砲弾型への一考察

 ライフル(あるいはピストル)の弾丸を想像してください。多分それは、あなたの矢の先端に取り付けられているポイントと類似するカタチをしているはずです。逆に言えば、矢のポイントはライフルの弾丸と同じ、と思っている現実があります。
 その理由は、近代アーチェリーの当初から(というより、太古の昔から)ポイントの形状は「屋根型」(△)と決まっていました。ところが、1980年代(当然当時はアルミアローの時代です。)になって競技アーチェリーの世界で100%のシェアを占めるEASTON社が、今のような「砲弾型」(流線型)のポイントを発表した時から、ポイントのイメージが変わりました。それは「NIBBポイント」や「Bullet(弾丸)ポイント」と呼ばれました。形状変更された理由は、生産コストや品質管理を含め、独占企業しか知り得ないことです。しかし砲弾型しか選択肢が残されない状況(屋根型は生産中止になり、一般のアーチャーには市販品としてそれしかなのです。)にあっても、記録と世界を目指すアーチャーの中ではさまざまな試行錯誤とトライが繰り返されたのは事実です。
 では、質問します。なぜライフルの弾丸は「砲弾型」をしているか、知っていますか?
 「空気抵抗」を理由に挙げるでしょう。そのとおりです。流線型は先端の空気抵抗を軽減します。その結果、弾丸は失速することを最小限に抑え飛翔します。しかし、非常に大事なことを忘れています。ピストルでもライフルでもその弾丸は音速を超えて飛んでいます。(一般的にはピストルは音速前後、ライフルは音速の2倍から3倍の速さです。) それも一直線にです。音速とは、秒速343m、時速で1225kmです。このスピードで真っ直ぐ飛翔する物体においては、流線型こそがもっとも適した形状といえるでしょう。ではあなたの矢はどれだけの速さで飛びますか。90mを約2秒、60ポンドのコンパウンドにおいても時速250kmはやっとです。それに一直線では飛びません。飛翔の安定のための回転運動に加え、アーチャーズパラドックスという非常に複雑な蛇行運動を繰り返しながら空気の中を泳いでいるのです。
 そこでこれは経験則です。しかし本気で記録を目指したアーチャーのひとりとして、間違っていません。アーチェリーの矢の場合、ポイントが流線型に尖っているより、先端に空気抵抗がある形状の方が的中精度は上がります。
 理由はうまく説明できないのですが、例えばフィッシングアーチェリーを想像してみてください。銛(もり)のような形状の矢で水中の魚を狙う場合はいいのですが、我々のターゲット競技用の矢で水中を射つ場合です。決して行わないでください。想像すれば分かるはずです。水面に平行近く斜めに矢が入る場合、矢は水中に突き刺さらず、水面で弾かれてしまいます。子供の頃、石を水面でバウンドさせて遊んだ時のようにです。音速を超えない時、水は空気と同じです。尖っているポイントは、空気の中を滑る時があります。スッと外れるのです。それに比べて先端に空気抵抗があるポイントは、空気を切り裂いて弾道を確保してくれます。
 
 では、なぜ屋根型が砲弾型に変わったか、を考えてみましょう。
 それにはあなたの描く「砲弾型」を、少し整理してみる必要があります。上の矢はセンターマークがある頃の、初期の「ACE」です。下は現在の「ACE」です。違いがわかりますか?
 「砲弾型」といっても、厳密には2つのタイプがあります。初期のACEは、先端が砲弾型(流線型)をしていても外径の寸法はすべて同じです。筒の先に丸まった先端があるのです。それに対し、最近の矢は先端が膨らんで(尻がすぼんで)いるのです。ライフルの弾丸のような本当の流線型です。実は先に流線型は先端の空気抵抗を軽減するといいましたが、もうひとつ尻すぼみの流線型には意味があります。音速を超えて飛ぶ弾丸においては、弾丸後方に準真空域が発生します。その真空地帯が弾丸を後ろから引っ張り失速させるのです。
 しかし、アーチェリーの矢はというと、音速にははるかに及ばない超低速で蛇行しながら飛ぶのです。それに、砲弾の後ろには何10倍もの長さのシャフトとハネが付いています。準真空地帯など生まれるはずがありません。
 では、なぜ最近のポイントは弾丸のように流線型で尻すぼみ(先端が膨らんで)になっているのか?
