誰でもわかるハンドルのこと(中)左右バランスと消しゴムととうちわ理論

 そこでどのように折れない、軽いハンドルを作るのか。これはハンドルそのものの形状で決まります。マグネはアルミより比重が軽いので、素材で変える方法もありますが、ここではアルミニュームが前提です。マグネNCはありません。そこでもし形状で無理(強度が不足)があるなら、アルミでも鍛造(フォージド)と呼ばれる、日本刀を作る技術のようにアルミを叩いて(圧力をかけて)素材そのものの強度を上げる方法があります。素材自体の強度が高いものを使います。しかしその分コストがアップします。
 あるいは7000番台と呼ばれる高強度なアルミ素材を使う方法もあります。しかしこれは一見高性能のように見えメーカーも自慢しますが、実は素材としての粘りがなく強度の持続性も低下します。例えばスタビライザーのネジをステンレスにすれば錆びずにきれいで硬そうに見えますが、折れる時は一気に折れる脆さを持っています。それに対し、錆びたり安いイメージがあるにもかかわらず、実際に鉄のネジが多く使われているのは、イメージや外観より実用性を重視した結果です。鉄は曲がっても折れません。硬ければ良いというものではないのです。だから、X-Appealを含めた多くのハンドルが6000番台でできているのには、それなりの理由があるのです。ハンドルの特性を考えれば、7000番台が高性能ということでは決してありません。
 では、なぜX-Appealはこれだけ軽く、強度も保たれているのか。基本的には設計(形状)でありデザインです。それこそがメーカーの技術とノウハウなのですが、それに加えてこのハンドル独自の特徴があります。
 例えば、X-Appealにはリムの差込部分にサイド面がありません。リム全体がハンドルに隠れることなく見えています。これを安っぽいと見るか、よく考えてあると感じるかは任せますが、ほとんどのハンドルにあるサイド面のアルミ壁は不要であり、不必要な重さです。この部分は単なるデザインでしかないのです。それはリムの差し込み(接合)方法を見れば分かるように、ハンドルとリムの取り付け精度はハンドルのリムボルトとリムの円盤金具によって決定付けられています。サイド面は何の基準にもなっていません。リムに触れていないのが普通です。
 ではなぜほとんどのハンドルにサイド面があるのか。これは1972年に競技用テイクダウンボウが登場した時からの木製ワンピースボウの呪縛以外の何物でもありません。テイクダウンがワンピースの意匠を引き継いだ時から、木が金属に替わっているにもかかわらず金属本来の性質や特徴を追い求めることを忘れているのです。全体形状もしかりです。このサイド面によって本来の(昔ながらの)弓の形とイメージ、そして安心感を創造しているに過ぎません。
 そしてこの部分でもうひとつ重要なことがあります。皆さんのハンドルのサイド面がなくなったことを想像してみてください。ここがX-Appealと大きく異なります。ちょうど消しゴムにカッターでL字型の切れ込みを入れることを想像してみてください。そして消しゴム全体を曲げて行きます。すると、その切り込み部分の角から折れる(割れる)はずです。これがHoytが最初にAvalonで失敗した折損の理由であり、マイナーチェンジを繰り返しても克服できなかった原因です。角のアールを大きく取ったり、肉厚を盛ったりしても無駄でした。この角に応力集中が起こるのです。
 そこでこの弱点をカバーするために、どのメーカーもサイド面でここをカバーして強度を上げることを考えました。ところが、ところがです。X-Appealはこの部分が直線なのです。だからこそサイド面がなくても強度が保たれ、それによって一層の軽量化と高剛性が実現できているのです。これは凄い発想です。これをX-Appealの「消しゴム理論」と勝手に呼びましょう。
 もうひとつ、凄いことがあります。このハンドルを初めて見た時の感想は「Sexy」でした。こんなセクシーなハンドルがあるでしょうか。ところが使ってみるとこのセクシーボディーの中に、隠された秘密があったのです。これをX-Appealの「うちわ理論」と勝手に呼びます。ハンドルは発射時に弓の中心線から回転が起きます。「トルク」と呼ばれる回転運動(本来は解消したい不良な動き)です。弓の中心線とはグリップのピボットポイントを通る線であり、だからこそ一般にはこの線上にプランジャーの穴が開けられています。回転が起こった時にその動きを極力矢に伝えないためであり、この動きを止めるためにアーチャーはスタビライザーを取り付けます。
