ハンドル+リムの作り方余話

 テイクダウン(分解式)の時代になってから、弓はリカーブ、コンパウンドを問わず、基本的に「ハンドル」と「リム」に分けて生産されるようになりました。では、ハンドルとリムでは、どちらが作り易いと思いますか?
 比べること自体変な話ではあるのですが、それでもこれはハンドルの方が圧倒的に作るのが簡単であり、楽です。特に21世紀になってからのハンドルは、それまでのダイキャストや砂型による鋳造ハンドル(溶けた金属を型に流し込んで固める)に比べて、コスト、機材、ノウハウ、ライフサイクルすべてにおいて簡単に安くで作れるようになりました。
 鋳造ハンドルは現在のNCハンドルと呼ばれる、アルミニュームをNCマシンと呼ばれるコンピュータ制御された機械で削り出して作るものに比べ、設備や金型に莫大な費用が掛かります。それだけではありません。強度や耐久性を保つためのノウハウも必要であり、またそれらに問題が起こった時は、NCマシンのデータを修正するように簡単には形状変更などが行えません。そのため、同じ型でのモデルの寿命がおのずと長くなります。小回りがきかないわけです。
 では、ハンドルに比べて作るのが難しいリムですが、実はこちらはリカーブとコンパウンドではまったく違うのです。リカーブのリムは機材もノウハウも、一番高度な技術や専門性が要求されます。ところがコンパウンドのリムはそうでもありません。ある意味では、コンパウンドのリムはNCハンドルよりも簡単に作ることができるのです。
 
リカーブのリム>リカーブのハンドル>コンパウンドのハンドル>コンパウンドのリム
 
 あえて並べればこんな順番でしょうか。ここでリカーブハンドルとコンパウンドハンドルで差がつくのは、使う機材や技術が異なるからではありません。コンパウンドボウが重量の制約を受けない(アーチャーがあまり軽量を求めない)ために、設計の自由度が高いということです。折れ難く強いハンドルを作るなら、太くしっかり(当然重くなります)したハンドルを作ればいいのです。ところがリカーブのハンドルはそうはいきません。いかに軽くで強いものを作るか、という大前提のもとでの技術とノウハウが不可欠です。
 鋳造ハンドルの頃は、この前提を推し進めるために素材もマグネシューム合金が使われました。そして鋳造の最大のメリットは、同じ品質の製品が大量に作れるというものです。ところが世界のリカーブアーチャーの減少(コンパウンドアーチャーの増大の裏返しとして)により、採算が取れなくなったのです。その結果、単にコストダウンの方法としてコンパウンドで使われていたNCハンドルの技術が安易に、そしてコストダウンのためにリカーブに転用されたのです。そのため軽量化されず以前より重くなっただけでなく、リムの差し込み部分のアルミカップ付けやアーチの掛かった弓を見ればルーツは明らかです。何十年も求めたリカーブボウ独自の必然性やノウハウ、理想はNCハンドルに駆逐され、すでに多くのクレームと形状変更(一般には最新型やモデルチェンジと呼ばれていますが)を経験し続けています。
 
 そんな現在では大差のないリカーブとコンパウンドのNCハンドルはさて置き、リカーブのリムとコンパウンドのリムはなぜ両極に位置するくらいに大差があるのか。
 実はほとんどのコンパウンドのリムは、リカーブとは異なり単純な「平板」なのです。コンパウンドが生まれた最初の頃は、逆にリカーブからの転用ということもあり、リカーブのリムに滑車が付いたモデルがほとんどでした。最新技術のように言われる近年のスプリット型のリム構造も、実はコンパウンドの黎明期に滑車の傾きがリカーブ構造のリムを割ってしまうことから開発されたものであり、現在ではスプリットの有無がリムの強度を左右するものではなくなっています。コンパウンド独自の技術が確立され、技術革新が行われるなかでリムそのものではなく滑車で飛ばすコンパウンドには、リカーブのような複雑な構造は必要なくなり、1枚の平らな板に剛性と復元力があれば十分になったのです。
 そんな板を作る方法が、FRPやCFRPを作るのと同じグラス繊維やカーボン繊維を樹脂で固めるやり方です。ただしリカーブのように薄い板を何枚も貼り合わせたり、繊維の向きを神経質に気にすることもありません。質実剛健で同じ厚さの平板を作ればいいのです。それが分かれば、逆にリカーブのリムがどれほど繊細で多くのノウハウを要し、コストも掛かるかが理解できるはずです。
 そこで余談ですが、世界最大のアーチェリーメーカーとも言えるPSE社は、ほとんどの製品を自社で生産しています。ところが唯一自社で生産していないものがあります。それがリカーブ用のリムなのです。PSEのカタログに載っているリムはOEM製品といわれる、他社ブランドの製品に自社のロゴマークを付けたものです。
 その理由は生産のノウハウや設備がないというより、そこに多額の設備投資をしても儲からないほどにリカーブアーチェリーの市場が小さいという単純な理由なのです。PSE全体の世界規模の市場割合からすれば、日本で100%の市場が彼らにとっては数%にしか過ぎないのです。(この数%に食い込みたいメーカーにとっては、日本は上得意様というわけです。) リカーブのリム生産設備だけは、NCマシンがコンパウンドとリカーブの両方に使用できるような互換性はありません。それほどまでにリカーブリムの生産は特化しています。
 しかしこれまでコンパウンドの技術転用が一方的にリカーブへと進められてきた流れの中で、近年少し変わった動きも見受けられます。例えばリカーブボウの接合方式のコンパウンドへの転用です。そのメリットは軽量化で培った高強度技術をコンパウンドボウに移植することで、単に重いだけだったコンパウンドハンドルを軽量化することで、リカーブ同様に適正なバランス配置やセッティングが可能になるのです。
 このように単なるコストダウンを目的とするのでなく、双方の技術を磨くことでお互いがより良い製品を作っていって欲しいものです。そして特にヤマハなきあと、低迷し荒れ果ててきたリカーブボウの世界に、今一度健全な風が吹くことを切望します。

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