 この矢とポイントを知っていますか? フランス製と書かれたこの矢こそが、100%の寡占状態を誇ったEASTONアルミアローの世界に、1987年世界選手権で殴り込みをかけ世界記録と世界一の座を圧勝で奪い取ったフランス「BEMAN」社のオールカーボンアローとそのポイントです。この時EASTON社は完膚なきまでに打ちのめされ、初めて世界一の座から引きずり下ろされたのです。その後、BEMANは30mパーフェクトの世界新記録をも樹立しました。
 この屈辱は我々の想像をはるかに超えるものでした。最終的にはJIM・EASTONは資金力にものを言わせてBEMAN社を買収。今ではハンティングのジャンクアローブランドに据えられていますが、、、それはともかくとして。(JIM・EASTONがFITAの会長になるのは、「1989年」です。)
 アルミアローの時代にEASTON社が自ら出したNIBBポイントは、シャフトの外径を超えることのない砲弾型でした。そこには「標的面に不当な損傷を与えてはならない」というルールが歴然と存在したからです。シャフトより大きい(太い)ポイントは認められなかったのです。
 ところがBEMAN社は、屋根型のシャフトより太いポイントで世界記録を更新しました。オンラインのタッチを稼いでインチキをしたのではありません。ここには必然があり、カーボンアローの使用を認めるならこのポイントを認めざるを得ない事情があったのです。オールカーボンアローは製法からして、ポイントをシャフトに被せなければなりませんでした。そのため、シャフトの外径より太い径のポイントが不可欠です。これは同時に他のメリットも生みました。ポイントを被せることでシャフトのカーボン繊維のササクレを予防するだけでなく、アルミアローに比べ圧倒的な高速で飛び着弾するカーボンアローとバット(日本であれば畳)との間に発生する摩擦熱から、カーボン繊維を固めている樹脂(プラスチック等)を守る効果もあったのです。結果的にこの時、シャフトより太いポイントが名実ともに公認されました。
 1980年代最後、BEMANをきっかけに時代はアルミアローからカーボンアローへと一気に転換します。しかし、実はそれ以前にEASTON社はカーボンアローへのトライを行っています。1984年ロサンゼルスオリンピックでダレル・ペイスがゴールドメダルを獲得したのは、このEASTON「A/C」(アルミ/カーボン)アローです。アルミチューブをコアとしてカーボンを巻きつけた、現在の「ACE」の原型です。EASTON社は当時、Prince社アルミラケットをはじめ、現在もあるアルミバットなどを生産するアルミニューム専門メーカーです。カーボンシャフトであっても、アルミにこだわる理由はここにあります。
 当初この矢のプロトタイプ(選手対策用の試作品)と初期の製品には、屋根型のポイント、それもシャフトより太い外径のポイントが装備されました。理由はBEMANと同じで、摩擦熱とササクレを危惧したのです。しかしアルミチューブ(シャフト)をコアとするEASTONは、ポイント自体をシャフトに被せる必要はありませんでした。そして最終的な市販品には、NIBBアルミアローポイントと同型の砲弾型を採用しました。
 ところがこの「A/C」アローはまったく世間に受け入れられませんでした。性能よりも品質、何よりも12本のばらつきからくるコスト高が結果的にはEASTON社をカーボンアローから撤退させました。しかしこの間にも、ヤマハをはじめとして、いくつかのメーカーは研究開発を続けるのですが、アーチャーの興味はEASTON社の専門であるアルミアローにしかありませんでした。そんな油断の中でのBEMAN突然のデビューでした。
 
 このシャフトは知っていますか?