 ではスタビライザーが長さ×重さでトルクを抑えるように、ハンドル自体でも実はこの動きを抑える方法があるのです。あなたのハンドルを握って、トルクの動きをしてみてください。くるくると簡単にハンドルをひねることができます。では、ハンドルを団扇(うちわ)に持ち替えて同じ動きをしてみてください。その団扇に重さがあれば、空気抵抗だけでなく形状から動きを抑えてくれるはずです。理由は回転軸(弓の中心線)から離れた所に重さ(かたち)が存在するからです。あなたのハンドルはほとんどこの中心線の近くに重さが集中しているはずです。ピボットポイントからリムの差し込み位置に線を引いても、同じです。ところがX-Appealはセクシーなだけでなく、これらの線から離れた所にデザイン(形と重さ)を置いているため実際のシュート時にスタビライザーとは無関係に、ハンドル自体がスタビライザー効果を発揮するのです。動きにくい(回転しにくい)、安定感のあるハンドルなのです。これはリリース時とフォロースロー時だけでなく、エイミング時にもグリップが深く感じる安定感、安心感でもあります。
 こう書いてくると、気づいたアーチャーもいるでしょう。Hoyt社のアーチの掛かったハンドルです。実はこの種のハンドルを、個人的にはまったく評価しません。その理由は使ってられるアーチャーは分かると思いますが、このアーチ部分が左右対称ではなく片側、それもウインドウ側によっているからです。右射ちアーチャーならハンドルの右側に重さが掛かりすぎ、加えてアーチで形成される「面」がそこにできてしまいます。弓の中心(真っ直ぐ)に対してではない不自然な動きと不自然な安定が起こるのです。
 それはさて置き、アーチのないハンドル(一般的な皆さんのハンドル)であっても、ハンドル下部はともかくとしてハンドルの上部は左右非対称形にならざるを得ません。リカーブボウではシュートスルーハンドルは認められず、ウインドウの片側に矢(レスト)を置く必然から、ハンドル上部は片側に寄ります。例えば前回紹介したベアボウ用ハンドルなどは分かりやすいのですが、このハンドルを引いてくると下部はこれだけ太いためまったく曲がりません。ところが上部(ウインドウ)は一般のハンドルと同じ形状のため、目に見えない範囲で曲がり(たわみ)ます。ところが左右対称系なら真っ直ぐリムのようにたわむのですが、片側によっているがゆえに真っ直ぐではなく少しひねれてたわみます。これは良識ある設計者なら何とかしたい問題です。アーチ形状も本来はコンパウンドボウから派生した技術ではありますが、多少はこの問題にも関与します。しかし、真っ直ぐたわまないことと重量が偏ることは大問題です。
 X-Appealは写真のようにセンタースタビライザーだけを取り付けて支えても、ほぼ真っ直ぐになります。実際にはこれに重いエクステンションサイトがウインドウ側に取り付けられるため、皆さんのハンドルはウインドウ側に傾くはずです。
 なぜX-Appealは上下だけでなく、左右にもバランスが取れているのか。それは、昔のHoytの木製ワンピースボウとヤマハ最初の競技用テイクダウンモデルYtslで採用されていた、ハンドル下部のウインドウ側とは逆方向への「オフセット」形状です。こんな当たり前で効果の大きい方法をなぜかどの弓も採用しません。
 このS字形状(ハンドル下部のウインドウ側とは逆のオフセット)によって、弓全体が上下真っ直ぐたわむのに加え、弓の中心線をそのまま回転軸と合わせるのです。これにうちわ理論が加わり、真っ直ぐ押せて、真っ直ぐ残せ、真っ直ぐ飛び出すハンドルとなっています。仮にその動きがずれても、不自然な右面へのズレではなく、真っ直ぐに動きを受け止めるはずです。そして弓の中心線に対し、理想的な重量配分も実現しています。
  (続く)

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