弓であったとしても、少なくともその弓が持つ基本性能発揮のためにはストリングハイトは弓のメーカーが指定するものです。ストリングで指定されるものではありません。いくら新素材のストリングであっても、ケブラー以降伸びないことはどのストリングも同じなのです。同じストリングでもハイトを下げれば速く飛ぶのです。結局、ここでもストリングメーカーは弓メーカー同様、自社の製品のセールストークとして、素人にも分かるであろう矢速の変化を印象付けようとしているのです。これらはすべて IBO Speed のように、同一の基準で比較されなければ意味がありません。
 たしかに、人間がいろいろな条件で使用するリカーブボウはスペックが絶対評価ではなく、あくまでも目安であることは理解できます。しかしたとえ相対評価であったとしても、今一度客観的スペックとしての矢速の重要性を再認識してもいいのではないでしょうか。それほどまでにノウハウのない、歴史のない、節操のないメーカーの弓は、品質、性能とともに、矢速も落としてきているのです。素人の知らないうちに・・・・。

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