 現在のEASTON「ACE」の初期モデルです。センターマークや多種多様な長さと重さがあったネジ式2ピースポイントだけでなく、商品としてのメーカー最大の関心事がこれでした。アルミコアに巻き付けたカーボンのロービング繊維(長さ方向1方向)だけでなく、カーボンクロス繊維(編んだ布のような繊維)をわざわざポイント側に巻き付けてあるのです。的中時に的に隠れる部分であり、スパイン(硬さ)への影響よりもはるかに重要な問題だったのです。
 1987年を境として、EASTONは一度も下りたことのない王座を明け渡します。この瞬間からアルミでは先端メーカーであったものが、カーボンでは一気に「後発メーカー」となったのです。となれば、どの世界でも同じです。後発メーカー、追う者の常として価格だけではなく付加価値を付けなければ逆転は難しいのです。
 この後のEASTONは尋常ではありませんでした。これらの過剰品質ともいえる付加価値と価格政策、そして選手対策により必死にBEMANに追従します。それでも結果的には、資金力によって買収することでしかBEMANを駆逐することはできませんでした。そして、BEMANを傘下に収めれば、そこは(競技用ターゲットの世界)再びEASTONの天下です。後はアルミアローの時と同じで、やり放題です。
 売り易いようにセンターマークは廃止。ポイントは低価格のブレイクオフで数種類。コストと品質管理の難しいカーボンクロスも廃止。しかし、安全のため(クレーム対策)にポイントだけはシャフトより太くしました。これが尻すぼみ砲弾型の理由であり、一般に想像するピストルの弾丸や空気抵抗とは一線を画するのです。
 これで現在のポイントが、シャフトより膨らんだ(尻すぼみ)砲弾型になっている理由は分かったでしょう。
 それでは、膨らむことはともかくとして、なぜポイントが屋根型から砲弾型になったのか?
 想像できる結論を先に言うなら、貫通力向上です。砲弾型に移行したのは、アルミアローの時代です。カーボンアローでの必然ではありません。当時、試合では必ず「跳ね返り矢」が発生し、試合を中断しました。長距離や低ポンドではなおさらです。ともかくは、これを減らしたかったのではないでしょうか。だからこそ、逆に今のカーボンアローの時代では、「貫通矢」が問題になっています。コンパウンド競技では上限ポンド(60ポンド)を設けても、矢は畳を射ち抜きます。
 これ以外にも、砲弾型にすることでのデメリットがありました。NIBBポイントに変わった時、アーチャーたちはクリッカーチェックがしにくいことに気付きました。EASTON社が自ら出していたポイントに段差を付けた「クリッカーポイント」もそうですが、クリッカー側に段差を付けたゴールデンキー社が原型を作った「ダブルクリッカー」も、砲弾型ポイントへの対応です。これらを使うことで、ポイント上でのクリッカーの動きが大きくなり、屋根型ポイント同様の確認ができます。それだけではありません。尖っていないポイントは、先端でクリッカーをカリカリ鳴らすこともありません。
 こう考えれば、今アーチャーの常識である「砲弾型」のポイントを使うことでの、アドバンテージやメリットは見当たらないのです。普通に想像(思い込んでいる)するであろう「砲弾型=流線型=ピストルの弾丸=速い=当たる」すら、超音速でないアーチェリーの矢では意味を持ちません。
 個人的には、今でもインドア競技で使うアルミアローには大切に持っている屋根型ヘビーポイントを使います。砲弾型ポイントしかない時代には、ポイントの先端をアローカッターで平らにして使用していたこともあります。しかし残念なことに、今のアーチャーは試そうにも試す物がないのです。よく言えば、信じ込んでいる。悪く言えば、騙されているのが世の常でしょうか。ポイントに限ったことではありません。シャフトでも弓でも同じことです。
 騙されなくても、自分で望んでも与えられないことが多すぎるアーチェリーの世界。正直、屋根型やクリッカーポイントの方が砲弾型ポイントより当たります。安定します。今で言うなら、1400点を目指す世界ゆえに、多くの中級者には分からないかもしれません。しかしそれでも、選択肢は必要です。どう思いますか、皆さんは?!

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