コンポジットハンドルのこと

 昔々ヤマハに居た時ひとつだけやり残したというか、答えを出せなかったことがあります。それは「ハンドルはたわむ方がいいのか、鉄よりも強靭にまったく曲がらない方がいいのか?」という問題です。
 今皆さんの多く使っている金属製のハンドルですが、ストリングを張って引いた時に曲がっているのはリムでハンドルは真っ直ぐのままと思っているアーチャーも多いかもしれません。しかし実際には結構たわんでいるものなのです。その曲がり方はハンドル上部と下部では異なります。上部はウインドウが片側から削り込まれるため、下部よりも歪(いびつ)に曲がります。微々たることであり誤差の範囲、といえばそうかもしれませんが、ハンドルは左右対称形ではないのです。
 では昔の木製ワンピースボウや和弓を思い出してみてください。ワンピースボウはリム部分だけでなく、弓全体がたわむ(しなる)ことで矢を飛ばします。それと今のようなテイクダウンボウを比べる時、例えば同じ条件で矢速(弓が矢を発射するスピード)を比較するとどちらが速いと思いますか。これは弓の性能を論じる時に非常に重要な問題なのです。弓全体(ハンドルとリム)のしなりと反発力で飛ばす方が速いか、それともまったく曲がらないハンドルによってリムの反発力を最大限に無駄なく矢に乗せてやる方が速いか?ということです。どう思いますか? プラスチッキ定規で消しゴムを飛ばす時に、定規を机に挟んで飛ばすか、手の動きも使って飛ばすかです。
 これに的中精度を加味する時、答えを出す前にヤマハを退職しました。そしてヤマハも答えを出す前に、アーチェリーから撤退したのです。そしてこの答えは、今も出ていません。
 こんなハンドルがあります。スコットランドのBorder社が作る木製のテイクダウンハンドルです。このハンドルが面白いのは、今皆さんが使っている弓と同じ接合方式の「ユニバーサルモデル(システム)」なのです。使っているリムをそのままこのハンドルに取り付けられます。もちろんピボットポイントやレストの位置が異なるかもしれません。しかし、このハンドルを本気で使ったことのある数少ないアーチャーが揃って言うのは、同じリムでもサイトが上がってよく飛ぶというのです。アルミのハンドルが曲がった(しなった)としても、そこから生み出される反発力は小さいものです。逆に発射時に曲がることでエネルギーロスが生まれます。しかし天然木はワンピースボウのように、弓全体の反発力、復元力がより多くのエネルギーを矢に与え飛ばすのかもしれません。
 この発想をより推し進める最先端の技術があります。それが「コンポジット製法」です。詳しくはここにあるように、カーボン繊維を使った「炭素繊維強化炭素複合材料」です。
 最初に注意しておきますが、この製法は単に異なる素材同士を接着剤で貼りあわすものとはまったく違います。「CFRP」とその前段階の「プリプレグ」のことはここの前後に書きましたが、CFRP自体も複合材料です。「炭素繊維」は鉄の1/10の重さで、強さは10倍ともいわれています。このまだ硬化していないCFRP(プリプレグ)シートをちょうどたい焼きを作るように、金型の中に何層にも重ねていきます。そして最後に型を閉じて高温高圧で焼き固めるのです。そうすれば「軽くて丈夫でという繊維強化複合材料の特長に加え、化学的に安定で、生体に不活性(例外あり)、熱に強く約1600℃まで実用的な強度を保ち、繰り返しの使用に耐える。」製品ができあがるのです。それは超軽量、超強高度だけでなく「設計の自由度」という大きな可能性をも有しています。
 
 この最先端技術を30年前に使って、初めてハンドルを製品化したのがヤマハの「センチュリーモデル」です。ヤマハはこの分野での先端企業のひとつでした。しかし、当時あまりにも革新的過ぎたために受け入れられなかったのが現実です。しかし、それ以上に当時最先端の技術であったがために、他社でそれを真似る(追随する)ことが簡単ではなかったのです。あれから20年、ニセモノも含めさもコンポジットハンドルのように宣伝されるハンドルが生まれ、現在に至っています。しかしコンポジット製法のコンセプトと優位性を商品化したホンモノは限られています。「見極めが必要なのは矢だけではありません。アルミより重くて太いカーボンハンドルが、CFRPのポテンシャルを生かしきれていないことも知るべきです。CFRP本来の性質や性能を生かせば、アルミより軽く、細く、それでいて強いハンドルができます。硬いだけでスピードの出ていない、そして壊れやすいリムも同じです。簡単にたわむスタビライザーもそうです。CFRPと銘打って、それはどう考えてもおかしいと感じませんか。」とここに書いたのはそのことです。
 カーボンハンドルがアルミハンドルより重く太いことはカーボンの性質を考えれば、おかしな話だとは思いませんか。もしそうしなければ強度や耐久性を維持できないのなら、それはコンポジットの技術を適切に使っていないか持っていないか、あるいは適切でないCFRPを素材としているからに他なりません。ただしここからが「設計の自由度」という技術者の知識と憧れ、そして具現化する設備(技術力)とノウハウの話です。
 アルミのハンドルが結果としてたわむのでなく、性能として意識的にたわまそうとすれば、多分強度が不足してハンドルは折れるでしょう。逆にまったくたわまないハンドルを作るなら、肉厚が増え太くて重いハンドルになるでしょう。非力なアーチャーにはスタビライザーを取り付ける余裕もなくなります。しかしカーボンを使ったコンポジット製法なら、アルミのハンドルよりはるかに細くて軽くありながら、金属疲労も発生しない折れないハンドルを作ることが可能です。それだけではありません。まったく曲がらないハンドルではなく、リムと一体となり弓全体をしならせ弓全体のエネルギーを真っ直ぐに矢に乗せることができるハンドルを作ることも可能なのです。
 これが設計の自由度です。グリップ部分をたわますことも、リムの差込付近をたわますことも、あるいはグリップ部分を重くすることも、離れた所に重さを配することも自由自在です。外観上の太さや形状ではなく、同じたい焼きの金型であっても、CFRPの種類と方向、量をどのように配するかでハンドルそれ自体が性能を有するのです。
 スタビライザーを考えてください。重いハンドルでは最初から重さを増やすこと自体アーチャーの押し手がもちません。しかし軽いハンドルであれば、どの位置にでも自由に重量配分ができます。それでいてアーチャーの肩への負担は小さく、スタビライザーの効果を最大限に発揮できます。重量バランスや振動吸収、弓の安定性、デザインすべてが同じ総重量の中で自由に操れるのです。これこそが性能であり、コンポジット製法の可能性なのです。
 今市販されているハンドルの中で「コンポジット」「オールカーボン」と呼べるハンドルは2つでしょう。ひとつはフランスの「uukha」ともうひとつはイタリアの「Fiberbow」です。これらは本当のコンポジット製法で作られているオールカーボンハンドルであり、超軽量、超高剛性の高精度ハンドルといえるでしょう。
 しかしこれらのハンドルも、最初の疑問に書いたように高剛性、軽量でありアルミより硬く曲がらないハンドルですが、まだハンドルをしならせるかの答えは出していません。誰が出すのでしょうか。。。

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